274.異変(6)
ビスモーク山にかかる赤い霧。それはとても濃くなっていて、赤い霧で山が隠れてしまうほどだった。これが正常な赤い霧の状態なのか分からない、けど嫌な感じがする。
ついこの間スタンピードが起こったはずなのに、こんなにすぐにスタンピードが起こるのだろうか? いや、あれは違う領地から漏れ出したものを対処しただけだ。だから、この領地でスタンピードが起こったとしても不思議ではない。
「赤い霧が……」
「そんな……」
ハリスさんとサラさんの声が聞こえて振り向いてみた。ハリスさんは苦虫を噛んだような顔に、サラさんは信じられないような顔になっている。
不気味なほどに濃い赤い霧。それを見て、一つの疑問が浮かんだ。
「あの、これって正常な赤い霧なんでしょうか?」
「私は分からない。ハリスは分かるか?」
「俺は一度だけ見たことがある。その時はこんなに濃いものじゃなかった。この濃さは異常だ」
「瘴気が濃いということは……魔物にも影響があるんですよね」
「あぁ、そうだ。数が多くなったり、強い魔物が現れたりする」
ハリスさんの顔色が悪くなるほど、この赤い霧は濃いらしい。本来なら瘴気が目に見えない、だけどそれが濃くなった時に赤い霧となる。それが濃くなればなるほど、魔物への影響は大きい。
もしかしたら、こんなに濃い赤い霧が出るから魔物の異常が出ていたのかもしれない。魔物の増加も特別な個体が出たのも、全てはこの時を予言していたかもしれない。
「とにかく、昨日に約束した通りに集合場所に集まるぞ」
「話さなくても分かる、早く町に戻らないと」
「ほら、いつもの場所に集まっているみたいですよ。行きましょう」
夜に集まっていた場所に昨日のパーティーメンバーが集まってきた。それを見ると、私たちもその場所へと近づく。その場所に行くと、不安そうな表情をしたパーティーメンバーたちがいた。
「大変なことになったな」
「やはり、この魔物の異常はスタンピードの前兆だったんですね」
「これで決まったな、早く町に戻って報告をするぞ。幸い、俺たち用の馬車はあるわけだし」
「じゃあ、それぞれ帰り支度をしたら馬車に集合だ」
話し合いというほどの会話はなく、みんなの意見は一致した。意思を確かめると、それぞれが動き出す。私たちは元の場所へと戻り、テントと持ち物を手早く片づける。
それが終わると、急いで冒険者ギルドから用意された馬車があるところに行った。そこには、昨日来ていた普通の冒険者用の馬車もあり、その場は町に帰りたい冒険者でごった返していた。
「先に帰らせてくれ!」
「いいや、俺が先だ!」
「こんなところ、いたくない! 頼む、金を多く払うから先に乗せてくれ!」
みんなが我先にと馬車へ乗り込もうとしている。赤い霧が発生したら、いつ魔物の暴走が起こってもおかしくない。早くこの場を去りたい気持ちは分かった。
自分たちが乗る馬車に近づくと、喧噪が聞こえてくる。
「なぁ、どうして馬車に乗せてくれないんだ!?」
「ですから、こちらの馬車は冒険者ギルドから依頼された冒険者が乗る馬車です。他の冒険者は普段お使いの馬車にお乗りください」
「だったら、その冒険者たちが乗った後に隙間があれば乗せて欲しいわ! ねぇ、お願い!」
こっちの馬車にも冒険者が数人殺到していた。いたたまれない気持ちになりながら、私たちは馬車の中に乗った。三パーティー馬車に乗れば、他に乗れる人のスペースはほとんどない。
「じゃあ、出発します」
「俺を乗せてくれ!」
「私を乗せてー!」
御者の人は全員が集まったのを確認すると、急いで馬車を動かした。その馬車の後ろから冒険者たちが馬車に乗せてくれと叫んでいる。もしかしたら詰めたら乗せれたのかもしれない、そんな考えが浮かんできた。
その時、私の顔を見ていたハリスさんが声をかけてくれる。
「気にするな、この場合は仕方がない」
「でも、あの人たちが乗れる馬車が……」
「町の方でもビスモーク山に赤い霧がかかっていることは気づいているはずだ。きっと、追加の馬車を飛ばしてくれているに違いない」
「そうだといいんですが……」
