136.宿屋トルク(2)
階段をお姉さんが登って行き、私がその後を追う。
「部屋は2階ね、部屋の番号は202号室よ」
階段を登り廊下を進んだ先、ある扉の前で立ち止まった。その扉を鍵で開けると中に入り、部屋を見る。ガラスの窓、ベッドと棚が一つずつの簡単な部屋だ。これが私の初めての部屋、なんだか嬉しくてゾクゾクとした感覚が体に走る。
「この部屋で大丈夫かしら?」
「はい、大丈夫です」
「そう、良かった。そうそう、この部屋の隅にあるカゴがさっき言っていた洗濯物のカゴになるから、良ければ使ってね。シーツの交換にはお金がかからないから安心してね」
お姉さんに言われて部屋の隅を見てみると、確かにカゴがあった。洗濯物をお願いする時はこれに入れておけばいいんだね。
「じゃあ、これは鍵ね。無くさないように持っていてね。あ、宿屋から出る時に預けてもいいわよ。それと夕食が始まったら鐘が鳴るから、それを合図にして食堂にきてね」
「分かりました、色々とありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。何か困ったことがあったらなんでも聞いてね、ごゆっくり」
お姉さんは笑顔で部屋を出て行き階段を降りて行った。私は扉を閉めて部屋を見渡す、ここが初めての私の部屋。
掘っ立て小屋の部屋とは違う、しっかりとした作りの部屋にいて嬉しさが込み上げてくる。以前、食堂の一室を借りて過ごしたことはあるが、その時とは違う嬉しさがあった。
部屋の中を歩いてベッドへと近づく。これからは草の上にシーツを敷いただけの寝床じゃなくて、しっかりとしたベッドの上で寝ることができる。それだけでも本当に嬉しい。
他にも嬉しいことがある。掘っ立て小屋のような隙間風が吹くような部屋じゃなくて、しっかりとした建物の中で過ごして寝ることができるのが嬉しい。何もかもが違う、それだけなのに本当に嬉しい。
ベッドの上に寝転がりたいけど、三日も着ている服のままで寝転がるのは忍びない。馬車の旅って結構過酷だよね、体は拭けないし、着替えも考えながら着ないと着る物がなくなってしまうし。
とりあえず、まずはシャワーを浴びよう! 温かいお湯を浴びたいし、体を洗いたいし、服も変えたい!
早速マジックバックの中から必要なものを取り出す。体を洗う布と石鹸、体を拭くタオル、着替え。そうだ、この洗濯物の籠を使わせてもらおう。カゴの中に必要な物を入れると、籠を持って部屋を出て行き鍵をかける。
この世界で初めてのシャワーだ!
◇
バタン、と扉を閉めて部屋に帰ってきた。そのままベッドへと近づくと、前のめりになって倒れる。
「気持ち良かった~」
シャワー、ヤバイ、癖になりそう。この世界での初めてのシャワーはとても気持ち良かった。温かいお湯に包まれるのってこんなにも気持ちがいいことだったなんて、この世界で初めて知ったよ。
しかも、7日ぶりに体を洗ったから特別に気持ちよく感じた。うぅ、馬車の旅辛かったよぉ。体はホカホカだし、綺麗になったし、今の私すっごく幸せだ。
仰向けになって窓の外を見てみると、外は夕暮れに染まっていた。そろそろ夕食の時間だろう、シャワーから出た時食事のいい匂いが漂ってきたから分かる。どんな食事が出てくるのか楽しみだなぁ。
ボーッと天井を見る。本当に集落から出て、コーバスまでやって来たんだ。そんな実感が溢れてきて、体がざわめいた。それが寂しさなのか、それとも楽しさなのか分からない。なんだかじっとしていられないようなざわめきだった。
とうとうコーバスにきた、その事実だけが私の心をざわつかせる。これからどうなるかは自分の頑張り次第だし、今までとは違う生活をしないといけなくなるだろう。
まだ来て一日も経っていないんだから分からなくて当然。これから少しずつ分かっていけばいいんだし、焦らずに一歩ずつ進んでいこう。その為には色々と事前に考えておかないとね。
