126.お別れを言いたい人(1)
お待たせしました、パソコンの故障より復帰しました。
これからもどうぞよろしくお願いします。
配給を食べ終わると、集落の代表者に改めて集落を出て行くことを話した。代表者もそのことを喜んでいる態度で嬉しい。家を出て行く時の注意点とかを聞き、代表者は他の難民たちと一緒に町へと向かった。
私は久しぶりの集落のお手伝いだ。水桶を二つもって川へと行き、水を汲んで、身体強化をしながら集落に戻って水瓶に水を入れた。その次に穴ネズミ狩りを始める。いつものように穴を探し、そこから穴ネズミを引きずりだして石斧で動けなくした。
昼まで穴ネズミ狩りをすると、9匹くらい集まった。それを食糧庫に置いて貰い、私は昨日買っておいたパンと串焼きで家に帰ってから昼食にする。久しぶりの一人の食事であっという間に食べ終えた。
いつもなら訓練をするのだけれど、今日は用事があるので町まで行くことにする。集落を出ることを伝えたい人がいるからだ。お世話になった人には顔を出す予定。
時間をかけて町まで行き、今度は道具屋を目指す。最初に伝えたい相手はいつも仲良くしてくれたカルーだ。町の中をしばらく歩いていると目的の道具屋に辿り着いた。
扉を開けて中に入るとお客さんが一人入っているのが見える。奥の方に進んでいくと、カルーが受付で頬杖をついていた。
「あ、リル!」
私の姿を見かけるとすぐに反応をしてくれた。
「久しぶり、カルー」
「今日は買い物?」
「ううん、ちょっとお話がしたくて」
「なら、お客さんがいなくなってからでもいい?」
「うん、ちょっと店の中見てるね」
そう言って受付から離れて店の中を歩きながら商品を見ていく。そうやって時間を潰していると、お客さんが受付に行って会計を始めた。それからカルーがやり取りした後にお客さんは店を出て行く。
それを見送ると私は受付に近寄った。
「お待たせ、リル」
「ううん、時間作ってくれてありがとうございます」
「話したい事って何? クエストのこと?」
「いえ、今日はその……」
いざ、言おうとすると言葉に詰まって中々言い出せない。カルーは不思議そうな顔をしつつも待っていてくれた。一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、手を握り締めて口を開く。
「今度、この町を出てコーバスに行くことにしました」
「え、それって……またクエストで違う場所に行くってこと?」
「いえ、居場所を移す……ということです」
「えっ、この町を出て行くの!?」
始めは不思議そうにしていたカルーだが、町を出て行くことに強い反応を示した。とても驚いて信じられないと言った様子だ。
「どうして、この町を出て行くの?」
「えっと、話せば長くなるんですが……」
理由を聞かれると答えなくてはいけない。なので、私は一連の話をカルーにした。難民のこと、領主さまのこと、コーバスのことを一つ一つ丁寧に伝える。すると、カルーの表情は次第に落ち着いていき、納得したような顔付になった。
「そういうことなのね。恩返しのことは気にしなくてもいいって私個人は考えちゃうんだけど、それがリルの目標になったのね」
「はい。こんな自分にできるかは分かりませんが、このままでいることもできなくなりました」
「リルらしいっていえばリルらしい理由ね。リルがやりたいっていうんだから、がんばりなさい」
強い口調で応援されて、胸の奥が熱くなる。そんなカルーの表情がちょっと寂しそうに笑った。
「でも、正直いってリルがいなくなるのは寂しいわ。仕事をしていると孤児院には頻繁に顔を見せにいけなかったから、私ちょっと寂しかったのよね。でもリルがちょくちょくここに寄って来てくれて、寂しくなくなったわ」
「カルー……すいません」
「何謝っているのよ、あんたが悪いわけじゃないでしょ。私がちょっとリルを頼っていただけよ、本当にそれだけよ」
カルーの正直な気持ちを聞いて私も寂しい気持ちが溢れてきた。カルーは笑顔を取り繕っているが、無理に笑っているように見えて仕方がない。
「私も寂しいです。カルーには冒険者になった時から何かとお世話になりっぱなしでしたね。とても不安な時期に一緒にいてくれて本当に助かりました」
「もう、何を今更。お節介かなってちょっと思ったんだけど、お節介かけて良かったわ。リルと出会ったおかげで私も仕事が見つかったし、こちらこそありがとう」
「私もありがとうございます」
ギュッと手を握って精一杯の笑顔を向けるとカルーも笑ってくれる。それでも寂しい気持ちは込み上げてきて、鼻の奥がツンとなった。
「寂しいから、コーバスに行く前は必ずここに顔出してね」
「はい、町に来たら必ず来ます」
「まだ時間があるならちょっと話していきなさいよ」
「お客さんが来るまでですね」
そう言って笑い合うとカルーの仕事の合間に会話を楽しんだ。楽しくも優しい時間はとても楽しくて、いつまでも続いて欲しかった。
◇
カルーのところが終わると次にレトムさんのパン屋にも行く。働いた後でもパンを買いに何度も行っており、急にいなくなると心配するんじゃないかと思って伝えに行く。
まだ夕方ではないので今の時間なら空いているだろう。そう思って行ってみると、案の定パン屋にお客さんの気配はなかった。開けっ放しのドアから中に入ると、カウンターに座っていた奥さんがこちらに気づいた。
「あら、リルちゃんじゃない。久しぶり、またパンを買いに来たの?」
「それもありますが、ちょっと話しておきたいことがありまして」
「そうなの? レトムも呼ぶわね、ちょっと待っててね」
奥さんは腕の中であやしていた赤ちゃんを背負い、紐で縛ると店の奥へと消えていった。しばらくすると奥さんはレトムさんを連れて店の中に現れた。
「久しぶりだな。クエストが忙しかったのか?」
「はい、町の外に行くクエストを受けていたんです」
「あらー、町の外。いいわねー」
始めは他愛もない会話をした。最近のことを話したり、赤ちゃんの話をしたりと会話は移り変わっていく。
「それで、話っていうのはなんだ?」
レトムさんが本題を切り出した。ちょっと緊張しながらも私は口を開く。
「実はこの町を出て、コーバスっていう町に移ろうかと思っています」
「まぁ!」
「ほう」
二人は驚いた顔をした。私は順を追ってコーバスに行く経緯を伝える。しばらく二人はその話に耳を傾けて、頷きながら聞いてくれた。
「リルちゃんらしいって言えばらしいけど、心配だわ。知らない町に行くだなんて」
「大胆なことを考えたな。この町に残っていれば、いらぬ苦労をする必要もないと思うのだが。それでも行くのか?」
「はい。もしダメだった時はいつだって戻って来れますし、挑戦してみたいです」
奥さんは心配そうにしてくれて、レトムさんは険しい顔つきで問いかけてきた。それでも私の決意は変わらない。もしもの時はこの町に戻ってくればいいし、逃げ道だったらちゃんとあるから大丈夫だ。
二人は顔を見合わせた後に笑う。
「リルが決めたのならいうことはない、行ってこい」
「本当に無理だったら戻ってくるのよ」
「はい、ありがとうございます」
認められたようで嬉しい、深くお辞儀をして感謝を伝えた。
「買うパンはどれがいいかしら?」
「チーズパンってあります?」
「そろそろ焼き上がるから、ちょっと待ってろ」
「ふふっ、ならおしゃべりして待ってましょ」
話が終わるといつも通りの雰囲気になる。穏やかな時間はパンの焼けるいい匂いに包まれながら流れていった。




