139.コーバスの冒険者ギルド
「ここが領主さまの家だよ」
連れてこられた場所はコーバスの中心地、高い壁に囲まれた森だった。
「この壁の中が領主さまの家なんだけど、森に囲まれて見えないんだよね。あ、でもお城の先端だけは見えるだろ?」
ぐるりと高い壁で囲まれた森に見えるけど、これが全て領主さまの家だとしたらとんでもない広さだ。ここに住んでいる方が離れた位置にあるホルトの難民のことを考えてくれた人なんだ、ありがたいよね。
「そうだ、もう少し行ったところに門があるからそれも見てみるか?」
「はい、お願いします」
「それじゃあ、付いて来て」
男の子が先に歩くと後をついていく。歩いている間、壁を見上げながら歩いているが高くて見上げる首が痛くなる。見上げながら歩くのが危ないので、視線を前に移すと鉄格子が見えてきた。
「あれが門だよ」
「すごく大きいですね」
近くまで来て見ると、門の大きさに驚いた。門も見上げるほど大きくて、重厚感のある門構えをしている。しかも、内側には門番もいて警備も厳重そうに見えた。その門番がこちらに気づいて話しかけてくる。
「何か用か?」
「この子が領主さまがいる場所を見たいっていうから連れてきた」
「中には入れないぞ」
厳つい表情を崩さずに警戒をする門番。子供が来たとしても警戒を怠らない門番を見て、仕事熱心だなっと思う。その時、もう一人の門番が声を上げる。
「おい、馬車がきたぞ」
「何。おい、お前たち下がっていろ」
門番は門の内側にある鍵を外すと門をゆっくりと開く。私たちは後ろに下がってその様子を見た。
「誰が通るんですか?」
「そんなことは言えないな」
領主さまだったらいいな、と思っていると馬車の音が聞こえてきた。門番は周りに気を配ったり、私たちを睨んだりして警戒を怠らない。私たちはワクワクしながら馬車が来るのを待っていると、その馬車は前を通り過ぎる。
騎馬した人が先に通り、次に馬車が目の前を通った。馬車の中はカーテンが引かれていて見ることはできなかった、中には誰が乗っているんだろう。馬車は何事もなくその場を走り去り、あっという間に居なくなってしまった。
乗っていたのは領主さまかな、そうだったらいいな。ホルトにいた時はただの憧れだったけど、自分の足でここまでこれて本当に良かった。難民として生きてこれたのは領主さまのお陰だから、少しずつ恩返しができたらいいな。
領主さまはそんなこと望んではないし、知らないかもしれないけど、これは私の気持ちの問題だ。領主さまの近くにいたら、その内何かの機会が巡ってくるかもしれないから、機会を見逃さずに恩返しができるようになったらいいな。
うん、コーバスまで来たんだから領主さまのためにしっかりと働こう。この町のためになることで働けば、少しずつでもいいから恩を返せるよね。どんなことができるか分からないけど、精一杯やっていこう。
ここにきて良かった、自分の気持ちを高めることができたし、何よりも領主さまに会えたのかもしれないから。それだけなのに、自分のやる気が満ちていくのが分かる。何か目標があるのっていいよね。
「じゃあ、案内は終わりだね。帰り道が分からなかったら送っていくけど、どうする?」
「ここまでの道は簡単だったから、大丈夫です。ちょっと自分でも歩いてみたいので」
「そう? じゃあ、俺は行くよ。仕事くれてありがとう!」
男の子はそう言い残すと、足早に去って行った。私も中心街まで戻ったら、昼食を食べて冒険者ギルドにいかないと。とうとう、コーバスの冒険者ギルドに行くんだ、ドキドキしてきた。
冒険者ギルドに行ったら、真っ先に領主さまのクエストがないか聞いてみよう!
