127.お別れを言いたい人(2)
レトムさんのところでパンを買うと今度は冒険者ギルドへと行った。今度お別れを言いたい人はロイさんなんだけど、今日は冒険に出ている日かな? あとお世話になった図書室のおじいさんのところにも顔を出していこう。
冒険者ギルドにつくと三階に繋がる階段に直行する。階段を昇り三階に着くと、図書室の扉を開けた。中は相変わらず人気がなくて静まり返っている。その受付にはいつも通りにおじいさんが席に座っていた。
「おじいさん、こんにちは」
「おお、君か久しぶりだな。今日も調べものか?」
「ちょっとおじいさんに伝えたいことがあって来ました」
「わしにか? どういうことかな?」
不思議そうにしているおじいさんに私は一呼吸を置いて話始める。
「実はこの町を出てコーバスに移ろうと考えてます」
「何、コーバスへ移るじゃと。それは本当か?」
「はい」
それからコーバスに行くことを決めた経緯を伝えた。おじいさんは始めは険しい顔をしていたが、話を聞くとその表情は和らいだものになる。
「ふんふん、そういうことがあったのか。いい心掛けじゃが、知らない町に行くのは大変じゃぞ」
「それは分かっています。それでも行ってみようって考えたんです」
「まぁ、無理だったら戻ってくればいいしな。こことは違って大きな町だから、慣れるのに苦労はするぞ」
「はい、覚悟の上です」
おじいさんは心配そうな顏で言ってくれたが、私が強く頷くと表情が緩んだ。
「口うるさくしてすまんな。まだ小さな子が大きな町に行くんだ、大人としては不安でな」
「他の人からも心配されました。その気持ちはとても嬉しいです」
「要領の良い君なら上手くやれると思う、頑張りなさい」
ここでも応援されて心の中が温かくなる。こんなに応援されたんだ、コーバスに行っても変わらずに頑張れそうだ。どんなことがあってもめげないぞ。
「教えてくれてありがとな。声をかけてくれて嬉しかったよ」
「そう言って頂けて私も嬉しいです」
微笑んだおじいさんを見て、ここに来て良かったなと強く思った。
◇
おじいさんと別れた後、一階の待合席で座ってロイさんが来るのを待つ。丁度冒険者が帰ってくるピークに当たったからか、ホールは冒険者で溢れかえっていた。
私はじっとして待ちながら扉を注視する。しばらくずっと見ていると、見慣れた風貌の人が入って来た、ロイさんだ。私は席を立ち、小走りでロイさんに近寄った。
「ロイさん」
「ん、リルじゃないか、久しぶり」
久しぶりに見るロイさんは以前よりも逞しく成長したように見えた、成長期かな? 新品だった鎧も小さな傷が目立っていて、冒険者稼業を続けているのが分かった。
「ロイさん、この後時間取れますか?」
「お、いいぜ。受付に行ってからでいいか?」
「はい、待合席で待ってますね」
気さくな感じで答えてくれたロイさんは受付に並ぶ列に向かって行った。私はまた待合席に座ってロイさんが終わるのを待った。
しばらく待っていると、ロイさんが駆け足でこっちに来てくれた。
「お待たせ」
「お疲れ様です」
「おう、今日もしっかりと稼いできたぜ。で、話っていうのはなんだ? もしかして、いい狩場が見つかったとかか?」
話ながら席に座ったロイさんは落ち着かない様子で身を乗り出して聞いてきた。
「いいえ、私のことなんですけど……近々コーバスの町に移ることに決めました」
「何っ、コーバスの町に移るのか!? ど、どうしていきなり」
話し出すとロイさんはすぐに驚いて声を上げた。私は順を追って今回のコーバス行きの話を伝えた。難しい顔をしていたロイさんは話し終わってもまだ難しい顔のままだ。
「話は分かったが……大丈夫か? 慣れ親しんだ町を離れて、新しい町に行くんだ。まだまだ子供のリルが行くのは、ちょっと早くないか?」
「新しい町に行く大変さは理解しているつもりです。それでも私は行こうと思います」
