137.宿屋トルク(3)
「ごちそうさまでした」
夕食を全て食べ終えた、お腹が満腹になって幸せな気持ちだ。食べ終わっても私一人だけで他のお客さんは来ていない。食べる時間が早かったからかな、いつも通りの時間帯に食べたはずなんだけど、都会の人は食べるのが遅いのかな。
窓から見る外は暗くなっており、食堂にはいくつかの灯りが灯されている。それは蝋燭ではなくて、ファルケさんのところでみたランタンだった。流石都会だ、使っているものが全然違う。
「これが珍しいのかい?」
「いえ、はい……ホルトの町ではあまり見かけなかったので」
「ふーん、そっちではまだ普及してないのかい」
私の周りに無かっただけで、ホルトでは普及していたかもしれない。でも、本当に周りになかったんだよなぁ。お金持ちの人しか持ってなかった、ということかもしれない。
ランタンのことを考えていると、隣のホールが騒がしくなった。
「おばちゃーん、夕食二人分な」
「こっちは三人分用意しておいてー」
「一人分もお願いします」
ガヤガヤと冒険者らしき人たちがなだれ込んできた。なるほど、辺りが薄暗くなる時間帯が夕食の時間なんだね。ホルトにいた時と比べたら遅い時間帯に食べ始めるようだ。
冒険者たちはそれだけを告げると階段を登って行った。どうして食堂に入ってこないんだろう? もしかして、一度荷物を置いてから食堂で夕食を食べるのかな?
「やれやれいそがしくなるね。あんた、六人分頼むよ!」
「はいよー」
「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」
「あぁ、すまないね」
私は席を立っておばさんに向かってお辞儀をした。それから混みあう前に食堂を出て階段を登っていき、自分の部屋へと戻っていく。バタンと扉を閉めると、今度は廊下が騒がしくなって数人の足音が階段を降りて行く音が聞こえる。
なんとか邪魔にならずに済んだみたいだ。ベッドに腰掛けて一息つく、まだ寝るには早い時間だけどやることがない。いつもなら魔法の訓練をしていたのだが、ここは他人がいっぱいいる場所だ迷惑になったら困る。
集落にいた頃は暗くなっても結構移動できたりはしたけど、宿屋に泊っているとそうはいかない。見知らぬ人がいっぱいいるんだから迷惑にならないように過ごさなきゃいけない、だとするとやることがなくなってしまう。
本格的に手仕事を覚えた方がいいのか、それともこういう隙間時間にできる仕事を探してきた方がいいのか悩んでしまう。いや、今度から仕事が終わる時間が変わるかもしれないからとりあえず保留にしておこう。
今できるのは、そうだ明日のことを考えよう。男の子に案内をお願いするんだけど、どこに連れて行ってもらおうかな。
まずは冒険者ギルドだ、これはすぐにでも場所を教えて貰うことにしよう。外の冒険に必要な道具が売っているお店、今までカルーのところで間に合ってたからいいけど、今度は新しいところを見つけないといけない。
装備品を調整してくれるところ、今までは買ったお店でメンテナンスをしてもらっていたけど新たにやってくれるお店を探さないといけない。新しい土地に来たんだから、魔物の生態も変わっているかもしれない、そろそろ本格的に鎧のことも考えたほうがよさそうだ。
日用雑貨が売っているところも探さないとね、一番は石鹸を手に入れることかな。あとは服屋とかも探しておかないと、古着屋とかあるかな? 都会だから新品しか置いてないっていうこともないよね。
最後に食事のこと、壁の中で働くんなら昼食を食べられるところを探さないと。壁の外で働くんだったら、テイクアウトができる店も探しておかないとね。とりあえず、こんなところでいいかな。
貯金があるけど、いつ何時働けなくなるかもしれないから早めに仕事はしよう。それに領主さまのクエストもあるかどうか探してみようかな。すぐに見つかって、クエストが成功したらいいんだけど、そう簡単にはいかないよね。
