275.異変(7)
アーシアさんにオルトーさんからの緊急の指名依頼を受けると、急いでオルトーさんの家に行った。
「オルトーさん、リルです」
扉を叩いて声を上げる。しばらくすると、中からオルトーさんが現れた。
「リル! 待っていたよ! さぁ、中に入ってくれ」
オルトーさんは慌てたように中に入れてくれる。いつもの作業部屋に行くと、作業部屋の机の上には様々な素材が乗っていた。
「ビスモーク山に赤い霧が発生したんだってね、大変なことになったよ。きっとこれから数えきれないほどの魔物が押し寄せてくると思う。その魔物と戦う冒険者のために、薬を沢山用意しなくてはいけなくなったんだ」
「今ある薬だけじゃ足りないんですね」
「魔物は休みなく襲ってくると思う。だから、冒険者たちも休みなく戦う必要がある。冒険者が休みなく動けるように、専用の薬を作るんだ。それを飲むと一晩睡眠を取らなくても動けるようになるんだ」
「そんな薬があるんですね」
休みなく襲ってくる魔物に対抗するためには、こちらも休みなく戦わなければいけない。交代制をとって休みながら戦うんじゃなくて、休みがなくても動けるように薬を飲むみたいだ。
「今、持っているだけの素材を使って出来るだけ薬を作ろうと思う。素材の在庫がなくなるけれど、そんなことは言っていられなくなったからね。戦いが始まる前に出来るだけの備えが必要だ」
「これだけの素材、よくありましたね」
「素材の買い取りは頻繁にしておいていたからね。それが積もりに積もった結果だよ。まぁ、研究とか他のことが忙しくって作っていなかっただけなんだけどね。でも、貯めていたお陰で大量の薬を作れるんだ」
普段から素材を買っていたから、こんなにも使える素材があるんだ。緊急時にこれはありがたいよね、素材の在庫がなくて作れないよりは全然いい。
テーブルの上に乗っている素材は全部で三つ。草、何かの根、乾燥した物。これを使って、寝なくても動けるようになる薬を作るらしい。
「リルは根の皮を剥いて欲しい。必要なのは中身だから、出来るだけ薄く剥くんだ。そうすると効力が高い薬ができる。あぁ、あとは細い部分は切り落として構わない。皮が剥けなくなるところは切り落とす、いいね」
「分かりました。量が多くて大変ですが、頑張ります」
「うん、よろしく頼むよ。私は素材を使って調合を始めるよ、この心臓を乾燥したものの成分を抽出するのに時間がかかるからね。手早く仕事を終わらせるためにも効率よく動かなくっちゃ」
私は根の皮むきか……根は細いサツマイモみたいな形をしていて、あちこちから細い根が飛び出している。皮を剥きながらいらない細い根を抜いていこう。
「では、作業開始だ」
「はい」
オルトーさんは大釜に向かい、私はイスに座り根の皮を剥き始める。いつスタンピードが起こるか分からないから、早く作業を進めないとね。
◇
一心不乱に大量の根の皮を剥く、できるだけ薄く。はじめは覚束なかった手元だったが、数をこなしていくと慣れてきた。スイスイと皮を剥くことが出来て、剥けば剥くほど作業が早くなる。
そして、全ての皮を剥き終えることが出来た。まだ、スタンピードは起きてないよね?
