213.商家の護衛(6)
二日目の夕暮れになる頃、森の中にぽつんと佇む小屋を見つけた。どうやらここが、今日泊まる場所らしい。先客はおらず、今日も私たちだけで使うことになりそうだ。
ボブさんは馬の世話、私たちは焚火を囲んだ長椅子に座って夕食タイムになった。みんなが串を焼き始め、私がスープを温めている時、ニックさんが疲れたようにため息を吐く。
「はぁー、今日も魔物に襲われてしんどかったなー」
「私もくたくたよ」
「突然現れてくるから、ビックリするぜ。余計に疲れを感じる」
ニックさんたちのパーティーは疲れたように長椅子に座って項垂れていた。確かに、何度も襲われると疲れちゃうよね。
「私も今日は疲れました。襲われるのってこんなに疲れるものなんですね」
「護衛の任務についていると、襲われるのばかりだからな。普通に魔物討伐をするよりは疲れるんだ」
「そうよねー、こちらから仕掛ける訳にもいかないし。こればかりはしょうがないわ」
そっか、護衛の任務についていると襲われることばかりなんだね。守るものがあるんだから仕方がないとはいえ、自分から仕掛けられないのがこんなに大変だなんて思いもしなかったよ。
今までも護衛の仕事はしたことあるけれど、他の人と連携を取りながらだから考えることが多くて大変。それも含めて今回の護衛は難しい仕事だと思う。
「魔物が多かったから大変だったが、みんなの協力があったからこそなんとかなったな」
「そうそう、何度も魔物に突破された時は焦ったわね。でも、その度にリルちゃんがしっかりと守ってくれたから本当に良かったわ」
「私なんて、対峙する魔物が少なかったらどうにかなっただけです。みなさんがしっかりと魔物と対峙してくれたお陰で、力を十分に発揮することができました」
大勢引き連れて街道を歩いているから、現れる魔物も比例して数が多かった。自分一人でそれを相手するのは難しかったし、人数がいる利を活用して魔物を引き付けていたお陰だ。
「リルはさ、魔物討伐とか得意なのか? すげー早く魔物討伐してたから、驚いたぜ」
「戦っている姿を見る隙はなかったんだけど、どんな風に戦っていたんだ?」
「魔法も使っていたわよね」
「私の戦い方、ですか? そうですね……」
ニックさんたちの質問もあり、私は自分の戦い方を説明した。瞬時に敵の動向を分析して、どんな攻撃が有効か考え、敵の攻撃を避けつつこちらの攻撃を当てる。
そんなことを詳しく話すと、みんなの反応がない。しまった、ちょっと熱中して語ってしまったのかも。みんなの表情を恐る恐る確認すると、みんな同じ顔をしていた……ポカンと口を開けて呆気に取られている顔だ。
「え、えーっと……そんな感じです」
遠慮がちに話しかけてみると、みんながハッとした顔で我に返った。
「そ、そうか。リルは色々考えて戦っているのが分かった」
「昔はもっと考えていたんですが、自分を見直すきっかけがあったのでこれでも少なくなったほうなんですよ」
「それで少なくなったとか、マジかよ」
ウルマさんとニックさんがそんなことを言った。
「みなさんは戦闘中はどんなことを考えているんですか? 人の戦闘をあまり見たことがないので、聞いてみたいです」
逆に私が質問をすると、みんなが押し黙った。あれ、何か可笑しいこといっちゃったかな?
