211.商家の護衛(4)
みんなが小屋の中で寝ている間、夜の番をする人は小屋の外で見張りをすることに決まった。一人一時間の夜の番をするのだが、言い出したウルマさんたちは一人で二時間の夜の番をするらしい。
四人が一時間ずつで二人は二時間ずつ、合計八時間。順番はこうだ、ウルマさん、アルマさん、ニックさん、ルイードさん、私、ロザリーさん。ニックさんは今日はお休みとなった。
早速就寝の時間になり、ウルマさん以外が小屋に入りそれぞれの寝床を作る。小屋の中は二十人くらいは横になれるほど広かったので、一人ずつの空間が広くとることができた。
私もクッション性のある敷物を敷いて、その上で毛布をかけて寝た。日中沢山歩いていたし、魔物討伐もしていたから体に疲れが溜まっていた、十数分で私は眠りにつく。
◇
「おい、起きろ。見張りの交代だ」
肩を激しく揺さぶられ私は起きた。目を擦りながら起き上がってみると、暗闇にルイードさんの姿が浮かんでいた。
「んじゃ、ちゃんと起こしたからな」
そういったルイードさんは自分の寝床に戻っていった。私はゆっくりと立ち上がり、大きく背伸びをした。さて、見張りをやりますか。
静かに小屋を出た後、夜空を見上げると月と沢山の星が見えてとても綺麗だった。今までに見たことがない景色でしばらく呆然と眺めてしまう。
「いけない、見張りをしないと」
はっ、と我に返り焚火がある場所に行った。焚火は火が絶え間なく燃えていて、その場所だけ暖かくて明るい。
まずはお仕事をしないとね。耳に魔力を集めると聴力強化をして周りの気配を探る。周りは静かなもので、魔物の声は一つも聞こえなかった。
しばらく周りの音を拾っていたが、近くには魔物はいないし起きていそうな魔物もいなそうだった。それを確認すると、ようやく焚火の前に座る。
「ふぅ」
椅子に座ると、マジックバッグを取り出して中に入っている時計を取り出す。時間を見ると、約束の時間より三十分も早かった。
「これって、前の人が早く終わったってことになるよね」
一体誰が早く終わらせたのかは分からない。ルイードさんは何も言っていなかったし、なんだか微妙な気持ちになる。
「うーん、これはどうしたらいいんだろう。私が足りなくなった分の見張りをすればいいのかな」
私の後のロザリーさんは二時間も見張りをしないといけないから、できればロザリーさんには二時間だけにしてあげたい。ということは、私が足りない時間の見張りをしておこう。
たった三十分だし、あっという間に終わるよね。誰が早く終わらせたかなんて考えないで、今は見張りをしっかりとした時間、順番になるように働こう。
焚火が燃える中、私は一人で見張りを続けた。
◇
かくん、と頭が傾いてその衝撃で意識がはっきりした。いけない、うたた寝をしてしまった。
頭をブンブンと振って眠気を飛ばすと、マジックバッグの中から時計を取り出す。時間を見てみると約束の五分を過ぎているところだった。
交代の時間だ、私は立ち上がり背伸びをすると小屋の中に静かに入っていく。小屋の中は静かになっていて、歩くと床が軋む音がはっきりと聞こえてくる。
その中をできるだけ静かに歩き、ロザリーさんを探す。だんだんと暗闇に目が慣れて、ロザリーさんの姿を見つけることができた。
静かに近寄っていき、その場にしゃがむと肩を優しく揺する。
「ロザリーさん、交代の時間ですよ」
声を掛けてしばらく揺すっているとロザリーさんが身じろぎをした。待っていると、ゆっくりと体を起こしてこちらを向く。
「リルちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。見張り、よろしくお願いします」
「うん、分かったわ」
目を擦りながら、まだ眠そうにしているロザリーさん。私はそっと離れると、自分の寝床に戻っていった。横になると、ロザリーさんが立ち上がりゆっくりとした足取りで小屋を出ていく。
