286.スタンピード(9)
朝日に照らされる空に無数のワイバーンの姿。それを見た冒険者たちがざわつき始める。
「ワイバーン……本当に戦えるのかしら」
「俺の剣は届かないぞ」
「それをいうなら俺の槍だって」
隣にいた冒険者たちの表情は優れない。初めて戦うワイバーンにどう対処したらいいのか悩んでいるみたいだ。ここは経験者として、助言をするべきだろう。
「ワイバーンを倒すなら魔法で翼の皮膜を狙って墜落させるか、飛んできたところに合わせて剣で攻撃するかですね」
「あなた、小さいのにワイバーンと戦ったことがあるの?」
「ワイバーンやオーガは狩りの対象だったので、沢山戦ったことがあります」
「そうか、そっちは経験者なんだな。良かった、隣に戦える人がいて」
「助言、助かるよ」
隣の冒険者は私たちが戦えると知り、どこかホッとした表情をした。すると、ハリスさんとサラさんも近づいてきて、その冒険者に助言をする。二人の助言にその冒険者たちは真剣な顔で聞いていた。
「話を聞いて、もしかしたら自分たちでもやれるんじゃないかと思ったわ」
「戦い方を工夫してみるよ」
「どこまでできるか分からないが、やってみよう」
隣の冒険者たちの目に力が戻った。これで持ってくれればいいが、もしもの時は手助けが必要になるかもしれない。私たちは定位置につき、空から飛んでくるワイバーンを見た。
「とにかく、一体ずつ確実に仕留めていこう」
「やり方はいつも通りでいいのか?」
「いつも通りやってみて、ダメそうなら他の手を打ちましょう」
近づいてくるワイバーンを見て、緊張感が高まってくる。深呼吸をして心を落ち着かせた。今度も大丈夫、確実に一体ずつ仕留めていけば第四波も乗り越えられる。
◇
スタンピード第四波、ワイバーンとの戦闘が始まる。空からの魔物ということもあり、思うような開戦ではなかった。空からの攻撃はやっかいで、近接武器で戦う冒険者が多い中、ワイバーンを撃ち落とす魔法使いの出番が多かった。
あちこちで空に向かって魔法を放ち、攻撃を食らって飛べなくなったところを近接武器を持つ冒険者が仕留めていった。
中には、飛び掛かってきたワイバーンにタイミングを合わせて近接武器で翼を破り、飛べなくしている冒険者もいた。でも、それは少数派でほとんどは魔法で撃ち落としたワイバーンにトドメを刺す方法が多い。
私とハリスさんもその方法でワイバーンを撃ち落としている。
「今度はあれを狙うぞ」
「はい」
「任せた」
空を飛んでいるワイバーンに標的を定めると、私が爆発の魔法をワイバーンの右翼に飛ばし、次にハリスさんが爆発する矢を左翼に放った。同時に着弾しワイバーンの翼が爆破されると、皮膜を破られたワイバーンは飛べなくなり地面に落ちてくる。
「トドメは任せろ!」
地面に落ちてきたワイバーンにサラさんが向かっていく。地面に落ちてジタバタしている内にサラさんの剣がワイバーンの頭を貫いた。その一撃でワイバーンは絶命して動かなくなる。
「よし、いいぞ。次だ!」
「なら、次は……あいつだ」
「分かりました」
空に飛んでいるワイバーンは無数にいる。休むことなく次の標的を定めて、攻撃を繰り返す。この方法で倒したワイバーンは五体を軽く超えていた。このまま順調に倒していければ、そう思っていた。
私たちは順調だけど、隣は初めてのワイバーン戦ということで苦戦をしている。私たちは協力して一撃でワイバーンを落としているが、向こうの冒険者はワイバーンを落とすまでに数発は必要だった。
「くっ、まだ落ちないのか!」
「当たっているのに、なんで落ちないの!?」
「もっと威力を上げろ!」
「これ以上威力を上げたら、軌道がそれちゃうのよ!」
魔法の精度と威力が足りないのか、すぐにはワイバーンを落とせない。そうすると、ワイバーンは飛びながら攻撃をしてくるので、近接武器の冒険者たちはそのたびに避けなければいけない。戦いは一方的となる。
「リル、よそ見している暇はないぞ。隣がワイバーンを倒せてないから、上空にワイバーンが溜まっていっている」
ハリスさんの声に我に返り、空を見た。空には無数のワイバーンが溜まっており、いつ私たちが目をつけられて攻撃の対象になるか分からない。大きなしわ寄せを見て現実を思い知った。
「とにかく、向こうの分まで倒しまくるしかない。次々、やっていくぞ」
「はい!」
私はハリスさんの弓矢に合わせて魔法を放った。両翼の皮膜を爆発で破き、地面に墜落させるとサラさんがトドメを刺す。そのやり方でどんどん倒していっているのに、数は中々減らない。
周りの冒険者も苦戦しているようで、怒鳴り声みたいな切羽詰まった声が響き始めた。流石Bランクの魔物だけあって、そう簡単には優位に立てない。じわじわと押され始めている実感がした。
その実感が現実のものとなる。ワイバーンが私たちに向かって飛び掛かってきたのだ。
「避けろ!」
ハリスさんの声が聞こえると、私は横に飛んだ。地面の上をゴロゴロと転がり、すぐに体を起こす。なんとかワイバーンの突進から避けることができた。でも、今ので完全に標的にされてしまった。
「襲い掛かってくるワイバーンを撃ち落とすぞ!」
「はい!」
そのワイバーンは大きく旋回をして、またこちらに向かってきた。私たちは照準を定めて、魔法と弓矢を放つ。真っすぐ飛んでいき当たる、と思ったのにそれは簡単に避けられてしまった。まずい、このままだと接触してしまう。
私たちはまた横に飛んで地面に転がった。すぐに立ち上がり、周囲に気を配る。
「ワイバーンが攻撃を仕掛けてくるから、私たちが攻撃できなくなります」
「ともかく、あいつが邪魔だ。早く撃ち落とさないと、他のワイバーンにも狙われる」
私たちに標的を定めたワイバーンが旋回してまたやってくる。今度はしっかりと撃ち落とさなくっちゃ。そう思っていた時、サラさんの叫び声が聞こえた。
「後ろだ、危ない!」
その声に振り向くと、他のワイバーンがこちらに飛んでくるのが見えた。しまった! 棒立ちの私たちにワイバーンが突っ込んでくる。ダメだ、接触する! そう思った時、私たちの前に誰かが立った。
「任せろ」
くすんだ赤髪が目の前にいた。見覚えのある後ろ姿に声に理解が追いつかない。
その人は真っすぐ飛んでくるワイバーンを怖がらず、正面から受ける。そして、接触するギリギリの時に剣を振るった。その剣捌きは目で捉えることが難しいほどに速かった。
その一撃でワイバーンの頭は切り落とされ、その体は地面の上に転がった。私たちに怪我がなければ、その人も怪我はない。ワイバーンの飛行攻撃を難なく処理したその人は……
「ヒルデさん!」
私の師匠でもある、その人が目の前にいた。




