210.商家の護衛(3)
移動を開始した日はひたすら平原を進む日になった。進んでいくと道に魔物がいる時が度々あったので、その度に戦闘を挟んで魔物を討伐していく。この日は四回も戦闘を挟んだ、これが多いのか少ないのかは分からない。
そうやって魔物のいる平原を進んでいくと夕方頃、平原にぽつんと小さな小屋が建っていた。なんだろう、と思っているとボブさんが疑問に答えてくれる。
「あれが休憩地点さ。色んな商人が通る道にはこういった休憩地点が設けられているんだ。今回は誰もいないみたいだから、自由に使えそうだ」
「そうなんですね。こういう場所があると助かります」
なるほど、色んな商人が渡ってくるんだからそういう場所が作られたって可笑しくはない。こういう場所があったほうが安全に休めるからいいね。
馬車はその小屋の隣に止まる、ようやく一息がつけそうだ。するとウルマさんが声をかけてきた。
「それじゃあ、暗くなる前にあそこで食事にしよう」
「はい」
ウルマさんが指さした先には焚火ができるような石で囲まれた場所があった。その焚火を囲うように長椅子も置かれていて、ここで食べてくださいと言っているようなものだ。
「俺は馬の世話があるから、先に食べててくれ」
ボブさんが馬の世話を始めると、私たちは長椅子に座っていた。座ったとたんに声を上げたのはニックさんだ。
「ひゃー、沢山歩いたから疲れたな。久しぶりだぜ、こんなに歩いたのは」
「そうよね、久しぶりの護衛依頼だから体が鈍っちゃっていたみたいね」
「早速、食事を食べようぜ」
アルマさんとルイードさんも疲れたように声を出した。その間にウルマさんが焚火跡が残る場所に木を重ねて、火を点けて焚火にする。
「よし、これでいいぞ。焚火は好きに使ってくれ」
「おう、助かるぜ。早速燻製肉とチーズでも焼こうぜ」
三人はマジックバッグの中から食糧を取り出すと、鉄串に肉やチーズを刺してあぶり始めた。ウルマさんたちもマジックバッグの中から同じように肉や野菜を取り出して、串に刺してあぶり始める。
なるほど、他の冒険者たちはそうやって食事をしていたんだね。私は鍋に入った肉野菜スープにパンだ、スープはまだ温かいのでそのまま器に盛る。
「あら、リルちゃんはスープを持ってきているのね」
食べようとしていると、ロザリーさんが話しかけてきた。
「はい、大体冒険に出る時はスープとパンを持ってきています」
「冒険者によって持ってくるものが違うから面白いわよね。以前、皿に料理が乗ったままマジックバッグから取り出した人がいてビックリしちゃったわ」
皿に料理が乗ったままマジックバッグに入れておいていたんだ、そんな人もいるんだね。
「そんな人がいたんですね。食器が嵩張りそうですが」
「そうなのよね、でもその人は全然気にしてないみたいだったのよ。一回の食事で皿が四皿も出た時は吹き出して笑っちゃったわ」
「へぇ、そんなに面白い冒険者もいるんですね」
ちょっと見てみたい気もする。すると、ニックたちも話に入ってきた。
「そんな奴もいるんだな、見てみたい気もするが一緒にはなりたくねぇな」
「そこまで気にする人は嫌よね。元貴族の人だったら、まぁそういう変わり者だって分かるけど」
「冒険者だったら、こういう食事に慣れないとやっていけねぇのによ」
ロザリーさんが一緒になった冒険者は相当変わり者だったらしい。三人ともいい顔をしないのは、面倒ごとが嫌なだけみたいだ。
「だが、そういう人に限って戦闘では強かったりすんだ。確かに変わり者だったが、腕は確かな冒険者だったぞ」
ウルマさんがそんなことを言った。
「ちょっと信じられませんね。どんな人なのか気になってしまいます」
「言葉通り、変な人だったよ。でも、冒険中は頼りになっていたかな」
想像するのが難しい人だな。うーん、と考えていると馬の世話を終えたボブさんが戻ってきた。
「お、早速焼いているな。俺も焼かせてくれ」
そういったボブさんもマジックバッグの中から鉄串、肉、野菜を取り出して串刺しにすると焼き始めた。スープを選択した私はちょっとした疎外感で寂しくなる。
集落にいた頃からずっとスープを食べていたから、スープを食べるのが当たり前に思っているんだよね。というかスープがないと落ち着かなくなってしまっているかも、これは改善したほうがいいんだろうか?
