276.異変(8)
まずは情報収集だ、そう思って冒険者ギルドへとやってきた。中に入ると冒険者でごった返していて、受付カウンターには長蛇の列ができあがっていた。これは、どういうことだろう?
周囲を見渡していると、ホールのところに見知ったギルド職員のお姉さんがいるのを見つけた。その人に聞いてみよう。
「あの、今はどういう状況なんですか?」
「あぁ、リルちゃん。今はねスタンピードに対抗するために冒険者を集めているところなの。ここにいる冒険者の人たちはみんなスタンピードと戦う意思を持った冒険者たちよ」
ここにいる冒険者たちはみんなスタンピードを食い止めようとやってきたみたいだ。ということは、あの列に並ばないとスタンピードを止める戦線には参加できないってことかな。
「あの列に並べばスタンピードと戦えるんですね」
「リルちゃん、戦う気なの? ……そうだよね、リルちゃんは立派な冒険者なんだもの、そう考えても可笑しくはない。でも、無理はしていない? 戦えないと思った冒険者は参加しないのよ」
「私なら平気です。以前もスタンピードとは戦ったことがありますし、魔物討伐なら得意です」
「でも、今回のスタンピードはそう簡単にはいかないと思うわ。特別な個体が複数確認されているみたいだし、無事じゃすまないかも」
以前のスタンピードと違うのは、特別な個体がいることだ。それがいるだけで、スタンピードがどれだけ厳しくなるかは分からない。きっと前回の時と同じようにはいかないだろう。でも、だからと言ってそれが参加しない理由にはならない。
ビスモーク山から起こるスタンピード、魔物の群れは確実にこの町に迫りくるだろう。この町には無力な人が沢山いて、その中には私がお世話になった人たちが大勢いる。そのお世話になった人たちを守りたい、その強い思いがある。
「私はこの町を守りたいと思っています。だから、少しでも戦力になりたいんです」
「リルちゃん……分かったわ、そこまでいうのならば引き留めない。私たちの町を守ってね」
「はい」
お姉さんに自分の決意を話すと、お姉さんはエールを送ってきてくれた。それを受け取ると、私も長蛇の列に並んだ。少しずつ列が前に進んだ時、視界の端に気になる後姿を見つけた。
あれは……ヒルデさん? 顔は見えなかったけれど、ヒルデさんのようだった。ヒルデさんもスタンピード戦に参加するために手続きをしてきたのかな?
駆けつけてそれがヒルデさんなのか確認したかったが、今は列に並んでいる。とてもじゃないが、確認は出来なかった。私はその場を動かずに、自分の順番を待つ。
かなりの時間をかけて、私の順番が回ってきた。
「こちらの受付はスタンピード対策の窓口です。間違いはありませんか?」
「はい、ありません」
「ビスモーク山に赤い霧が発生し、スタンピードが秒読み段階です。そこで、スタンピードに対抗するために冒険者を募っているところです。ここに並んだということは、スタンピードと戦う意思がある方でよろしいですか?」
「はい」
「では、冒険者証を確認させてください。手続きをします」
お姉さんの説明を聞くと、冒険者証を差し出した。お姉さんはその冒険者証を見て、何かの紙に記入をする。それが終わると、冒険者証を返してくれた。
「今回のスタンピードには特別な個体の魔物が確認されております。大変厳しい戦いになることでしょう。それでも、戦ってくれますか? 今なら止めることもできますが」
「いえ、大丈夫です。戦います」
「スタンピードと戦う冒険者には少ないですが報奨金が出ます。一律二十万ルタが支払われますので、スタンピードを越えられましたら受付に手続きにしに来てください」
「報奨金が出るんですね、分かりました」
「スタンピードが発生しましたら、冒険者の移動が始まります。その時は町に鐘の音が響きますので、それが聞こえましたら正門までお越しください」
スタンピードが起こったら鐘の合図がなるらしい。それだったら、遅れることはないね。その鐘がなる前に出来るだけの準備をしておいたほうがいいだろう。
「現地にギルド職員がおりますので、その指示に従ってください。あと、薬の配布も行う予定です。薬は一晩寝ずに済むことができる薬になっています」
えっ、それってオルトーさんと作った薬だよね。そっか、あれはギルドからの依頼だったんだ。ギルドもスタンピードに向けて動き出していたんだね。
「以上で説明を終わります。何か気になる点はありましたか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、鐘が鳴りましたら遅れないように来てください」
話はこれで終わった。私はその場を離れると、一度待合席側のほうへと移動をした。これで手続きはすんだ、後は必要な物を買いそろえるだけだ。ポーションは貰ったから、食べ物とかを買っておかないと。
「リル!」
その時、私を呼ぶ声が聞こえた。声が聞こえたほうを見てみると、待合席にハリスさんとサラさんがいたのが見えた。二人とも、こんなところにいたんだ。私は二人に近寄った。
「良かった、リルに会えた」
「お二人とも、どうしてここに?」
「私たちも手続きをしたんだ。そこで会って、ここで話していたところだ。まぁ、座ってくれ」
私は二人が着いている席へと座った。
「緊急の指名依頼は終わったのか?」
「はい、無事に終わりました」
「そうか、調査から帰ってきていきなりだったから驚いたぞ。リルは本当に色んな仕事をしているんだな」
「お二人は準備とか終わったんですか?」
「私たちはこれからだ。リルもこれからか?」
「はい、ポーションはあるので食料の買い付けだけですね」
何気ない会話を交わした後、ハリスさんが真剣な表情で口を開く。
「スタンピードと戦うことになったが、俺たちは今まで協力し合って戦ってきた。きっとスタンピードも協力しあった方がいいと思う」
「どんな風に協力し合うんですか?」
「山で戦っていた時みたいに、固まって動いたほうがいいだろう。ピンチになったら手助けをできる立ち位置にいたほうがいい」
「何が起こるか分からない。ピンチになる時もあるだろう。だからこそ、身近に見知った人がいたほうがいいと思うんだ」
確かに、何が起こるか分からない状況で一人で戦うのはリスクがある。そのリスクを少しでも無くすためには、近くに頼れる人がいるのがいいだろう。
「鐘が鳴ったら正門に集合するだろう? お互いを見つけやすくするために、あらかじめ集合する場所を決めておいた方がいいと思うんだ」
「正門の右の壁際で待機するのはどうだ? そしたら、お互いに見つけやすい」
「正門の右側の壁際ですね、分かりました。当日はそこで待ちましょう」
当日、お互いがどこにいるか分からなくなる。迎えに行く手もあるだろうが、それだと時間が掛かりすぎる。だから、待ち合わせ場所を設定したほうがいいだろう。
「事前に話し合うことができて良かった。じゃあ、これからスタンピードに備えて買い出しでもいくか?」
「そうですね。色々と買い足すものが必要なので、一緒に行きましょう」
「長い戦いになるかもしれない。準備は念入りにしないとな」
私たちは席を立ち、冒険者ギルドから出ていった。ふと、ヒルデさんのことが脳裏を過ったが、今は買い出しを優先させなきゃいけない。ヒルデさんには後で家に行くことにしよう。




