284.スタンピード(7)
後方にいるオークロードを守る壁はもうない。私たちはその前に出ていくと、オークロードはこちらを見た。すると、ゆるりとした動きで大きな剣を抜き、こちらに向かって構える。
どうやら、オークロードも自分を守る壁がなくなったと自覚したみたいだ。自ら戦うことでこの窮地を乗り切ろうと考えているようだ。
オークロードはハイオークよりも背丈は低いが、金属の鎧や兜を被っていて、しかも盾まで装備している。簡単には攻撃が当たらなそうだ。
静かにこちらを見るオークロードの圧は強くて、尻込みしてしまいそうだ。それでも、この戦いは避けられない。しばらくオークロードと睨み合っていると、こちらに近づく人がいた。
「へー、どうやら一番乗りじゃなかったみたいだな」
「ラミードさん」
「まさか、リルのパーティーに先を越されるとは思わなかったぜ」
ラミードさんがハイオークを倒してここまでやってきた。ラミードさんの後ろには数人の冒険者がいる、きっと一緒に戦った人たちだろう。
「こいつを倒せば、第二波は終わる。行くぞ!」
ラミードさんの掛け声で後ろにいた冒険者たちがいきり立った。そして、一斉にオークロードに向かっていく。私たちも早く行かないと、功績を奪われそうだ。
「俺たちも行くか?」
「その前にどうやって戦う? 各々で攻撃したほうがいいのか、それとも連係して戦った方がいいのか決めたほうがいいんじゃないか?」
「他の人たちも混ざっていることですし、連係は取りづらいと思います。だから、各々の判断で行動しませんか」
「確かに、他の冒険者も混ざってしまえば、連係は取りづらいだろう。よし。オークロードは個人の考えで戦っていこう」
「なら、早い者勝ちだな! 私は行くぞ!」
沢山戦って疲れているはずなのに、サラさんは元気よく飛び出していった。目の前に大きな功績があるのだから、やる気は段違いに高くなるだろう。
「リルは行かないのか?」
「ちょっと様子を見てからにします」
「リルらしいな。でも、遅れて行動すると功績は逃げていくぞ」
そういったハリスさんは攻撃がしやすい場所へと駆け出していった。そんなハリスさんを見送ると私はオークロードの戦い方を観察する。
オークロードは冒険者の攻撃を盾で防ぎつつ、剣を振り回している。重い鎧に包まれているのに、動きはそれなりに速かった。思ったよりも速い身動きに立ち向かっていった冒険者は攻めあぐねているように見える。
全身を金属の鎧で包まれているから、武器が通るのは一部の隙間と顔面だけだ。盾で防御をしている上に的確にその部分を攻撃するのは困難になるだろう。
地道に一部の隙間を狙って攻撃を繰り返すか、盾で防がれるかもしれないが顔面を狙うか。そう思っていた時、ハリスさんの弓矢がオークロードの顔面に飛んでいき、爆発した。
弓矢のような素早いものだと盾で防ぐ前に着弾してしまうようだ。なら、弓矢のように速い氷の刃を飛ばすのはどうだろう。よし、それでやってみよう。
長い氷の刃を宙に作ると、それに風魔法を纏わせる。風のように速くなれば、氷の刃も盾で防げないはずだ。私は氷の刃を放つ瞬間を待った。
冒険者たちの攻撃を防ぐことに夢中になっている隙を狙い、氷の刃を射出した。弓矢みたいに速い氷の刃、その存在にオークロードは気づく。だけど、氷の刃のほうが速い。
氷の刃はオークロードの頬を貫き、深く突き刺さった。オークロードが氷の刃に気づいた瞬間、顔を動かしたから突き刺さるところがずれてしまった。だけど、これで痛い一撃を与えることができた。
その痛みにオークロードは耐える。だが、鈍くなった動きを他の冒険者が見逃すはずがない。鎧の隙間を狙って武器で突き刺し始めた。氷の刃の一撃のお陰でできた大きな隙、それがオークロードにとって致命傷となる。
体のあちこちを刺されたオークロードは堪らずに膝を地面につく。それを待っていた人物がいた、ラミードさんとサラさんだ。
「うおりゃぁぁ!」
「はぁぁっ!」