「食事っていったらスープばかり食べていたので、みなさんのように串焼きを食べたほうがいいんでしょうか?」
「そういうこともないわよ。スープを持ち込んでくる人たちもいるし、好きにしたらいいわ」
「串焼きはお手軽に食べれるからな、冒険者の間では重宝されているだけだ。それに串焼きだと酒も飲めるからな」
そうか、お酒もあるんだった。お酒を楽しむんだったら、スープじゃなくて串焼きのほうが良さそうだ。
「一杯や二杯くらいなら飲むヤツもいるぜ。中には瓶を丸ごと空ける奴もいるしな」
「酒盛りしているパーティーだっているくらいだしね」
「そうそう。そういうのに限って酒が強くてな、翌日の魔物討伐も難なくこなせる奴らもいるんだ」
凄い、お酒を飲んだ次の日も普通に討伐ができるなんて、体の作りはどうなっているんだろう。やっぱり、冒険者って柔じゃいけないんだな。お酒を飲んでいる状態でも戦えるようになるのがいいのかな。
「でも、だからと言って任務中や魔物討伐中に酒を飲むのはいけない」
あ、やっぱりそういう時は飲まないほうがいいんだ。そうだよね、アルコールで手元がおぼつかなくなったら命取りだもんね。
「でも、中には酒を飲みながら戦っている奴もいたんだぜ。かたときも酒を手放していなかったから、あれは病気だな」
「そういうのと組むのはごめんだわ。今回一緒になった人たちがまともで良かったわ」
「そうだな。頼りになる奴らばかりで、楽させてもらってまーす」
ニックたち三人は話しながら強く頷いた。
「こちらこそ、一緒に組めて助かっている」
「この調子で任務を終えたいわね」
ウルマさんとロザリーさんも話を聞いてにこやかに頷いた。わ、私も遅れないようにしないと。
「私もです。こんなに頼りになる冒険者と任務ができて本当に良かったです」
「リルは小さいから不安だったけど、戦闘を見た感じ頼れる奴で本当に良かった」
「小さいけど立派な冒険者ね」
「あ、ありがとうございます」
ルイードさんとロザリーさんが嬉しいことを言ってくれて照れてしまった。そう思ってくれて本当に良かったな、少しでも力になれるように任務が終わるまで頑張ろう。
ふふっ、この調子で護衛が続けばいいな。
◇
「夜の番は必要だ」
「いやいや、必要ないって」
先ほどの穏やかな空気が一変した。ウルマさんとニックさんがお互いを睨み合いながら、夜の番が必要か必要じゃないか言い争っている。
「平原にぽつんと佇む小屋だ、夜に起きてきた魔物が襲ってくるかもしれない」
「いーや、夜は魔物だって寝ている。そんな時にわざわざ襲ってくる魔物なんていねーよ」
「しかし、万が一ということもある。夜に魔物が起きてくる可能性は捨てきれない」
「そんな可能性は低すぎて、もう可能性がゼロになっているっつーの! 夜の番は必要なーし!」
ウルマさんのパーティーは夜の番が必要だと訴え、ニックさんのパーティーは夜の番が必要なしという訴えをして話は平行線のままだ。本当に先ほどの穏やかな空気はどこにいちゃったんだろう。
「話がまとまらないな。ここは雇用主のボブさんに決めてもらうのが筋だろう」
「おうよも、いいぜ。ボブさん、夜の番は必要ないっすよね!?」
「いいや、安全を考慮して夜の番は必要だろう?」
「う、うーん」
ウルマさんとニックさんの話を受けてボブさんは腕組をしながら考えた。考えること数分、目を閉じていたボブさんは目を開いて腕組を解く。
「夜の番をお願いしたい」
ボブさんの話を受けて、ウルマさんはホッと安心したような顔をして、ニックさんは不機嫌そうに舌打ちをした。空気が一段と悪くなって居心地も悪くなる、これからどうなっちゃうんだろう。




