133.出発(2)
難民のみんなと別れてしまった。寂しい気持ちがじわじわと胸の中に広がって、鼻の奥がツンとする。それでも私は前へ進むために足を動かしていった。いつかは来る別れの時が今来ただけだ、そうやって自分を励ましていく。
寂しさから意識を逸らそうと見慣れた景色を見始める。歩き慣れた大通りは朝早いから人通りが少ない。これがもう少し時間が経てば大勢の人で賑わうことになるだろう。あの騒々しさは楽しい気分にしてくれて好きだったな。
北門に進みながら今までの思い出を振り返る。ただ歩いていく道だったのに、意外と思い出すものが多かった。あの日はどういう気持ちでいたかとか、色んな感情が蘇ってきては懐かしさで胸を温かくさせる。
思い出に浸りながら歩いていくと遠くに北門が見えてきた。扉はもう開けられており、その周辺を見渡すが馬車は停まっていなかった。どうやら早く着き過ぎたみたいだ、これならもう少しみんなといられたかもしれない。
北門の壁まで近寄ると、背を預けてボーッとする。いつ馬車がくるか分からないから待っていないといけないのだが、時間があるならもうちょっとみんなといたかったな。
そのまま待っているとこちらに近づいてくる二人の男の人が見えた。背中には大きな荷物を背負って話しながら歩いている。その男性たちは北門に近づくと、荷物を下ろしてまたおしゃべりをした。
もしかして、馬車に乗る人なのかな? ここで立ち止まるってことはそういうことだよね。今回の旅には一体どれだけの人が乗ってくるんだろう。月に二回しか運行していないっていうし、結構な人が乗ってくるんだろうか。
すると、今度は冒険者風の男女がこちらに向かって歩いているのが見えた。こちらは大きな荷物もなく、装備を整えて武器をぶら下げただけだ。きっとマジックバッグを持っているのだろう。
その冒険者風の男女は北門に近づくとその場で立ち止まった。どうやら、冒険に出る人じゃなくて馬車に乗る人らしい。私と同じでコーバスで冒険者稼業をする人たちなのかな。なんだか親近感が湧いてきちゃった。
次は何が現れるんだろうか? 大通りを眺めていると、遠くから大きなものが近づいてきているのが見えた。しばらく眺めていると、近づいてきているのが馬車に見えた。
その馬車はどんどん北門に近づいていき、私の前を通り過ぎる。馬車は全部で3台、それと騎乗した冒険者が二人いた。チラッと馬車の中を覗いてみると、一台の馬車の中に冒険者らしき人たちが複数乗っていた。きっとこの人たちが護衛なのだろう。
ということは、残りの2台が乗客が乗る馬車かな。馬車は北門を通り過ぎたところで止まった。すると、この場で待っていた人たちが馬車に向かって歩き出す。私もそれに続いて歩き出した。
馬車に近づくと御者の人たちが降りてくる。
「コーバス行きの馬車です。乗られる方は木札を出してください」
ポケットに入れていた木札を取り出して、御者の前に並ぶ。他の人が木札を手渡して確認されると、すんなりと馬車へと案内される。前の人の様子を見ながら待っていると自分の番がきた。
「木札です、お願いします」
「はい、ありがとうございます。もしかして、一人で乗るのかい?」
「は、はい。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。ただ一人で乗る子供が珍しかったからね。えーっと君はあっちの馬車に乗ってね」
やっぱり子供が一人で乗るのが珍しいのか呼び止められてしまった。でも、問題なく通されて安心した。他の二組とは別の馬車に案内されて、その馬車に近づく、案内された馬車は幌馬車だ。
天井の幕は少し上げられていて、天井の幕、吹き抜け、馬車の土台という姿をしていた。これだと吹き抜けのところから外が眺められるから景色が楽しめそうだ。
この馬車に乗ればコーバスに行ける、と同時に難民としての自分とのお別れだ。自分の家で町に住むという目標はまだ達成できそうにはないが、難民脱却はできそう。長かった難民生活ともお別れか。
生活が大変だった難民生活だったが、これからは冒険者生活になる。難民の時と比べれば楽になる部分もあるけど、他の部分で苦労することになるだろう。結局は冒険者生活も楽じゃないってことだ。
新しい一歩を目の前にちょっとだけ躊躇した。これから始まる冒険者生活に対して期待もあれば不安もある、私は生活できていけるんだろうか?
漠然とした不安が膨れてきて、住み慣れた町に戻りたくなる。それでもちょっとした期待はあって、新しい生活に少しだけ希望を見てもいた。二つの感情が私の中でぐるぐると混ざり合う。
もう決めた事だから戻らない。心の中で強くそう思うと、馬車に足をかけた。力を入れて体を押し上げると馬車の中に入る。今更町に戻る事なんてできない、私は進むんだ。
馬車の奥まで移動して、壁際の長椅子に腰を下ろす。
「ふー」
馬車に乗るだけで労力を使ったみたいだ、座ると緊張していた体の力が抜けた。背もたれに背を預けて、天井の天幕を仰ぎ見る。後は馬車が動き出すのを待つだけだ。
そのまま馬車に乗っていると、他の乗客も集まり出した。次々と集まる乗客は御者に木札を渡して、馬車に乗り込んで長椅子に座る。
次第に馬車の中は人が多くなり、私を含めて10人の乗客が乗り込んだ。座る場所がなくなったからこれで乗客がいっぱいになったってことかな?
そわそわしながら待っていると御者台に御者の人が乗り込んで、こちらを向いた。
「それではこれから出発します」
とうとう出発だ、なんだかドキドキしてきた。鞭が鳴る音が聞こえると馬がいなないて馬車が揺れて動き出す。始めはゆっくりと動き出して振動は少ない。
ホルトの町とはお別れだ。少しずつ離れていく北門を見ながら、ここで過ごした日々に思いを馳せる。
前世を思い出してから二年近く経ったが、ここまでの日々は目まぐるしい。何もないところから何かをしようにも、信頼がなくて何も動き出せなかった。始めは信頼獲得のためにひたすらお手伝いをしたなぁ。
お手伝いをしていくと厳しかった周りの目が緩んで、少しずつ信頼されていくのを実感した。本当に少しずつだったが話す人が増えたり、会話が長くなったりしたのが嬉しかったなぁ。
長い間信頼を獲得するために動いたお陰で、いざ冒険者を目指した時はスムーズに話が進んでくれた。それでも冒険者になる前にお金を貯めないといけなくて、そのところも大変だったな。
冒険者になって色んな人に出会って、支えられながら冒険者稼業を行った。町に行くだけで世界観が変わったのは驚いたな、集落って小さな世界だったんだなって思う。
これから行く町はどんなところだろう。どんな人がいて、どんな出会いが待っているのか考えるだけで期待と不安が入り混じる。私は冒険者としてやっていけるのかも分からない。
離れていく北門を眺めて、ホルトの町に別れを告げる。もしかしたら戻ってくるかもしれないけど、今はお別れだ。
「さようなら、ホルト」
馬車はコーバスを目指して進んでいく。私の複雑な気持ちを乗せて進んでいった。