考えてたら眠たくなってきちゃった。寝巻に着替えて今日は寝よう、馬車に揺られたダメージがまだ体に残っているから無理はしないようにしよう。
マジックバッグから寝巻を取り出して着替えると、ベッドの前に立つ。久しぶりのベッドに頬が緩む、ゆっくりと布団の中に入った。
「はぁー、気持ちいい」
ちょっと固めだけど布に包まれている感じがいい。草や土の匂いがしないところがいい。隙間風が入ってこないところもいい。部屋にあるベッドで寝るということを全身で感じると幸せな気分になる。
しかもしばらく馬車の旅だったので地面にシーツを敷いて布をかけて寝ていたので、それに比べればここは天国じゃないかと思う。ベッドで寝られるのがこんなに幸せに感じるなんて。
体の力を抜くと自然と眠気が襲ってくる。布団にくるまって、温かくて柔らかいベッドの中で眠りにつく。
◇
ガランガラン
扉の向こうから鳴る鐘の音で目が覚めた。ゆっくりと目を開けると、窓から朝日が差し込んできて部屋を照らしているのが分かる。ゆっくりと体を起こして大きく背伸びをした。
「んー、良く寝た」
馬車旅の疲れがあったからか、ぐっすりと眠ることができた。目を擦って部屋を見渡す、部屋にいることが嬉しくて朝から頬が緩んでしまう。この生活を守るためにも仕事を頑張らないとね。
棚に用意していた冒険者の服に着替えて靴を履く。剣は必要ないからマジックバッグに入れたままにしておいて、とりあえず朝食を食べに行こう。
扉を開けて部屋を出ると鍵をかけてから階段を降りて行く。すると開けっ放しの食堂からスープのいい匂いが漂ってきた。匂いに釣られるように中に入ると、まだ早かったのか誰もいない。
「おはよう」
声が聞こえた方向を見ると昨日と同じ位置にイスに座ったおばさんがいた。
「おはようございます」
「好きな席に座りな、今用意しているから」
「はい」
言われた通りに適当な席に座った。
「誰もいないようですけど、朝はみなさん遅いんですか?」
「鐘の音で動き出すヤツが少ないってことだよ。多分だけど、あんたが食べ終わる頃になってから動き出すんじゃないかね」
「そうなんですね」
そっか、都会ではそれが当たり前なのかもしれない。ずっと続けていた習慣だったけど、こっちの習慣に合わせた方がいいのかな。こういうすり合わせもしつつ、この生活にも慣れていこう。
朝の時間のことを考えていると、おばさんがイスから立ち上がって食堂の奥に行った。しばらくするとおばさんはお盆を持って現れた。
「はい、お待ちどうさま」
朝食はスープ、パン、目玉焼きとベーコンだ。目の前に皿を置くとおばさんは定位置に戻っていった。
いつもは朝の配給のスープと芋だったけど、今日からは違う。スープは同じだけど、パンとおかずが追加された。馬車の旅の時はパンと干し肉や干し果物だったから、こうして温かい食事を取れるのは嬉しいな。
いただきます、と手を合わせてから食事を始めた。
◇
「ごちそうさまでした」
ふー、美味しかった。誰かが作ってくれる朝食って美味しいよね、自分でも作れたらいいんだけどそういうきっかけがないもんな。
「今日はどこかにいくのかい?」
「はい、案内の人に町の案内を頼みました」
「なるほどね、それはいい考えだよ。大きな町だから、把握するのは大変だからね」
おばさんはテーブルの上の食器を片づけながらそういった。だよね、大きな町だから大変だと思ったんだよ。でも、今日一日で覚えられるかは不安なところだ。
食事もしたし、もう行こうかな。席を立つと、上の階から色んな音がし始めた。
「ほら、言っただろ。食べ終わった頃にヤツらは動き出すって」
確かに時間的にピッタリだった。毎日やっているんだから、体に動き出す時間が沁みついちゃったのかな。混雑する前に部屋に戻ろうっと。




