205.魔力補充と魔法充填(4)
翌日、職場に行くと明るい挨拶が飛び交っていた。私もその挨拶に混ざって、ちょっとだけ会話をする。
「今日から魔法充填をさせてもらうことになりました。でも、初めてだから不安で」
「あら、そうなの? 始めは誰だって上手くいかないから気にしなくてもいいんだよ」
「そうそう、魔力補充と魔法充填は似ているようで別物な仕事だからね。焦らずに慣れるまで、じっくりやったほうがいいよ」
お姉さん方に励まされながらやる気を漲らせていく。仕事には変わりないんだから、しっかりとこなせるようにならないとね。
昨日の席に座ると、ディックさんが話しかけてくれる。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日から魔法充填の仕事だな。俺がしっかりと教えてやるから、安心してくれよ」
「ありがとうございます」
私もしっかりと学ばないとね。そのままディックさんと軽く会話をしていると、始業の鐘が鳴った。従業員が隣の部屋に行って次々と箱を持ってきては自分の席に戻っていく。
その波が落ち着いてきた頃にディックさんと私は隣の部屋に移動をした。
「初めての魔法充填になるから、小さめの魔石から始めようか。これなんか丁度いいと思う」
机に近寄って品定めをしたディックさんから一つの箱が手渡された。小さな魔石が十個入った箱だ。
「火魔法の魔法を充填する魔石だ。昨日の魔法を見て、一番得意なものだと思ったからこれにした」
「そうですね、一番火魔法が得意だと思います」
「まずは慣れることが重要だからな、得意な魔法からやっていこう」
色々と考えてくれるのはありがたいね、その期待に応えるためにも頑張らないとね。元の部屋に戻り自分の席につくと、ディックさんがイスをこちらに近づけてきた。
そして、箱の中に入った魔石を一つ取り出して、人差指を立てた。
「まず普通に魔法を発動させる」
指先から小さな火が灯った。
「普通なら魔法はこうやって発動する。だけど、この魔法充填用の魔石に触れて魔法を発動させると」
指先が少し光ると、魔石も淡く光った。
「この状態になると、魔法が魔石の中に充填されていっている証拠だ。もし、魔石の中が魔法で一杯になると反発を受けるからそれで分かると思う。一度やってみな」
魔石を手渡されると、いよいよ魔法充填だ。片手で魔石を掴み、もう片手で人差指を立てると魔石にくっつかせる。魔力を高め、指先に集中させると、火魔法を発動させた。
すると、指先が少し光り魔石が淡く光る。
「これで大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫そうだ。そのまま魔石に魔法を充填させて」
「はい」
意識を集中させて魔石に魔法を充填させる。魔石の中は空同然なので魔法を発動させるとどんどん吸収していく。
「そろそろ感覚も掴めてきたか?」
「なんとなくですが、大丈夫そうです」
「なら、今度は少し強めに魔法を発動させて」
言われた通りに魔法を強めに発動させる。手からは魔力が押し出されて魔法に変換される感覚があるのに、魔法の姿はない。いつもとは違う触感と視覚の差に少しの違和感を感じながら魔法を充填していく。
「うん、いいな。魔法が外に溢れる様子もないし、このままの調子で充填していってくれ。意識を集中させるんだ」
「はい」
強めの魔法を発動させながら、魔石に魔法を充填していく。しばらくその作業を続けていくと、突然反発が起こり、慌てて魔法の発動を止めた。
「反発があったので魔法を止めてみました」
「どれ、貸してみな」
魔石に手渡すと、ディックさんが魔石を確認した。
「……大丈夫そうだ、魔石にしっかりと魔法が充填されている」
「良かったです」
「一通りみたけど、魔法充填も問題なくやれそうだな。とりあえず、火、水、風の三種類の魔石に充填を頼む」
「分かりました」
「もし、何かあったら声かけてくれよ」
「はい、ありがとうございました」
