203.魔力補充と魔法充填(2)
「久しぶりの魔力補充っていう話だから、一度目は俺が見てやるからな」
「はい、よろしくお願いします」
ディックさんは私の席の近くにイスを寄せてきた。自分の席のテーブルに箱を置き、中身を確認してみる。一枚の紙と三個の中型の魔石が中に入っていた。
「箱には必ず依頼書と魔石が入っている。もし中に入っていなかったら、隣の部屋にいる事務の人に聞いてみるといい。まぁ、そんなこと今まではなかったから安心してほしい」
どちらかが欠けているとどこの誰の依頼なのか分からなくなるからね、当然だろう。魔石だけ入っていても、誰に渡していいか分からなくなるしね、重大なミスはほとんどないと聞いて安心した。
「魔力補充の仕方なんだけど、やり方は人それぞれだ。でも、知っておいて欲しいことがある。急ぎすぎたあまりに魔力を急激に入れると、体に負担になる。だから、急激に魔力を補充するのはやめて欲しい。そうじゃないと一日体がもたない可能性がある」
「はい」
「それでも遅すぎてもダメだ。だから、無理のない速さを維持しながら魔力補充をしてほしい。やってみせてくれ」
箱の中から一つの魔石を取り出すと、両手でギュッと握った。一回大きく深呼吸をすると、意識を高めて集中していく。手に魔力を集めると、集まった魔力を魔石の中に入れていく。
なんとなく、前にやった時よりもスムーズに魔力が入っているような気がする。魔力操作が上手くなったのかな、きっと身体超化の訓練が魔力操作の訓練にもなったんだと思う。
無理がないように、遅すぎず速すぎず、丁度いい速度で魔力を補充していく。集中力は続いており、一度も注入する魔力が切れたことがない。
ずっと魔力を注入していくと、ある時から魔力を受け付けなくなった。これでこの魔石は魔力補充が完了したことになる。
「できました」
「お、早かったな。確認してみるな」
補充した魔石を手渡すと、ディックさんが魔石の確認をした。
「うん、十分に魔力が補充されているみたいだ」
「良かったです」
「思ったよりも早く補充し終えたと思うけど、体のほうは大丈夫か?」
「はい、負荷も何もありません」
「そうか、冒険者だから体のほうが丈夫なのかもな。全く、頼もしい限りだぜ」
魔石が大丈夫そうで安心した。以前と比べると格段に魔力補充がやりやすくなっている気がするし、負荷もほとんどない。今の私だったら、以前よりも多くの魔石に魔力を注入できそうだ。
すると、ディックさんが席から立ち上がり部屋の壁にある棚に近寄った。そこには見慣れたポーションが沢山置かれており、そこから二本のポーションを手に取って戻ってきた。
「ちなみに魔力が尽きたら魔力回復ポーションがあるから使ってくれ。ちなみに一日のノルマは二本だ」
こ、これは……急な依頼がきた時にしか使わなかった魔力回復ポーション。ここでは毎日のように使うことになるなんて、恐るべしコーバス。
それだけ仕事があるってことは喜ばなくちゃいけないんだけど、素直に喜べない。んー、以前に比べたら私自身も強くなっているし、そこまで強い疲労がでるわけじゃないよね。
ポーションを受け取り、机の端に並べた。
「一日のノルマはそれだけ守ってくれれば、あとは自由だ。時々休憩を挟むなり、自分で調整してくれよ」
「分かりました」
「それじゃあ、昼休みまでとりあえず頑張ろうぜ」
ディックさんは自分の机に戻ると、自分の仕事を開始した。ここから自分の仕事の時間になるね、頑張って魔石に魔力補充をやっておかないとね。
魔力回復ポーションのノルマは二本、午前中と午後とで一本ずつ飲むように魔力を補充していくのがいいと思う。午前中の仕事は開始して大分経つし、少し速めに魔力補充をしておかないとね。
よし、久々に魔力補充頑張りますか!
