216.商家の護衛(9)
結局、その日は何もなかった。翌朝の朝食時にボブさんは問題がなかったことを教えられた。
「鍵がかかった部屋に押し入ろうという輩もいなかったよ」
「何事もなくて良かったです」
一晩中、護衛をしようかと申し出たのだが、ボブさんはそこまでしなくてもいいと言ってくれた。外に置いてある馬車を見ても、何も盗まれてはいなかったし、細工もされていない。
だったら、昨日の二人組は何を狙っていたんだろう。疑問は尽きなかった。一人で考え事をしていると、ウルマさんとロザリーさんが話しかけてくる。
「もし、何か仕掛けてくるのであれば、町を出る前の少しの時間か?」
「私たちは通りを進むのよ、そんな人目があるところで行動に移すかしら」
「そうなんですよね、人目があるところで行動するとは思えないんです。だったら、宿屋にいる時を狙ってって思ったんですけど、杞憂でした」
二人は難しい顔をして怪しい二人組のことを考えてくれている。その一方、ニックさんたちは軽い調子のままだ。
「きっと、あれだよ。リルの緊迫した雰囲気を察知して、襲うのを諦めたんじゃねぇのか?」
「ズールベアを簡単に狩れるリルちゃんだもの、そんな雰囲気を醸し出しても可笑しくはないわ」
「だったら、馬車移動の時は先頭を行ってもらうか? そしたら、その雰囲気で魔物が寄ってこなくなるかも」
この三人は私をなんだと思っているんだろう、私は普通の人なのに。大体、そんな雰囲気は出していませんよ。ちょっとムッとしているが、三人はお構いなしに会話を続ける。
「それに襲い掛かってきたら、リルが一人で対処しそうだけどな」
「ズールベアに勝つ少女だもん、勝てる人なんているの?」
「その内、ズールベアを従えたりしてな!」
「もう、三人とも酷いです!」
可笑しなことばっかり言って、私を人外みたいな生き物みたいに。私は普通の少女です!
「まぁまぁ、リルちゃんは私の身を案じてくれているだけだからな。一応、町を出る時までは気を引き締めていこう」
「こんなに冒険者がいるんだ、簡単に返り討ちだぜ」
「できる限り慎重に動こう」
本当に何事も起こらなければいいんだけど。
◇
支度をすませると、受付のホールでみんなで待ち合わせをした。借りていた部屋の鍵を返し、いよいよ宿から出ることになる。
「じゃあ、なるべく周囲に気を配りつつ移動を開始するぞ」
ウルマさんがこの場を取り仕切ってくれた。扉を開けて外に出ると、すぐに周囲を見渡す。今のところ怪しい動きをする人はいないみたいだけれど……
ボブさんが馬車の準備を進めている時、私は周囲の警戒をした。その時だ、こちらを窺う視線を感じる。いる、絶対に昨日見てきた人たちと同じ視線だ。
私は相手に気取られないように、周囲を見渡した。すると、足早に去って行く男の人の姿が気にかかる。昨日とは違う人だけれど、あの人が怪しい。
私はみんなに知らせるために馬車に近寄った。
「先ほどこちらを窺う人がいました」
「それは本当か?」
「私たちが出たのを確認して、この場を立ち去ったように見えました」
「そうか……町を出るまで油断はできないな」
ウルマさんが難しい顔をして考え込む。
「よし、馬車の前は私たち、馬車の後ろはニックたち。リルはボブさんの近くにいて警護だ」
「おう、後ろは任せろ」
「分かりました」
陣形はいつもと同じ。突然変えて、対処できなかったら大変だもんね。
「それじゃあ、行くぞ」
ウルマさんの合図でボブさんは馬に鞭を打ち、馬車は動き始めた。
◇
通りを順調に進んでいく馬車。町を出るまで三十分程度だ、とにかくこの時間を守り切れればいい。近寄ってくる人がいれば、注意深く確認をして、危険がないかどうかを判断する。
どうやら今は監視の目がないらしく、こちらを窺う視線を感じない。もしかしたら、どこかで待ち伏せしている可能性もある。より一層気を引き締めて通りを進んでいく。
そして、私たちは町の門まで辿り着いた。通りでも、門のところでも何事もなく通過することができる。なんだか拍子抜けだ、何か起こると思ったのに。
門を過ぎて街道に入ると、ウルマさんがみんなを一度呼び寄せた。
「ここまできて何もなかったな。警戒を緩めて、いつも通りの護衛に切り替えよう」
「さんせーい。気張ったから疲れたわ」
「何か起こると思ったんですが……まぁ、何事もなくて良かったです」
今後の護衛のことを確認して、私たちは定位置についた。それから、いつも通りに街道を進んでいく。
ともかく、何事もなくて本当に良かった。もしかしたら、狙っているのを諦めてくれたのかな? そうだとしたら、警戒した意味があったというものだ。
歩き始めると、御者台に座っていたボブさんが話しかけてきた。
「何事もなくて本当に良かったね。本当に襲われたらどうしようかと思ったよ」
「襲われなくて本当に良かったです。相手は諦めてくれたんですかね」
「そうだろうね。だって、六人も冒険者がいるんだから、普通は物怖じすると思うよ」
相手はこんなに護衛の冒険者がいるとは思わなかったから、手を引いてくれたのかな。ボブさんの手伝いをしていた時には子供の私が護衛には見えずに、全然警戒していなかったかもしれない。
そうだよね、こんなに冒険者がいるって分かったから手を引いてくれたんだ。私一人じゃけん制にはならなかったけれど、みんながいてくれたお陰でけん制できたのかも。
私はようやく警戒を解くことができた。後の任務はボブさんをコーバスの町まで護衛するだけ。帰り道も来た時同様に魔物に気を付けながら進んでいこう。
◇
その日の昼頃、街道は森に囲まれた場所まで進んできた。森の中に入って十分後、ウルマさんが馬車を止める。
「街道が倒木によって塞がれているみたいだ」
「参ったな。どかせられるかい?」
「みんなで協力すればなんとか動かせそうだ」
「私も手伝います。身体強化が使えるので、お力になれると思います」
「あぁ、リルもよろしく頼む」
後方組のニックさんも呼んで、全員で倒木を動かそうとした時だ、嫌な気配がした。立ち止まり周囲を確認してみると、森の中から何かが飛び込んでくる。
「気を付けてください、何かが来ます!」
次々と森の中から現れたのは、武器を持った人間だった。その人たちは後方から馬車を取り囲むように現れる。馬車の後方はあっという間に武器を持った人間に埋め尽くされた。
「や、野盗集団だ!」
その集団を見たボブさんは声を上げた。これが、野盗集団?
みんなで後方に行くと、目の前を埋め尽くすほどの武器を持った人間がいた。どの人も口を布で覆い隠し、鋭い眼光でこちらを品定めしているようだ。
無言で睨み合っていると、野盗集団から声が上がる。
「俺たちが噂の野盗集団だ!」
「てめぇら、金目の物を置いていかないと皆殺しにするぞ!」
「三十人いる俺らに勝てると思うなよ!」
手に持っている武器をチラつかせながら脅かしてきた。野盗が三十人もいるなんて、そんな大人数を相手になんてできるの? しかも、ボブさんを守りながら戦うことができるの?
取り囲まれて焦る私たち。顔を見合わせてどうしようか考えるが、簡単には答えは出ない。交戦か、降参か。みんなの視線を見ても、どっちにしようなんて分からなかった。
「早く決めないと、殺しちまうぞ!」
えっ。その声を聞いた瞬間、強烈な違和感を感じた。




