207.魔力補充と魔法充填(6)
「えっ、もう辞めるのか?」
「はい」
魔力補充所で働き始めて三か月、私は辞める決心がついた。本当ならずっと働いてもいいような職場なんだけど、他の仕事をやりたいし、領主さまのクエストもやりたい、知り合いも増やしたい。
色んな考えがあって、居心地のいい場所を離れる決心がついた。私の話を聞いて周りに人が集まってくる。
「リルちゃんが辞めるって本当? もう少しいてもいいんじゃない?」
「そうだよ、ようやく慣れて作業が楽になってきたのに、勿体ないよ」
「リルがいなくなったら寂しくなるな」
みんなが別れを惜しんでくれた。それが嬉しくて胸の奥が温かくなる。でも、もう決めたことだ、それにこれが最後のお別れじゃない。
「今は辞めますが、また働きにきますよ。他にもやりたいことがあるから、ちょっとそっちに行くだけです」
「そうなんだ、てっきりお別れだと思ったよ。また働きに来てくれるのなら安心だ」
「早く戻ってきてくれよ、いつでもリルの席は空けておくからさ」
戻ることを伝えたらみんな安堵の表情をしてくれた。でも、まだ表情が曇っている人もいる。
「でも、リルちゃん一人が抜ける穴は大きいわ。かなり頑張って魔法充填をしてくれたから、仕事が楽になったのよね」
「魔法を鍛えるためっていう目的があったから、お願いしていた訳だしな。リルがいないとなると、魔法充填が大変になりそうだ」
「前よりは疲労は軽減される方法ができたけど、明らかに量が増えるからな」
魔力量がBある私が抜ける穴は大きいそうだ。全体的に見たら一人分の量だと思うけど、その一人分を消化するのも大変だ。
「新しい人が入ってきたらいいですね」
「募集は常にしているはずだから、そういう人がいたらすぐにくると思うんだけどねぇ」
「魔力がある人は冒険者になりがちだから、諦めるしかない」
そう、町の中に残った魔力をそれなりに持っている人は少ない。魔力をそれなりに持っている人は大体は冒険者になってしまうので、みんな外に行ってしまう。
その冒険者が臨時でもいいので働いてくれれば魔力補充所としても助かる。うーん、魔力のある冒険者をどうにかして魔力補充所で働いてもらうにはどうしたらいいだろう?
みんなで唸りながら考えてみる。この場所に何か惹かれるものがあればきっと冒険者が来てくれると思う。惹かれるもの……私が惹かれたのはそこに魔法があったからだ。
……魔法、それだ!
◇
私は責任者のところへやってきた。近日中に辞めることと人を集める案を伝えるためだ。
「そうか、リル君はもう辞めてしまうのか。それでも、また来てくれるというのは心強い。またいつでも戻ってきなさい」
「はい、それと今後についてお話があります」
「今後というのは、どういった話だろうか?」
「冒険者をここで働かせる案です」
「なにっ、詳しく話を聞こうか」
私が話すと責任者は興味津々とばかりに身を乗り出してきた。
「まず、私のことを話さなければなりません。私がここで働こうと決めたのは、ここで魔法が使われていると聞いたからです。いつも終業後にある魔法の会のことを知ったからですね」
「ふむ、自由に魔法を使うことが目的だったのか?」
「いえ、私の目的は自分の魔法を鍛えるため、または新しい魔法を会得するためでした」
「ほう……」
私の話に責任者は初耳だ、と言わんばかりに驚いた顔をした。
「実際に働いてみて、ここは魔法を鍛えるのにはうってつけの場所だと感じました。魔力を増幅させる魔力補充、魔法の威力を高める魔法充填、魔力操作を学べる魔法の会。その三つがあったから、私の魔法は比べようもないほど上達しました」
「なるほど、そんな効果があったとは今まで気づかなかった」
「これらは普通に冒険に出るよりも多くの経験を積めます。その経験は冒険者にとってとても重要なことで、経験の差で活躍の場にも影響が出てきます」
普通に冒険に出ていれば普通の経験値しか稼げない。だけど、この場所でひたすら魔法を発動させる経験を積めば魔法は早く上達する。魔力回復ポーションを使っているからなおさら経験値は多く入ってくるだろう。