二人の剣はオークロードの顔面を突き刺した。二つの剣に突き刺されたオークロードはそれで絶命して、地面の上に倒れ込んだ。みんなの力でなんとかオークロードを倒した。ラミードさんとサラさんが剣を高く掲げると、周りにいた冒険者たちは雄たけびを上げた。
「オークロードを倒したぞ!」
「うおぉぉっ!!」
「よっしゃぁぁぁ!!」
歓喜の声が木霊した。だが、それも一瞬のことだ。
「残りのオークたちを倒すぞ!」
「早くしないと第三波がくるぞ!」
「手を貸していけ!」
その場にいた冒険者たちは散り散りになり、残っているオークたちをせん滅しに行った。ラミードさんもすぐに他の場所へと移動して、オークの駆逐に乗り出した。
私も負けてはいられない。ハリスさんとサラさんに合流すると、オークのせん滅に加わることを進言する。
「二人とも、オークせん滅に行きましょう」
「そうだな。まだオークは残っている、助太刀に行こう」
「第三波が来る前に、せん滅だ!」
オークロードを倒しても、まだ戦いは終わらない。私たちはすぐに戦線へと戻り、残りのオークをせん滅していった。
◇
スタンピードの第二波を打ち破ることに成功した。怪我を負った冒険者は沢山いたが、戦線から離脱するほどの怪我じゃなかったのが救いだ。第二波も冒険者の数が減ることなく終わることができた。
オークの死体で埋め尽くされ、次に戦うことになったら足場が悪くなる。そこで、また戦線を少し下げて戦うことになった。
時刻は夕暮れが過ぎて、夜になっている。月明りが差し込む中、私たちは配給された眠らずに済む薬を飲んで第三波を待った。その間に体力や怪我の回復、食事などを済ましておく。
つかの間の休憩を取っていると、第三波が現れた。月明りの中、黒くうごめくものと無数の丸い赤が地面を覆っている。第三波はジャイアントスパイダーの群れだ。
「ようやく、第三波のお出ましだな」
「夜の戦いは苦手だが、乗り切るしかないな」
「月明りも明るいみたいですし、なんとか戦えますね」
地面に座って休んでいた私たちは立ち上がった。他の冒険者たちも立ち上がり、戦いに備える。
「隣は大丈夫か?」
ハリスさんが隣にいる冒険者たちに話しかけると、その冒険者たちは強く頷く。
「ジャイアントスパイダーなら戦ったことがあるわ」
「俺もだ、だから大丈夫だと思う」
「特別な個体が現れるかが問題だ」
どうやら隣の冒険者は大丈夫のようだ。そしたら、隣を気にすることはない。自分たちは襲ってくるジャイアントスパイダーに集中すればいい。
「まずは魔法攻撃からだな、頼むぞリル」
「できるだけジャイアントスパイダーを倒してくれ」
「任せてください」
魔力回復ポーションは飲んだから、魔力は満タンだ。しかもオルトーさんが作ってくれたものだから、体調がすこぶるいい感じ。この調子だと魔法の威力も上がりそうだ。
前に出て手を構える。ジャイアントスパイダーは火に弱い、ということは火魔法を使うのがいいだろう。それに竜巻も合わせると、広範囲に攻撃ができる。
自分の魔力を高めて、まずは竜巻を作る。その次に竜巻に炎を纏わせると、巨大な炎の竜巻が完成した。その竜巻をジャイアントスパイダーに向かわせる。
すると、その竜巻に当たったジャイアントスパイダーは一瞬で燃え上がり、竜巻の回転の力に体をバラバラにされていった。森だと使えなかった大きな魔法がここでは使える。
「このスタンピードで分かったことだが、リルがこんなに強い魔法を使えるだなんて思ってもみなかった」
「森での戦いは制限された中だったんだな」
私の後ろで二人はそんな会話をした。そう、森の中だったら使う魔法は制限されるけれど、ここは広い草原の上だ。目の前にしか魔物がいない状態であれば、最大出力の魔法が撃てる。こんな炎を纏った竜巻も作れるということだ。
「リルは出し惜しみせずに魔法を使ってくれ。漏れたジャイアントスパイダーは俺たちが倒す」
「リルの力を見せつけてやれ!」
二人の応援の声が心に沁みる。だったら、私の本気の魔法を見せつけるしかない。
「まだまだ、いきます!」
私はもう一本の炎の竜巻を作り、それをジャイアントスパイダーにぶつけた。暗がりの夜だというのに、私たちがいる場所は炎の竜巻で随分と明るくなる。