◇
次の日も森の中を進んでいく。順調に行くと午前中には森を抜け、夕暮れ前には町に着くみたいだ。ようやく町で休めるとあって、みんなの足が軽やかに進む。
「待て、何か聞こえる」
先頭を行くウルマさんがストップをかける。耳を傾けてみると、何かが走ってくる音が聞こえてきた。と、そこに馬車の後ろからニックさんがやってくる。
「おーい、どうした?」
「ニック、何か聞こえないか?」
「んー……確かに聞こえるな」
私は聴力強化をして音を探った。この音は数人の足音に……魔物の声? 魔物に追われているってことかな。
「すいません、どうやら誰かが魔物に追われているみたいです」
「どうして分かるの?」
「聴力強化をして音を探ってみました」
「そんなこともできるのね、リルちゃんはすごいのね」
その音はだんだんと鮮明になっていき、こちらに向かってきているように思える。
「音がだんだん大きくなってきているぞ、こっちにくるんじゃないか?」
「どうするの?」
「護衛対象がいるんだ、不測の事態がないようにこのまま進んでいこう」
「そうか、分かった。じゃあ、後ろに戻るな」
ニックさんが後ろに戻ると、ウルマさんはボブさんに一言いい馬車は動き出した。逃げている人、無事に逃げられたらいいな。逃げている人のことが気になって、もう一度聴力強化をした。
横から聞こえていた足音が馬車の前方の方に聞こえ始めた。その足音は段々大きくなっていて、このままだったら接触する可能性がある。堪らず私はウルマさんに近寄った。
「ウルマさん、足音が馬車の前方に移動したみたいです。もしかしたら、こちらに接触するかもしれません」
「……確かに、音が前方に変わったかもしれない。ボブさん、ちょっと急ぎましょう!」
「分かった!」
ボブさんが馬に鞭を打つと馬車は走り出し、私たちも走り出す。もう一度音を探ってみると、どんどんこちらに近づいているみたいだ。というか、向こうのほうが早く感じる。
「ウルマさん! このままだと、本当に接触します!」
「とりあえず、このまま走るぞ!」
「はい!」
ウルマさんも聞こえてくる音に気づいている、だが今はこれしかできない。私たちが街道を走り続けていると、人の声が聞こえた。何か話していると思ったら、その人たちは真っすぐこちらに向かってくる。
そして、その人たち……四人の冒険者たちが姿を現した。
「こっちだ!」
その冒険者たちは私たちの前を横切り、反対側の森に姿を消した。その時だ。
「グアアァッ!!」
冒険者が来た方向から魔物の雄たけびが聞こえた。その魔物は森から出てくると、街道の真ん中でこちらを向きながら止まる。それと同時に馬車は急ブレーキをした。
「ズールベアだ!」
現れたのは傷だらけのBランクの熊型の魔物、ズールベアだ。
「くそっ、擦り付けられた!」
ズールベアは冒険者が去って行った森の中と私たちを交互に見ると、体をこちらに向けた。
「グワァァッ!!」
「なんだ、どうし……ズールベアじゃないか!」
「キャァッ!」
「うそだろっ、おい!」
馬車の後方からニックさんたちが現れて、ズールベアを見て硬直した。
「ニック、アルマ、ルイード、来い! こいつを倒すぞ!」
「くっそ、やらなきゃいけないのか!?」
ウルマさんが呼ぶと、ニックさんたちは馬車の前に立ち塞がった。ズールベアは完璧に私たちを標的にしているみたいで、今にも攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だった。
「行くぞ!」
ウルマさんの掛け声で五人はズールベアに立ち向かっていった。それを見ていたズールベアは腕を振り上げて、攻撃を仕掛ける。その攻撃を避けると、各々が攻撃を開始した。
私はどうしたらいいんだろう。ボブさんを守るのが私の役目だから、ここにいなくちゃいけないのは分かる。だけど、あの五人で本当にズールベアに勝てるんだろうか?
ここは私も戦いに参戦したほうがいいんじゃないかな。でも、だったら護衛対象者であるボブさんを放っておくことになっちゃう。どうしよう……
「そうだ! リルちゃんなら、どうにかできるんじゃないか!?」
その時、ボブさんの声が聞こえた。
「確かリルちゃんはズールベアを倒したことがあるって言ってたよな!? そしたら、あのズールベアにも勝てるんじゃないか?」
「はい、ズールベアは倒したことがあります。でも、私が離れるとボブさんの身が危なくなります」
「私のことはいいから、あの五人の力になってくれ!」
必死のボブさんの願いを受けて、私は少し考えた後に強く頷いた。
「分かりました。ボブさんは馬車の中に隠れていてくださいね、私は行ってきます」
「あぁ、頼んだぞ」
ボブさんは馬車の中に移動すると、私は目の前で戦っているズールベアに向かって行った。