「魔法による経験が安全に積める場所だと感じました。この利点を知ってもらえば、冒険者も臨時で働いてくれるようになります。そして、冒険者の中でも初心者や魔法が伸び悩んでいる人向けに求人を募集すればいいと思います」
安全な場所で魔法だけを使える状況はとても貴重だ、しかも魔力回復ポーションまで使える。戦闘の経験を積めないのがネックだけど、それでも魔法だけを集中して鍛えられる場所はここしかない。
そこまでを話すと責任者は難しい顔をしながら口を開く。
「なるほど、分かった。つまりは、冒険者の初心者や魔法が伸び悩んでいる人を呼び寄せて、ここに永久就職をさせる作戦か!」
「いえ……永久就職ではなくて、臨時の職員として」
「いやいや、これは盲点だった! 初心な冒険者にも魔法が伸び悩んでいる冒険者もつけ入る隙はある。そこを言葉巧みに言い含めれば、従業員も増えていく!」
ちょっと責任者の考えは偏った方向にいってしまった。
「いい話をありがとう、リル君。この話を元にして求人をしてみる」
「えっと……はい」
「残り数日だがしっかりと働いてくれ、頼んだぞ」
だ、大丈夫かな? まぁ、でも悪いようにはしないからあまり心配しなくてもいいかな? まぁ、これで人員不足を補って、従業員の仕事が楽になればいいな。
◇
私がいなくなった後の憂いも解消した。これで臨時で働く冒険者も増えてくれるだろう。もしかしたら、その中から本当に永久就職みたいな人も現れるかもしれないね。
そして、最終日がきた。いつも通りに魔法充填をしたり、従業員と話をしたりして一日を過ごした。あっという間に、終業の鐘がなり部屋の中が騒がしくなる。
「じゃあ、最後に魔法でもぶっ放してスッキリするか」
「はい!」
ディックさんに連れられて外にある庭までやってきた。他の従業員に混じり、魔法の会が始まる。今日の魔法の壁役の人が壁を作りだす。
「今日でしばらくお別れなんだ、始めにリルが先に魔法を放てよ」
「そうそう。ドカン、と一発お見舞いしてやって!」
「始めは弱い魔法だったけど、リルの魔法も強くなったなー」
みんなに背中を押されて一人で魔法の壁と向かい合った。後ろで応援する声を聞きながら、やる気を漲らせる。
「それじゃあ、いきます」
両手を前にかざして魔力を高めていく。魔力を手に集中させると、魔力を魔法に変換する。右手は火、左手は風だ。
魔法を一気に放つと、風は竜巻になり鋭い風を巻き起こしていく。そこに大量の火が組み込まれて、竜巻は火を吸収して火災旋風となって魔法の壁に突撃していった。
魔法の壁と押し合いになりながら火災旋風は熱風を巻き起こし続ける。中々消えない火災旋風は危ない、ここでもう一つの魔法をぶつけよう。
もう一度魔力を高めて右手に水、左手に風の魔法を発現させる。もう一本できた竜巻は大量の水を巻き込み、渦潮になって火災旋風に向かっていった。
二つの竜巻はぶつかり合い、大量の蒸気を発しながら次第にその威力を弱めていく。時間が経つと二つの竜巻は弱まっていき、消えていった。
途端に従業員が拍手をする。
「おめでとう! ここまで魔法が強くなって本当に良かったよ」
「俺たちの教え方が上手かったお陰だよな!」
「違うわよ、リルちゃんが頑張ったからでしょ。でも、本当に魔法が強くなって良かったわね」
わっとなってみんなが褒めてくれた。近寄ってきたみんなは思い思いに頭を撫でてくるのでもみくちゃになる。
「み、みなさんのおかげです。本当にありがとうございました」
改めてお礼をいう。仕事も魔法も頑張れたのは、優しく時に厳しく教えてくれた従業員みんなのおかげだ。心からの感謝を伝えたい。
すると、みんなの顔が照れくさそうに変わった。
「ふふっ、お礼を言われるのも悪くはないわね」
「まだ魔力は残っているんだろ? 次はみんなで魔法を放とうぜ!」
「最後まで楽しんでいってよ」
「はい!」
みんなに囲まれながら魔法の壁と向かい合う。楽しい魔法の時間の始まりだ。ありがとう!




