278.スタンピード(1)
町に鳴り響くけたたましい鐘の音。通りを行き交う人々は不安そうな顔をして、その音を聞いていた。中には急いで家に帰る人もいて、町の中は騒然としている。
その中を私は走っていた。鐘の音が鳴ったら、町の正門のところに集合だからだ。遅れないように走っていくと、他の冒険者たちも通りを走って正門を目指していく。
徐々に増えていく冒険者と一緒に正門に辿り着くと、正門の外には沢山の冒険者が集まっているのが見えた。何とか間に合った、私は待ち合わせ場所の右側の壁へと移動する。
すると、その壁際にはすでにハリスさんとサラさんが待っていた。
「よぉ、遅かったな」
「待っていたよ」
「お待たせしました」
私は二人に近づいて合流した。
「集まったことだし、話が聞こえる場所に移動しよう」
「そうだな、ここじゃ離れているから話が聞こえ辛い」
「それじゃあ、行きましょう」
壁際を離れ、ギルド職員がいる場所へと移動した。それから時間が経つと、周りにいる冒険者の数が目に見えて多くなってきた。数は千人以上いるだろう、この数で万を超えるスタンピードと戦うことになる。
その時が近づいてくると、少しずつ緊張が高まっていく。スタンピードと戦うのはこれで二回目だというのに、この空間には慣れない。自分を落ち着けるように深呼吸をした。
「リルじゃないか」
聞き覚えのある声に振り向く。そこには、以前一緒にスタンピードを戦ったラミードさんがいた。
「ラミードさん、お久しぶりです」
「リルも参加していたんだな、これは心強い」
「私もラミードさんがいて心強いです」
「リル、この人は?」
ハリスさんの問いに私は以前お世話になったAランクの冒険者だと教えた。すると、二人は驚いた顔をする。
「リルにAランクの冒険者の顔なじみがいるなんて知らなかった」
「意外と顔が広いんだな」
「そんなことありませんよ」
「討伐依頼に参加して活躍しているせいもあってか、リルを知るヤツは多いぜ」
ラミードさんがいうほどじゃないと思うんだけどなぁ。でも、話しかけられたお陰で緊張がなくなった。ホッと力を抜ける場面があって助かったな。
「そいつらはリルの仲間か?」
「はい。一緒にビスモーク山で魔物討伐をしていたパーティーです」
「そうか、リルもパーティーを組んで魔物討伐するまでになったか。今回のスタンピードは以前よりも活躍しそうだな」
グリグリと頭を撫でられた、ちょっと痛い。悪い気はしないので抵抗はしないけれど、子ども扱いされているのがちょっと気に食わない。
「今回は特別な個体がいると聞いた。以前よりは厳しい戦いになるだろうな」
「特別な個体なら俺たちが確認した。色んな魔物に特別な個体が生まれているから、一筋縄ではいかないだろうな」
「みんなで協力し合い、挑まないといけないな」
「はい、一人の力では太刀打ちできませんものね」
このスタンピードの肝となるのは、特別な個体との戦闘になるだろう。その戦いを有利に運べるかで戦局が変わってくる。こちらの犠牲を出さずに確実に特別な個体を仕留めていきたいところだ。
「これから話を始める!」
ギルド職員が声を上げた。すると、周りで喋っていた冒険者たちは口を閉じて耳を傾けた。
「ビスモークで発生したスタンピードが動き始めました。そのスタンピードが町に届く前に、戦闘区域に移動します。場所はここから数キロメートル離れた草原です」
戦う場所は町の近くじゃなくて、離れた草原になるらしい。町の近くで戦うのは、危険だからだろうか?
「今から錬金術師たちが作った薬を配ります。この薬は眠らずに戦える薬になっておりますので、ぜひスタンピードの時にお使いください」
眠らずに戦える薬? どこかで聞き覚えが……そうだ、オルトーさんと作った薬のことだ。錬金術師たちって言ってたから、オルトーさん以外の錬金術師も作っていたんだ。
今配っておけば、夜になった時に飲むだけになるものね。何が起こるか分からないから、準備は万端にしておかないと。そのまま待っていると、他のギルド職員たちが薬を配ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取った薬は二つだ。冒険者ギルドの見解だと二晩でスタンピードが終結すると思っているらしい。本当にそれで終わるのか不安だが、これ以上薬はないのだろう。
しばらく待っていると、薬は全冒険者たちに行き渡ったみたいだ。
「では、移動を開始します。ついてきてください」
ギルド職員は馬に乗ると、進み始めた。私たちはその後を追い、戦場となる草原を目指していく。
◇
二時間後、私たちは草原に辿りついた。そこは森も川も山もない平らなところで、見通しがとても良かった。
「では、スタンピードの戦い方の説明を始めます」
戦い方の説明? 以前はなかった説明だ、どんなことを話すのだろう。
「相手は数が多いので、確実に数を減らしていきたいと思います。そこで乱戦になる前に、初めに魔法で攻撃することを推奨します。接敵しましたら、ありったけの魔法を魔物の群れにぶち込んでください」
乱戦になったら、人がいる分無暗に使えない。でも、人がいない状態だと魔法を乱発できる。なるほど、はじめは魔法の乱発でできるだけ魔物の数を減らす作戦か。
「近接の人は魔法を使う冒険者の近くにいて、その冒険者を守ってください。乱発した魔法の中でも抜けてくる魔物がいるでしょう、それを討伐してください」
役割分担があるんだね、守ってくれるのなら安心して魔法を乱発できる。はじめは魔法でできるだけ仕留めれば、少しは楽になるだろう。
「魔物が接敵してきたら、近接の人が前に出て戦ってください。それからは乱戦になるでしょうが、周りと声を掛け合って戦ってください」
魔物が接敵する前は魔法、接敵してからは近接という具合かな。うん、なんとなくイメージができた。戦う前に戦うイメージがつくと安心する。
「後方に私たちギルド職員が待機しております。何かありましたら、後方に下がってきてください。もし、怪我が酷い場合は町まで送り届けることもできますし、我々も少なからずポーションや薬を持ってきています。困ったことがあったら、頼ってください」
ギルド職員たちもここに残るんだ、心強い。何かあった時は後方に下がって、指示を出してもらえばいいよね。大けがした時も後ろに下がれば、ギルド職員が手助けをしてくれる、後方支援があるのはいい。
「では、戦いに備えます。右と左に職員が分かれていますので、そこまで広がってください」
固まって待機していた私たちはその指示に従って広がった。魔物はかなり広がって襲い掛かってくるから、こっちも広がらないといけない。そうじゃないと、抜かれて町を襲いかねないからだ。
冒険者たちがある程度広がり終えると、ちょっとだけ心もとなくなった。こんな薄い壁で果たしてスタンピードを止められるのか不安になってくる。
前の時は隣領からのスタンピードだったから、こっちの領に着く前にかなり分散してしまったのだろう。だけど、今回は自領でのスタンピードだ、魔物が一塊になって襲い掛かってくる。
これが本当のスタンピードだ。また、緊張してきた。魔物がくる方向見て待っていると、そっちの方向から馬がかけてくる。それはどうやらギルド職員みたいだ。
「スタンピードがくるぞー!」
戦いが始まろうとしていた。




