206.魔力補充と魔法充填(5)
今日の終業の鐘が鳴ると魔法の会が始まる。みんなで広い庭に出ると、魔法の壁を作り出してそこに思い思いの魔法をぶつけて仕事の鬱憤を晴らす。
だけど、私はベンチに座ってディックさんに氷魔法を教えてもらっている。
「氷魔法は冷却する力を持つ魔法だ。俺たちみたいな魔法充填の仕事をしている奴らは冷却する力を重点的に鍛えている。だけど、氷と言われている魔法だから、氷も作ることができる」
氷魔法というよりは冷却魔法と言ってもいいのかもしれないね。この魔法が魔石に充填されて利用されるのは、冷却が必要な部分が日常的にあるからだよね。多分この世界にも冷蔵庫みたいなものがあるんだと思う。
「例えばこんな風に氷を出すことができる」
ディックさんが手のひらを上に向けて魔力を高めた。しばらくすると冷気みたいなものを感じ、手のひらの上に氷が形成されていく。
「これが氷魔法だ。まずは魔力を冷気に変換してから、氷を作っていくイメージだな。やってみるか?」
「はい」
私も同じように手のひらを上にして、魔力を高めていく。高めた魔力を手のひらに集中させて、魔力が冷気になるように変換していく。冷たくなれ、冷たくなれ。
「まだ変化がないようだな。まぁ、氷魔法は難しい魔法だからな、冷たい感覚を理解しないと発現は難しいと思うぞ」
「頑張ってみます」
前世で食べたアイスを思い出して、手のひらに意識を集中させる。あの冷たくてひんやりした触感を空気になるように、魔力を変換する。冷たくなれ、冷たくなれ。
「おっ、ちょっと涼しくなってきたぞ。もっと冷たくできるか?」
どうやら魔力が冷気に変換され始めたみたいだ。この調子で魔力を冷気に変えていこう。
「いい感じに変換できているぞ。その調子でガンガン冷たくしていけ」
私も手のひらから出てくる冷気を感じ始めた。氷にするのは無理だけど、このまま冷気を出し続けることができそう。続けて意識を集中させて魔力を冷気に変換していった。
始めはただの涼しい空気だったけど、続けていくうちにそれは冷気となる。小さな冷気はだんだんと広がっていくように増えていき、手のひらから零れ落ちそうになるくらいの冷気が溜まった。
そのまま集中していくと、手のひらから冷気が零れ落ちる。もくもくとした冷気が溢れだしていき、私は氷魔法の発現に成功した。
「氷魔法もできてしまうなんてな、今日はできないと思っていたぜ。もしかしたら、リルには魔法の才があるのかもな」
「そうですか? 今まで一人で魔法を鍛えていたので、あまり上達しなかったんですよね。でも、ディックさんに教えてもらえたお陰でかなり進歩しました」
「そうなのか? なんだか照れくさいな」
一人だと威力を少し強める程度の強化しかできなかった。だけど、誰かに教えてもらうことで違う視点からの意見が貰えて、それが自分の力になっている感じだ。やっぱり、誰かの意見は重要だ。
ディックさんは照れくさそうにしているけど、ここまですぐに魔法が使えるようになったのはつきっきりで教えてくれたおかげだ。その期待に応えるためにも、仕事を頑張らないとね。
「そろそろ魔法の会もおしまいだな。あとは魔法充填の仕事をしつつ、魔法を鍛えていけばいい。いやになっても魔法を使っていける場所だからな」
「二つの魔法を習得できたのもディックさんのお陰です、ありがとうございました」
「おう、これからもよろしくな。それじゃあ、みんなが帰り始めているし俺たちも帰るか」
「はい!」
今日一日で氷魔法の入口には入れたと思う。これからの魔法充填の仕事でどれだけ魔法を鍛えられるかだね。どれだけ強くなれるかは分からないけど、できることはできるだけやっていこう。
◇
それから私は魔法充填の仕事をする毎日を過ごした。魔力補充の仕事よりも魔法充填の仕事のほうが負荷が強く、正直職場の人は好きじゃない仕事だったらしい。
そんなところに私が魔法充填の仕事ばかり請け負ったから、周りの人が心配をしてくれて魔力補充のほうがいいよ、と何度も声をかけてもらった。だけど、私が鍛えたいのは魔法なので理由を話して納得してもらった。
一日中魔法充填をするのは本当に疲れる。仕事中はずっと魔法を使っていることになっているから、魔法を使うことで発生している疲労が蓄積されていっている。
魔力補充はそのままの魔力を流すだけの仕事だけど、魔法充填は魔力を魔法に変換する作業があるので、その時に負荷が体に生じてそれが疲労となっている。
戦闘で魔法を使うよりは楽に魔法を扱えているから、戦闘よりも疲労は少ないと思う。だけど魔力が尽きるまで半永続的に使っているから、じんわりと増える負荷による疲労が強くて気が滅入ってくる。
しかも、魔力回復ポーションを二つは飲まないといけないので、その疲労はかなり溜まることになる。終業時になると精神的にへろへろになっていて疲労困憊だ。
その後の魔法の会で放つ魔法はとても気持ちが良かった。疲労が蓄積されているのに、なんだか爽快感があった。魔法を放って鬱憤を晴らすみんなの気持ちが分かって、一つになった感覚を覚える。
魔法の会では魔法操作を鍛えた。でも自己流じゃ限界が見えていたので、他の人に教わりながら色んな魔法の形を見出していく。
人によって得意な魔法の形状というものがあって、同じ魔法なのに違う魔法に見えるくらいに形状が違っていた。全部の魔法を球体にして放つ人もいれば、槍の形をとって放つ人もいる。本当に見ていて面白かった。
だから、色んな人に話しかけて魔法の形状のやり方を教えてもらった。みんな快く引き受けてくれて、楽しく魔法を扱うことができた。その内、他の人から話しかけられて自分の魔法も教わらないか、と現れる人も出始める。
自分が扱っている魔法が好きなんだな、好きだからこそ知ってもらいたい、という気持ちが伝わってきた。もちろん、断ることなんてせずに吸収できるものは吸収していった。
そんな中でどんどん職場に馴染んでいくと、魔法のことでみんなと意見交換をする場面も増えてきた。魔力から魔法へ変換する時のやり方から魔法の発現の仕方まで様々なことを話し合った。
普段魔法を扱っているからなのか、みんなかなり深い話をしていて、まだ日の浅い私は聞いて理解することしかできない。大変な職場だけど、向上心を持って仕事をしている様子が見れて私のやる気にも繋がった。
少しでも仕事が楽になるように、体に溜まる疲労が少なくなるように、それぞれが努力をしていた。私も微力ながらみんなの輪に入り意見交換をする、あまり力になれなかったのは悔しかったかな。
その話し合いのお陰で魔力から魔法へ変換する時間が短くなったり、魔力の出し方を新たに研究したら疲労が少しは減ったり、様々な効果が現れた。もちろん、その話は職場のみんなに話して共有していく。
お陰で私も魔法の扱いが上手くなって、以前と比べようがないくらいに魔法の扱いが上手くなった。これもみんなと一緒に頑張ったからだ、大変だったけどそれなりに楽しくできたのは良かったかな。
従業員のみんなとそんな風に働き始めて、三か月が経った。私は十三歳になった。