◇
魔力補充の作業は順調に続いた。久しぶりに魔力補充の仕事をしたけど、体がやり方を覚えていて少しやっただけで感覚が戻ってくる。午前中は周りの人よりも遅かったけど、午後になると同じ速さで魔力補充ができた。
身体超化の訓練をしていたお陰か、魔力の流れ方が速くなっていて驚く。魔力操作が上手くなったんだろう、思うように魔力が流れていくのが楽しかった。
魔力補充による体の疲労も以前よりは少なくなっているように感じる。以前なら体が重くなる量をこなしているのに、それほど重さは感じない。なんだか以前よりもやりやすくなっていて嬉しい。
お昼休憩にはお姉さん方に誘われて、一緒に外の飲食店に行って昼食を食べた。美味しいところを色々と知っているみたいで、これから毎日変わったところに連れて行ってくれるらしい、楽しみだ。
午後の魔力補充も休憩を挟みながらやっていた。ずっと集中して魔力補充をするのは苦痛だから、それなりに息抜きは必要だ。隣の席のディックさんとお話したり、体を動かしたりして自分なりに休憩をした。
そうやって魔力補充の仕事を続けていくと、鐘の音が鳴り響いた、終業の合図だ。今、魔力補充をしている魔石に急いで魔力を込めて終わらせる。終わった魔石を箱に戻して、完了済みの机の上に置いた。
「終わったー」
「はぁ、今日も疲れた」
「いたた、腰が痛い」
あちこちから声が聞こえ始めた。従業員が動き出して、今まで静かだった部屋のざわめきが大きくなる。私は元の席に戻ると、ディックさんも立ち上がった。
「今日一日お疲れさん。久しぶりの魔力補充はどうだった?」
「以前に比べて楽に魔力補充ができたように感じました。きっと魔法操作が以前よりも上手くなったお陰だと思います」
「そうか、なら良かった。リルが来てくれたお陰で、今日の補充は結構進んだぜ。明日以降もよろしくな」
「はい」
一人増えただけでも魔力補充はかなり進んだらしい、役に立ったなら良かったな。
「これからみんなで庭に行くんだが、リルも行くか?」
「庭ですか? 何をするんですか?」
「今日の鬱憤を吐き出しに行くんだよ」
今日の鬱憤? 意味が分からない、けど着いていってみよう。
「一緒に行きます」
「よし、なら移動するか」
みんなが部屋を出ていく後をついていく。階段を降りて正面玄関とは反対側にある扉を開いて外に出た。そこは広い庭になっているんだけど、地面がはげていて草は生えていない。
こんなところで一体何をするんだろう? 集まっている従業員を遠巻きに見ていると、三人の従業員が何もないところで手をかざした。
「じゃ、魔法の壁を作るな」
「今日は絶対に壊れない壁にしてあげるわ」
「そういっても毎回壊れているんだけどな」
魔法の壁? 黙ってみていると、透明で大きな壁が作られていく。こういう魔法もあるんだね……って魔法を使っている!?
「よし、ぶっぱなしてこい!」
一体何が始まるっていうの!? 黙って見ていると、他の従業員たちが手をかざして自身の魔力を高めていく。そして、魔法を放った。
「うりゃあぁっ!!」
「くらえっ!!」
「いっけーー!!」
魔法の壁に向かって、火魔法や水魔法など様々な魔法が放たれた。特大の魔法だったり、小さな魔法を連射したりとバリエーションは様々だ。
呆けながら見ていると、ディックさんが話しかけてきた。
「驚いたか?」
「えっと、これは何をやっているんですか?」
「これは残った魔力を使って、仕事の鬱憤を晴らしているんだ。ほら、ずっと座りっぱなしであんまり話すこともないだろ? そうやって仕事を続けていくと鬱憤が溜まって辛くなるんだよ」
ヒルデさんが言っていたことって、このことだよね。ということは、これは魔法の練習をしているんじゃなくて、仕事の鬱憤を晴らしに魔法を放っているってこと?
信じられない、そんな目で魔法を連射している従業員を見続けた。