朝まであと二時間、もうちょっと寝かせてもらおう。
◇
ふと、意識が戻ると小屋の中で色んな物音が聞こえてきた。目をゆっくりと開けてみると、窓の隙間から光が差し込んできているのが見える、朝だ。
ゆっくりと体を起こして、目を擦る。改めて小屋の中を見渡すと、他の冒険者たちが次々と起きている状況だった。どうやら、朝になったらしい。
ブーツを履いて立ち上がると、毛布と敷き布を綺麗に折りたたんでマジックバッグの中に入れる。それから自分の持ち物を持って、小屋から出ていった。
小屋から出ると、眩しい朝日が照りつけてきた。大きく息を吸い込むと、朝のすがすがしい空気が体に入り込んでくる。昨日の疲れは殆ど残っていないみたいで、今日も元気に仕事ができそうだ。
誰もいない小屋の脇に移動すると、マジックバッグから水の入った小さな樽を出す。その樽から片手に水を注ぎ入れ、顔を洗っていく。
「ぷはぁ。あ、タオルは……」
いけない、タオルを出し忘れてしまった。マジックバッグの中に手を突っ込み、タオルを探すと見つけた。タオルを取り出して顔を拭くと、しゃきんとなった気がする。
出したものをしまい焚火のある場所に行くと、ロザリーさんとウルマさんが長椅子に座って朝食を食べているところだった。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「おはよう、リルちゃん。あの後、よく眠れた?」
「はい、しっかりと眠れましたよ」
朝の挨拶をして自分も長椅子に座る。
「朝もスープを食べるのか?」
「はい、朝食と夕食はスープとパンですね。でも、朝と夕ではスープが違うんですよ」
「それはいいな、飽きない工夫もしているんだな」
穏やかな朝の穏やかな会話は心に沁みる、こういう朝はヒルデさんと冒険していた以来だ。マジックバッグから鍋と小鍋を取り出すと、鍋から小鍋に食べる分だけのスープを移していく。
移し終えると焚火の傍に小鍋を置いて、スープを温めていく。その間にスプーンとパンを用意して、黙ってスープが温かくなるのを待った。
「うーん、いい香りね。なんだか私もスープが食べたくなっちゃったわ。今度は私もスープに変えてみようかしら」
「いいですね。色んな店があって色んな味があって、好みのものを探すのも楽しかったですよ」
「それはいいわね。自分好みの味を探す、か……ショッピングみたいで楽しいかも」
スープの匂いに釣られたロザリーさんは真剣にスープのことを考え出した。うん、スープはオススメだね、お腹に優しいのにいっぱいになるから私は好きだな。
しばらくスープを温めていると、スープから湯気が立ち始めた。そろそろいいみたい、小鍋を焚火から下ろす。それからスプーンで食べようとした時、小屋の扉が開いた。
中からニックさんたちや、ボブさんたちが現れた。
「ファ~、おはよう」
「おはよう」
朝の挨拶をすると、ニックさんたちはマジックバッグから食糧を取り出して食べ始めた。どうやら朝は作り置きのサンドイッチを食べるみたい。
こうして全員が揃うと、その場は段々と賑やかになっていく。
「結局、魔物なんて現れなかったじゃんかー。見張り損だぜ」
「協力してくれて助かったよ、ありがとう」
「夜中に起きるの大変だったんだからね、今日の見張りはなしにしようよ」
「でも、見張りがいるからみんなも安心して寝れるでしょ?」
「そんな繊細な奴がいるとは思えねーよ」
ニックたちは魔物が現れなかったと愚痴を言い、ウルマさんたちは苦笑いでその受け答えをしている。でも昨日のような不穏な空気はなくて愚痴の言い合いなのに場は和んでいた。
軽い感じのニックさんたちのお陰なのか、それとも大人の対応を見せるウルマさんたちのお陰なのか、どっちなんだろう。昨日のことを引きずらなくて本当に良かったよ。
ボブさんと顔を見合わせて、お互いに笑って見せた。とりあえず、今日も普通にいけそうです。