ガランガラン
その時、下から大きな鐘の音が聞こえてきた。どうやらこの鐘の音が夕食の合図らしい。むくりと起き上がってお腹を押さえる、そういえばお腹が減ったなぁ。お金を持って行って、食堂でコーバス初の夕食にしよう。
と、その前に溜まった洗濯物を持って行かなくっちゃ、今日くらいは洗濯物を楽しようと思う。マジックバックから洗濯物を取り出してカゴに入れていく。できる限り着替えないようにしていたから洗濯物はそれほど多くない。
さっき脱いだ服も入れて、よしこれでいい。カゴを持って部屋を出ると鍵を閉めて階段を降りて行く。降りて行きホールに出ると食堂の扉が開けっ放しになっていた。
中に入ると席には誰もいなかった、どうやら一番らしい。
「いらっしゃい」
声が聞こえた方向を見ると、お姉さんとは違うおばさんがいた。
「食べていくんなら1000ルタだよ」
「はい、それと洗濯物をお願いしたいんですけど」
「カゴをかしてもらえるかい」
おばさんにカゴを渡すと、洗濯物の検分を始めた。
「そんなに汚れはないようだけど、そこそこ量があるから1000ルタだね。合計で2000ルタだ、お金は持ってきているかい?」
「はい、これでお願いします」
「はいよ、ちょうどだね。好きな席に座って待っていておくれ」
銀貨を手渡すとおばさんは食堂の奥へと歩いて行ってしまった。好きな席か、近くにあった二人掛けの席に座って待つことにする。しばらく座っているとおばさんが現れて水の入ったコップを置いてくれた。
「今日のメニューは肉野菜炒め、パン、スープだよ。今、作っているところだから待っててね」
「はい、ありがとうございます」
そういうとおばさんは食堂の奥のほうでイスに座った。どうやらあそこが定位置らしい、また新しいお客さんが来るのを待っているのかな。
「初めてみるけど、今日からここに泊まる子かい?」
あ、喋ってきた!
「はい、夕方前に入室しました」
「そうかい、よろしくね。一人なのかい?」
「はい、冒険者をやっていて今日ホルトから着いたばっかりです」
「へー、その年齢で冒険者をやっているのかい。苦労するねぇ」
おばさんは世間話をしてきたので、私はそれに乗っかってみた。こういう世間話なら馬車の中で沢山してきたから、スムーズに話すことができたな。
「この宿も冒険者がたくさん泊まっているよ。そろそろしたら帰ってくるはずだから、そうすると騒がしくなるね」
「ここは冒険者専用の宿なんですか?」
「いいや、商人もいれば旅行客なんていうものいるから専用じゃないんだけどね。冒険者ギルドがそこそこ近くにあるから、専用っぽくなっているところがあるよ」
他の冒険者もたくさん泊まっているんだ、どんな冒険者なのか気になるなぁ。食べ終わる頃にはその冒険者さんたちを見れるかな。ホルトとは違う都会の冒険者だから雰囲気とかも違うかもしれない。
「どんな冒険者さんたちなんですか?」
「色んな冒険者がいるもんさ。煩いヤツもいれば、静かなヤツもいるよ。そうそう、悪いヤツはここには泊まっていないから安心しな」
子供だから気を使ってくれたのかな、そうだったら嬉しいね。おばさんの表情は硬いけど、優しい人で良かった。もしかして、心配だから話しかけてくれたのかな。
「できたぞー」
「はいよ」
食堂の奥から男の人の声が聞こえるとおばさんは立ち上がった。食堂の奥に消えると、しばらくしてお盆に乗った料理を持って現れる。
「お待ちどうさま」
お盆を目の前に置かれる。そこには野菜の黄金色のスープ、細長いパン、肉野菜炒めがあった。美味しそうだ、手を合わせていただきます。
フォークで肉と野菜をつくと、口に運ぶ。んー、野菜がシャキシャキして美味しいし、野菜の旨味を吸ったような肉が美味しい。お肉もジューシーだし、いい感じだ。
「どうだい?」
「美味しいです!」
「そうかい、それは良かった」
その時、おばさんの口元が笑ったような気がした。