「オルトーさん、終わりました」
「早く終わったね、助かるよ。それじゃあ、皮を剥いた根をこの大釜の中に入れて欲しい。中の液が飛び跳ねないようにゆっくりと入れるんだ」
「分かりました」
私は桶に入った皮を剥いた根を持ち、大釜に近づいた。その大釜の中に液体が飛び跳ねないように優しく入れていく。全ての根を入れ終わると、オルトーさんが錬金術の棒で大きくかき回す。
「それじゃあ、次に草を入れて。もう処理は終わっているから、そのまま入れてもいいよ」
「はい」
テーブルに乗っている草の入った桶を持つと、大釜の中に入れていく。全ての草を入れ終わると、オルトーさんは豪快に大釜を混ぜ始めた。
「ここからは錬金術の仕事だ。リルは今の内に休んでいた方がいい。この調合は時間がかかるから、今日は帰って休んだ方がいい。そして、明日になったら朝一でここに来てくれないかな。そしたら、この薬の移し替えを手伝って欲しい」
「じゃあ、今日はお仕事は終わりですね」
「調査が終わった後に来たから疲れただろう。今日はゆっくり休んで英気を養ってほしい」
外は夕暮れ間近で仕事終わりには丁度いい。調合はまだ続くみたいだけど、今日自分にできることは終わってしまった。オルトーさんの言葉に従い、私は帰り支度をする。
「それじゃあ、また明日。朝一で来ますね」
「あぁ、よろしく頼むよ」
そんな言葉を交わし私はオルトーさんの家を出た。外に出ると、いつもより行き交う人は少なくて違和感を感じてしまう。みんな怖いから家に閉じこもっているのだろうか? そう思えるほどの人の少なさだった。
いつもとは違う様子に、スタンピードが迫っている実感がした。
◇
翌朝、早く宿屋を出た私はオルトーさんの家に来た。
「おはよう、リル。早速、薬を瓶に入れる作業をしてくれないか?」
「はい、分かりました」
家の中に通されると、すぐに作業部屋へと向かった。その作業部屋には小さな小瓶が沢山入った木箱が沢山積まれてある。きっと、この瓶に入れるのだろう。
「この瓶に入れて欲しい。多分、全部入ると思うから、過不足なく入れていって欲しいんだ。こんな作業、リルにとってはもう簡単だろう?」
「この作業はやり慣れましたね、だから大丈夫だと思います。それにしても随分と小さな瓶ですね」
「強い薬だからね、飲む量は少なくていいんだ。沢山飲むと逆に体に悪いものだからね、気を付けないといけない薬なんだ。一日一回が限度だね。まぁ、一本飲むと一日は寝ずに動けるから一日に一本しか飲まないから平気かな」
寝ずに動ける薬は強い薬に入るらしい。そうだよね、人の欲求を抑えるようなものだから、強くなるのは仕方がない。
「じゃあ、私は隣で調合の仕事をしているから、瓶詰をよろしく頼むよ」
「分かりました」
そういうと、オルトーさんは隣の大釜で素材を入れて何やら調合を開始した。さて、私は薬の瓶詰を行っていこう。瓶に薬を入れる道具を手にすると、早速作業に取り掛かった。
◇
何百とある薬の瓶詰にかなりの時間を使った。一つずつ少量の薬を入れるのは根気のいる作業だったけど、無心になって作業を行ったおかげでなんとか全てに入れることができた。
「オルトーさん、終わりました」
「ありがとう。リルがいてくれて本当に良かったよ、私一人じゃこんなに早く仕事を終えることができなかった。疲れているのに無理をさせてすまなかったな」
「いいえ、大丈夫です。これも、町のためです」
オルトーさんは調合をしながら感謝をしてくれた。私にできるのはこれくらいだから、これが町のためになってくれればいい。
「後は補助はいらないよ。残りの素材も少ししかないし、私一人でできそうだ。そうそう、そこのテーブルに乗ってあるポーションはリルが持っていってくれ」
「えっ?」
その言葉に驚いて振り向くと、テーブルの上に十本以上の瓶が置かれてあった。
「傷を回復するポーション、体力を回復するポーション、魔力を回復するポーションだ。材料があったから、二本だけ上級の回復ポーションを作っておいたよ。私が作ったポーションたちだ、とても良く効くよ」
「私にですか? そんな受け取れません。そうだ、お金を支払います」
「いいんだ、これは私のためでもあるからね。リルはスタンピードと戦いに行くんだろう? リルとはまた一緒に仕事がしたいと思っている、リルには無事に戻ってきて欲しいんだ」
「オルトーさん……ありがとうございます」
オルトーさんの気遣いに胸が熱くなった。オルトーさんは凄い錬金術師だから、きっとオルトーさんが作った薬はそう簡単には手に入らない。それを優先的に分けてもらったんだ、これは凄いことだ。
私は貰ったポーションをマジックバッグの中にしまった。このポーションがあれば、きっとスタンピードを乗り越えられるはずだ。
「オルトーさん、行ってきます。必ず無事に戻ってきますね」
「あぁ、スタンピードなんて簡単にやっつけてまた戻ってきてよ。リルが無事に帰ってきてくれるだけで、本当に嬉しいから。絶対に負けるんじゃないよ」
「はい、行ってきます!」
言葉を交わすと私はオルトーさんの家を出ていった。スタンピードまで残り少ない、今できる準備を終わらせておくんだ。