「それに俺たちは早く情報を持ち帰らないといけない。山にどんな異常が起こったのかを知っているのは俺たちしかいないからな」
そう、私たちは今の山の状況を知っている。その情報を早く伝えて、対処をしなくちゃいけない。心の中で仕方がないと思う反面、残された冒険者たちが気がかりだった。
◇
馬車は早く走った。本来なら二日掛かるところを一日とちょっとの時間で町まで走り切る。町の中に入ると、いつもとは様子が違った。物々しい雰囲気で、みんなピリピリしているみたいだった。
コーバスからもビスモーク山を見ることができるので、赤い霧が出現したことを知っているのだろう。通りを歩く人たちはとても不安そうにしていた。
馬車の外を眺めていると、ようやく冒険者ギルドに辿り着いた。私たちは馬車から降り、休むことなく冒険者ギルドの中に入っていった。中に入ると冒険者でごった返していて、スタンピードの情報を求めているように見える。
「ここじゃ、すぐに報告できない。直接サブマスターのところに行くぞ」
私たちはこの場から去り、二階へと進んだ。廊下を歩き、とある部屋の前で立ち止まるとノックをする。すると、中から声が聞こえてきて中へと入った。
「失礼。ビスモーク山調査隊だ」
「おお、待っていた! 早速会議を始めよう、第一会議室で待っていてくれ」
「分かった」
話はそれで通じたみたい。私たちは第一会議室に移動をして、用意されていた席についた。しばらく待っていると、ギルド職員が入ってくる。最後にサブマスターとギルドマスターが入ってきた。
「それではビスモーク山の調査結果を聞こう」
会議が始まった。
◇
会議は報告が上がるたびにどよめきが起こった。特別な個体が出現してからの赤い霧の発生、普通なら順番が逆じゃないかという意見が上がる。魔物に影響を与える赤い霧が出現する前に特別な個体が沢山出現したのは異常だ。
その異常の様子を聞いて、ギルド側は顔色を悪くした。赤い霧が発生したことによって、この特別な個体がどれくらい増えてしまうのか予想ができない。
「今回のビスモーク山でのスタンピードは特別な個体が出現する、きわめて危険なスタンピードになるだろう」
「いつ頃スタンピードが起こるか分からない。ギルド職員を派遣して、ビスモーク山を監視しよう」
「引き続き、外の冒険者は外出禁止の指令を出す。少しでも戦力を蓄えておきたい」
報告を聞いたギルドマスターたちは、次々とやるべきことを決めていった。
「戦う冒険者たちの報酬も考えないとな。特別な個体がいるみたいだし、報酬は高いほうがいいだろう」
「冒険者たちの配置もどうするか考えないとな。魔物と戦うには、どのあたりがいいのか……」
「量も質も高い、慎重に考えなければいけないな」
この様子だと、私たちはもう用済みじゃないかな。そう思っていると、ギルドマスターが私たちの方を向く。
「調査ご苦労だった。あとは指示があるまで、この町で待機してくれ。報酬は今支払うから、受け取って欲しい」
これで私たちの役目が終わった。ギルドマスターの話が終わると私たちはギルド職員と共に部屋を出ていく。その廊下で集まった私たちは少しの会話をかわす。
「じゃあ、これで調査隊は解散だな」
「スタンピード、大変ですが生き残りましょう」
「あぁ、お互いに生き残ろうな」
「では、こちらに来てください。報酬を渡します」
短い会話の後、私たちは職員に連れられて一階に下りた。それから、受付のカウンターに行き、そのギルド職員から今回の報酬を受け取る。これでお仕事が完了した。
それで受付カウンターから離れようとした時、アーシアさんが現れた。
「リルちゃん、丁度いいところに」
「どうしたんですか?」
「リルちゃんに緊急の指名依頼が入ったの」
「私に緊急の指名依頼ですか?」
こんな時に緊急の指名依頼?
「錬金術師のオルトーさんからの依頼よ。大量の薬を作るからその手伝いをして欲しいって。できそう?」
「大量の薬……分かりました、受けます」
スタンピードの前だ、その時に必要な薬が沢山あるみたいだ。私はアーシアさんの話を受けた。




