215.商家の護衛(8)
「昨日は大変な目にあったな」
質問攻めにあった翌朝、昨日の変な疲れが残った朝を迎える。食事が始まる前から、食事が終わった後までみっちりと私の強さについて質問を受けた。どんどん質問をされて、途中で何を話しているのか分からなかったな。
根気よく説明をしていると納得したような雰囲気はあった。でも、表情だけは納得していないような感じは受けたんだけど、まさか今日も質問攻めにあうなんてことはないよね。
とにかくそれで分かったのはみんなが置かれている状況と私が置かれている状況は違った、ということだけだ。みんなは私みたいに自らを高めていくきっかけがなかったのは分かった。
クエストも受けてクリアすればそれでいい、そんな考え方だった。なんだろう、みんなと私の間には壁があるように思える。もしかして、私がストイックすぎたのかな?
でも、一人で生きていかなくちゃいけないし、頼れるものがないから力をつけなきゃと思うのは自然では? それとも、その考え自体が異端なの? うーん、考えても答えはでない。
まぁ、もしかしたら私とおんなじ考えの人もいるかもしれないし、深くは考えるのはよそう。私は私のペースで行けばいいことだし、気にしない気にしない。
ベッドから降りて支度をする。今日はボブさんの商談の日だから、丸一日暇がある。暇があるから私はボブさんのお仕事を手伝うことにした。手伝った分、お給料は貰えるらしいからウィンウィンだね。
さて、支度も終わったことだし、今日も元気に行きますか。
◇
馬車に揺られ、私とボブさんはこの町の商会を訪ねている。行く先々、お得意様のようで、ボブさんが現れるとみんな歓迎をしてくれた。
今回は商品を卸しに来たらしいボブさん。私は馬車に詰んだ荷物を数えたり、運んだりしている。簡単な仕事ばかりで、ちょっと退屈に感じちゃう。ダメダメ、これは仕事だから気を引き締めないと。
「いやー、怖いねー」
「えっ」
あ、話を聞くのを忘れていた。御者台に乗っているボブさんが、馬車の中にいる私に向かって何か話しかけていたみたい。私のはっきりしない態度を見て、話を聞いていなかったことをボブさんは知る。
「いやね、通ってきた街道に野盗が出るって話をしていたんだよ」
「街道に野盗がですか?」
「なんでも、凄い人数で取り囲んできて、金品を要求してくるんだよ。出会ったらひとたまりもないっていう話だ」
「そういう時ってどうするんですか?」
「みーんな、命は惜しいからお金とか商品とかを渡すらしい。一緒にいる冒険者なんかは装備品も剥ぎ取られるって話だよ」
通ってきた街道にそんな野盗が出るなんて知らなかったな。今回は出会わなかったから良かったものの、出会っていたらどうなっていたんだろう。
「その野盗は捕まえないんですか?」
「それがな、どれだけ森を捜索しても野盗の根城は見つかんなかったんだとよ。野営の跡すら見つからなかったから、どこにいたのかも全然分からないんだ」
「神出鬼没、なんですね」
やだなー、怖い。大人数で神出鬼没の野盗集団があの街道にいるなんて、出会ったらすぐに降参することになるんだろうか。そうだよね、私たちは護衛なんだから一番は護衛対象を守ることなんだからね。
その後もボブさんと雑談をしつつ、次の取引先へと向かった。そんなに時間もかからず商会に着くと、軒先で話し合いが始まる。
「いやー、いつも助かります。ありがとう、ボブさん」
「いやいや、こちらもごひいきにしてくださり助かります」
「とりあえず、商品見せてもらってもいいですか」
「はい。目録はこちらになります」
店主が目録を読み始めると、ハッと気づいたように声をかけた。
「そういえば、街道で野盗に出会いませんでしたか?」
「噂の野盗ですね。幸運にも会わなかったんですよ」
「それは良かった。なんでも、狙うのは沢山の金を持ち歩いている商人ばかりなんですよ」
「金の匂いに敏感な野盗みたいですね、恐ろしい」
ここでも野盗の噂話だ、この町では野盗の話で持ちきりらしい。早く捕まればいいなー……そう思っていた時、嫌な視線を感じた。後ろを振り向くが、通りでは人が行き交っているだけで何もない。
気のせいかな、そう思って前を向くが、嫌な視線は無くならなかった。じっとこちらを窺うような視線は一体どこからだろう。きっと行き交う人にまぎれてこちらを見ているに違いない。
ひっそりと魔力を高めて、聴力強化をする。何か不審な会話がないか一つずつ確認していく。……違う……これも違う……これじゃない。人の会話を盗み聞きしていると、とある会話が聞こえてきた。
「あれで三件目だ」
「取引が多いな」
三件目、取引……きっとボブさんのことを言っているに違いない。この会話が視線の犯人だ!
「これで決めるか?」
「いや、まだだ」
決めるって何を決めるんだ? もしかして、白昼堂々と盗みを働くつもりなのかな? こんな人通りが多い場所で? ……ありえない。きっと何かの手段を使ってくるに違いない。
相手は二人かな、それとも会話に入っていない人もいる? 私一人で対処できるかな? どうするのが正解なんだろう。考えていても答えは見つからない。
分かることは、見ず知らずの二人がボブさんを狙っているっていうこと。ボブさんの命を狙っているのか、それとも他の何かを狙っているのかは分からない。とにかく、注意しておかないと。
「それじゃあ、商品を運びますね。リルちゃん、よろしく頼む」
「分かりました」
お仕事の時間だ、あの二人が気になるけれど仕方がない、今はこっちを優先にしよう。目録を受け取り馬車の中に入ると、商品が入っているマジックバッグを幾つか取り出す。
元の場所に戻ると、従業員さんが待っていてくれた。
「商品はこちらに置いてください」
そう言って店の中へと案内を始めた。この場を離れるのは不安だけど、何も起こらないことを祈るしかない。私は後ろ髪をひかれながら店の中に入っていった。
◇
怪しい二人組の気配は三件目の店以降もあった。こちらを窺うようにして、何かを品定めしているみたいだ。強盗だったら危ないので、ボブさんに注意して貰った。
だけど、結果的に何も起こらなかった。怪しい二人組はこちらを窺いはするが、手は出してこなかった。一体何を知りたかったんだろう、疑問は尽きない。
「そういえば、リルちゃんの言っていた怪しい二人組は現れなかったね」
「もしかしたら、つけられているかもしれません。最後の商会までついてきましたから、その可能性はあります」
「そうなのか、怖いな。ライバルの商会の監視だろうか、それとも大手の商会の関係だろうか」
「どの関係者かは分からないですけれど、執拗に何かを確認しているようでした」
二人組は言葉が少なくて決定的な情報は聞き出せなかった。そんな二人組が最後の商会までついてきたんだから、きっと何かを狙っているはずだ。私は馬車に乗っていながらも警戒は解かなかった。
「とにかく、宿に戻ってからも注意しましょう。いつ、襲われるか分かりませんから」
「そう言われると怖いな。まぁ、明日までの辛抱だから気を付けるよ」
きっと何かを狙っているはず、そう思わずにはいられなかった。町を出るまでは周りに注意して行動しておこう。あと、みんなにもこの状況は共有しておいて、いざという時には頼りにさせてもらおう。