ディックさんはイスを自分の席に戻し仕事に戻っていった。私は自分の席に向くと、箱の中に残された魔石を見る。小さな魔石だけど、この一つにかかった時間は十分くらいだった。思ったよりも短い時間でいけたけど、これが大きくなると大変になりそうだ。
だったら始めは小さな魔石で魔法充填をさせてもらおう。せめて、今日だけは小さな魔石に入れさせてもらって、感覚に慣れてきたら中型以上の魔石に魔法充填をしよう。
よし、やるぞ。気合を入れ直して、魔石と向かい合う、魔法充填が始まった。
◇
ガラン ガラン
昼休みの鐘が鳴った。途端に部屋の中から色んな声が聞こえてきて騒がしくなる。
「よお、リル。調子は良さそうだったな」
ディックさんが話しかけてくれた。午前中は魔法充填に慣れることを優先にしていたけど、大分スムーズに進んだと思う。
「はい、とりあえず慣れるまでは簡単な小型の魔石をしていました」
「あぁ、なるほどな。それで速かったわけだ。全然それでいいと思うし、できるところから始めるのはいいぞ」
今日だけは小型をやらせてもらって、明日以降から中型以上の魔石の魔法充填をさせてもらおう。ディックさんも簡単な魔石だけやっていると話を聞いても嫌な顔しなかったし、このまま進めていこう。
「魔法充填といえば、慣れればもっと効率良くなるぞ」
「何か特別なやり方があるんですか?」
「両手に魔石を持って同時に魔法補充をするんだ」
そっか、両手で持てば同時に二つの魔石の魔法補充をすることができるよね。同時に二つの魔石ができるから、単純計算で二倍の速度でできる。ん、待てよ。
「それだと、両手で同時に魔法を発動できることになりますよね」
「同時に魔法が発動できるようになると、冒険者のリルも助かるんじゃないのか?」
私のために言ってくれていたんだ、嬉しい。そうだよね、両手で魔法を発動することができるようになれば、それだけ戦闘は有利に働いていく。戦闘のやり方の幅が広がって、どんどん魔物討伐ができそうだ。
「この方法に慣れているやつは、魔法の会で両手で魔法をぶっぱなしているぞ」
「その人たちが両手で魔法を発動できるようになった理由が、両手で魔石に魔法充填をしているからですか」
「そうそう。もし余裕ができたら試してみるのもいいんじゃないか。まぁ、その分疲労は蓄積されるから無理しない程度にだがな」
確かに負荷が沢山かかって疲労の蓄積が酷そうだ。でも、やってみる価値はあると思う。剣で攻撃できない相手と出会った時にきっとこの魔法が役に立つと思う。
今はまだできないかもしれないけれど、これから数をこなして魔法充填に慣れてくればできるようになるよね。両手で魔法か……連続で使用することだってできるよね。そしたら、やりたいこといっぱいだなぁ。
「そうだ、そのやり方の応用もあるぞ」
「応用ですか、知りたいです!」
「両手で魔法充填をするのは変わりないんだが、属性が違う魔法を同時に発動させることだってできる」
違う魔法の同時発動!? そんな難しいことができるようになるの、この魔法充填っていう仕事で!
「同時に違う魔法を発動させれるってカッコいいだろ?」
「はい、カッコいいです!」
「俺らは魔法を使う機会が魔法充填と魔法の会だけだから、実際に使う場面があるリルだったらこの技を取得すれば冒険の役に立つんじゃないかなって思ってな」
同時に違う魔法が使えるようになったら、戦闘はどう変わっていくんだろう。今までよりももっとスマートに敵を倒せるようになるのかな? それとも強い魔物を倒せるようになるのかな?
は、でも二種類の魔法が必要とされる場面なんてあるかな? 同時に使う魔法の相性だってあるし、もしかしたら相殺されてしまう可能性だってあるわけだし。
同時発動っていう言葉に惹かれるけど、想像するような効果がないかもしれない。使えるようになっても、結局は時と場合によっては使えない場面のほうが出てくるかもしれないな。
「どうしたんだ、そんなに考え込んで」
「いえ、同時発動の実用性について真剣に考えていました」
「実用性……冒険者って意外と夢がないんだな」
同時発動が実用性があるのなら、今後大きな助けになることは間違いない。うーん、これは考えることが多そうだ。




