132.出発(1)
今日、集落を出る。いつも通りに起きて、ゴザの上で冒険者の服に着替えて装備も整える。靴を履くと、ゴザを丸めて家の壁に立てかける。今度はベッドのシーツを手に取り、ホコリを払ってから洗濯紐にかけた。これらは自分で買った物だけど、これから必要のないものだからここに置いていこうと思う。
ぐるりと掘っ立て小屋を見渡して忘れ物がないか確認する。必要な物はマジックバッグに入れたし、剣も腰に下げている、マジックバッグは背負っている、これで十分だ。
もうここには戻ってこないかもしれない。色んな事があったけど、どんな場所でも住み慣れたところを離れるのは寂しいな。悲しいことの方が多かったような気がするけど、そんな記憶もどこかへ消え去ってしまった。
ゆっくりと掘っ立て小屋を出て、振り返る。最後に自分がいた場所を目に焼き付けて、お辞儀をした。こんなボロい家だけど、確かに私の居場所だった。今まで私を守ってくれてありがとう。今度は違う人を迎えてあげてね。
そう心の中で呟くと広場に向かって歩き出した。しばらく歩いていくと、他の難民たちと合流しつつ広場に辿り着く。広場ではすでに配給は始まっており、スープのいい匂いが辺りに漂っている。
「おはようございます」
「おはよう、リルちゃん。手伝いはいいから先にお食べ」
「ありがとうございます」
最後にお手伝いできなかったな、ちょっと寂しいかも。でも、言葉に甘えさせてもらおう。列の最後へ並んで自分の順番を待つ。待っている間は難民とおしゃべりをしていると、自分の番がきた。
「はい、リルちゃん。しっかりお食べ」
「ありがとうございます」
お椀と芋を受け取って、鍋の前を離れる。女性たちが集まっているところへ行って座ると、あからさまにみんなの視線が集まってきた。みんな、今日私がいなくなることを知っている。
こうして一緒にご飯を食べるのも今日で最後になるな。いつも輪に入れてくれた女性たちには感謝している。おかげで孤独を感じることはなかったし、寂しい気持ちを感じることもなかった。
「これが最後の配給になるのね。寂しくなるわね」
「こら、これから旅立つリルちゃんを寂しがらせないの!」
「最後だけど楽しく食べましょう」
最後だよね、気になっちゃうよね、私も気になっちゃうよ。寂しそうにしてくれる人、気遣ってくれる人、楽しそうにお話してくれる人、みんな大好き。
食事をしながらいつも通り会話を楽しんでいく。昨日あったことを話すと頷いて聞いてくれたり、質問が返ってきたりする。話していると寂しい気持ちが少しずつ薄れていって、会話を楽しめた。みんな、気を使ってくれてありがとう。
そんな楽しい食事の時間も終わり、後片付けの時間になった。自分で使った食器に水をかけて手で洗う。洗い終わったら所定のカゴの中に入れておく、使った鍋は他の女性たちの手で綺麗に洗われていた。
全ての洗い物を洗い終えると今度は移動が始まる。一人が動き出せば他の人も動き出す、町へ向けての難民たちが移動をする。みんなについていくのが最後となった。先に行くみんなの姿を見ていると、寂しい気持ちが溢れてきた。
そんな私の前に女性たちが現れて導いてくれる。
「リルちゃん、途中まで一緒にいこうか」
「はい!」
大勢の人に囲まれながら私は移動をした。歩いている時も会話が途切れることはなく、楽しい時間が続いている。お陰で悲しんでいる暇がないくらいだ。色んな人に話しかけながらとうとう町の門まで辿り着いた。
「リルちゃんはこれからどこにいくんだい?」
「このまま北の門まで行くことになります」
「そうか、なら冒険者ギルドでお別れになるね」
門から冒険者ギルドに向かって歩いていく。その途中でも色んな人に話しかけられて、返答に大忙しだ。普段は中々話さない人も話しかけてくるから驚いちゃった。でも、私のことを知ってくれて嬉しいと思う。
そうやって進んでいくと、見慣れた建物が見えてきた、冒険者ギルドだ。みんなで冒険者ギルドの前に移動をして立ち止まった。誰も中に入らないで、私をじっと見ている。
ここでお別れだ。いつも通りここまで来たけど、ここからはいつも通りではない。
「あの、みなさん……いつも良くしてくれて本当にありがとうございました。一人きりだったのに、沢山の家族ができたみたいで本当に嬉しかったです」
親に見放された私を見守ってくれたみんなには感謝しかない。その感謝を伝えたいけど、こんな言葉だけじゃ言いたいことは全部言えなかった。それでも、少しでもこの気持ちが伝わって欲しくて言葉を紡いでいく。
「沢山お話してくれたり、食事の時に一緒にいてくれたり、町まで一緒に移動してくれたり……全てが私の原動力になりました。少しでもみんなに恩返しができていたらいいんですけど」
「恩返しなんて気にしなくてもいいよ。リルはそれ以上のものを私たちにくれたんだからね」
「リルの頑張っている姿を見て、こっちも負けていられないって思ったんだ。こっちこそ原動力になったんだよ」
そんな、私の頑張っている姿がみんなの原動力になっていただなんて恥ずかしい……でも嬉しい。みんなの顔を見ると笑顔でいてくれて、胸の奥が熱くなった。
難民という恵まれない境遇にいたのに、今はそんな思いはない。他の人に比べたら恵まれない環境だったかもしれないけれど、全てが恵まれていないわけじゃなかった。私は難民という仲間に支えられていたことを実感する。
「本当にありがとうございました。もし、また戻ってきた時は変わらずに話してくれますか?」
「もちろんだよ」
「当たり前さ」
その言葉だけでも前へ進む力になる。みんなと生活した思い出を糧にして私は集落を出るんだ。寂しさで胸が押しつぶされそうだけど、前へ進む足のほうが先に動き出しそう。もう立ち止まっている私じゃない。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「リルちゃん、頑張ってね」
「リルならできるぞ!」
最後にみんなの笑顔を心に焼き付けて、私は後ろを向いて歩いていく。後ろからみんなの声が聞こえてきて、私は振り返って手を振った。
「みんな、ありがとー!」
すると、難民のみんなは声を上げて手を振ってくれた。少しずつ離れていく、少しずつみんなの姿が小さくなっていく、少しずつ声が遠くになっていく。勇気を出して振った手を下ろして前を向いた。
そして、みんなに背を向けて前へと歩きだす。私の旅が始まった。