「んー、でもなぁ。流石に……」
ロイは言い淀み腕を組んで考え始めた。しばらく唸りながら考えていたロイさんだったけど、唸るのを止めてこちらを見てくる。
「実はな俺も他の町に行こうと思っていた時があるんだ」
「そうなんですか?」
「でも、いざ自分の家から出るって考えると町に行くことを躊躇したんだ。新しい町へ行くこと、住み慣れた家を離れることが怖くなっちまったんだ」
自嘲気味に話始めたロイさんは一言ずつ噛み締めながら気持ちを教えてくれた。そうして真っすぐな視線を向けて問いかけてくる。
「リルはさ、怖くないのか?」
その問いに私の答えは決まっている。
「ここを出るのは怖いです。見知らぬ土地で見知らぬ人だらけで、何もない状態から始めることが難しいことは知っています」
「分かっているのに、新しい町へ行けるのか?」
「行けます。困難が待ち受けているのは承知の上です」
不安そうな顔をしているロイさんは次々と質問をしてくる。きっとロイさん自身も考えたことなのだろう、その顔付きは不安そうにしていながらも真剣だ。
「私も集落を出ることにすごく悩みました。始めは出ないほうがいいんじゃないかって考えたくらいで、でもそれだと私はなんのために冒険者になったんだろうってまた違ったことで悩んだりしました」
「そっか、リルも色んなことに悩んだんだな」
「はい、いっぱい悩んだだけじゃなくて相談も乗って貰いました。だから、集落を出ることが怖くなくなったり、次への一歩を踏み出せることができました」
一人で悩んでいたらきっと解決はしなかっただろう。相談に乗ってくれた人がいたからこそ、一歩を踏み出せたのだ。その人への感謝は今も胸の中に残っていて、思い出すと力をくれる。
「それにもしダメだった時は戻ってくればいいですから。それがあるだけでも、心が軽くなりますよ」
「そうだよな、ダメだった時は戻ってくればいい。失敗を恐れていたら何もできないもんな」
「私は失敗するつもりで行こうと思います! これなら怖くありません」
「ぷっ、あはは! なんだよそれ、可笑しいじゃんか」
こぶしを握り締めて力説すると、ロイさんが笑ってくれた。
「そうか、失敗してもいいんだよな。その時は戻ってくればいいし、戻ってこられる場所があるから進めるんだもんな」
「まぁ、本当は失敗したくないんですけどね。でも、少しでもこうした逃げ道を作っておいた方が進みやすいんじゃないかなって思って」
「進むために逃げ道を作るか、なんだかリルらしくない言葉だな」
「そうですかね?」
「そうそう」
私らしいってどういうことだろう? うーん、考えても思い浮かばないな。でも、ロイさんの表情が明るくなって良かったな。ロイさんも私と同じように悩んだんだろうなぁ。
「なんだか、それを聞いたら少しだけ安心したな。俺もそうやって考えられれば良かったな」
「ロイさんも違う町に行ってみますか?」
「……今はまだ勇気が出ない。でもいずれ行ってみたいとは思う。まだ、家を出るのは怖いかな」
少し恥ずかしそうに言った。でも普通はそうだよね、今までいた場所を離れるのは誰だって怖いし勇気がいることだ。
ちょっと俯きがちだったロイさんの顏が上がり、今度は真剣な表情で私を見てくる。
「リルの話を聞けて良かったよ。俺も町を出ることを前向きに考えられそうだ。なんだか、俺の相談みたいになっちゃって悪いな」
「いいんですよ。私もロイさんの話を聞けて、悩んでいるのが私だけじゃないって知れて良かったです」
「違う町にいってもリルなら大丈夫そうだな。きっと上手くやれるよ」
手を差し出された。その手に自分の手を重ねて握り合う、健闘を祈ると言われているようだ。その手から勇気を貰っているようで、自然と胸が熱くなった。
みんなから応援されて進む道は少しだけ楽しくなってきた。