◇
中心街で食べた昼食は美味しかった。ホルトとは比べようもないほどの豊富なメニューに目移りしてしまって、適当に選んでしまったけど。それでも料理は美味しかったし、満足した、1500ルタも取られちゃったけど。
お腹もいっぱいになったし、私は冒険者ギルドの扉の前までやってきた。とても大きな建物だから、初めて入るのが緊張する。深呼吸をしてから、私は冒険者ギルドの扉を開けた。
まず、目に飛び込んできたのは広いホール。その奥に連なる長いカウンターだ。ホルトよりも大きくて広くて、圧倒されてしまう。視線を右にずらすとホルトでは見かけなかった衝立のようなものがいくつも並んでいた。あそこはなんだろう?
その衝立の奥にはテーブルとイスが幾つも並べられていて、ホルトでみた待合席のようにも見える。ここはホルトと同じでホッとした、きっと飲み食いもできる場所なんだろう。
ゆっくりと中に入って行き周りを見てみると、冒険者は数えるほどしかいなかった。昼の時間帯が空くのはここでも同じなんだな、きっと朝と夕方以降に混みあうんだろう。
さて、まずはどうしよう。カウンターが空いているみたいだし、ここはギルドの人に色々と聞いてみた方が良さそうだ。初めての会話だ、ちょっとドキドキするな。
恐る恐る空いているカウンターに近寄ると、受付のお姉さんがこちらに気づいた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。お話伺いますよ」
笑顔で対応されて緊張が少し解れた。ゆっくりとカウンターに近づいていき、冒険者証を差し出す。
「あの、昨日ホルトからコーバスに着いたばかりの冒険者です。コーバスの冒険者ギルドについて色々と教えてくれませんか?」
「そうだったんですか、どうりで初めて見る方だとは思いました。では、簡単に冒険者ギルドについてお話ししますね」
お姉さんはそのままの笑顔で説明をしてくれる。
「まずクエストですが、クエストは朝にあちらにありますコルクボードに張り出されます。張り出されたクエスト用紙をこちらのカウンターに持ってきて頂ければ受領完了です」
たくさん並んでいた衝立はクエストボードだったらしい。ホルトの場合は受付とクエストボードの両方あったけど、コーバスの場合はクエストボードだけらしい。沢山冒険者がいれば受付で対応するのも大変だからそうしたんだろうな。
「ちなみに朝の何時位にクエストは張り出されますか?」
「冒険者ギルドが開くのが9時ですから、その時間帯にはすでに張り出されています」
なるほど、ギルドが開く前にクエストボードに張り出しているんだ。その後、ギルドが開いて冒険者が入ってくると、クエスト争奪戦になるみたい。こういうのは早い者勝ちだから、ギルドが開く前にスタンバっていたほうがいいかもしれない。
「朝以外にもクエストが張り出されることもありますので、ご確認ください。えっと、リル様の情報を見ますと求職者と冒険者の両方をやられているようですが?」
「求職者ってなんですか?」
「求職者は町の中で仕事をする人たちのことをいいます。町の外と中で区別したほうがいい、という意見がありましたのでコーバスでは求職者と冒険者の二通りの呼び方があります」
枠組みは冒険者だけど、ここでは呼び方が違ってくるんだ。まぁ、仕事には支障がないみたいだからそこは安心できるな。
その後も冒険者ギルドの施設の案内を受けた。ここにもホルトと同じく図書室みたいなところがあるらしい、今後の冒険に役立ちそうだから時間があったら行ってみよう。
「以上がコーバスの冒険者ギルドの案内です」
「教えてくれてありがとうございます」
「いえ、他に何か聞きたいことはありますか?」
聞きたい事、うんあるね。
「領主さまのクエストを受けたいんですけど、クエストって出されてますか?」
はっきりとした口調で伝えた。お姉さんが少し驚いた顔をすると声がかかった。それはお姉さんからではなく、隣で並んでいた人からだ。
「領主さまのクエストだー?」
野太い声が聞こえてびっくりしてしまった。恐る恐る隣を見ていると、そこには厳つい冒険者がこちらを見下ろしている。えっと、私何かまずいこと言っちゃったのかな?




