123.行商クエスト(14)
町への帰路は村へ行く時と変わりなく平穏だった。時々魔物が襲ってくるが大した数でもなく、強敵でもないので脅威ではない。
馬車の後ろから魔物を警戒したり、馬車を降りて歩いてみたり、ファルケさんと雑談をしたりと何かとやることがあったので退屈はしなかった。そんな旅路も残り一日となる。
その日の昼食を終え、馬車の中に座って移動をする。いつものように馬車の後ろから外を確認して、魔物が来ないか見続けていた。魔物の影はなく、馬車は順調に進んでいる。
馬車が動く音と馬が地面を蹴る音だけが聞こえる、穏やかな日中。そんな時間に考えることは一つ、集落を出ることだ。
最近になって分かったことは集落での生活は自分にとって心の支えだったということ。それは思った以上に私の中で大きな役割を担っていて、今の自分があるのはそのお陰だと断言できるほどに大きなことだ。
心の支えだった集落を出る、という現実を目の当たりにした時に私は出たくないと思ってしまった。難民を続けてもいい、と思ってしまった。
でもそれは、今まで目標に向けて頑張ってきた自分を否定することになってしまう。今までの頑張りを無下にはできないけど……そんな思いがぐるぐると私の中で巡った。
前なら考えることも嫌になって現実逃避をしていたが、今は違う。外の世界というものを知って、私の考え方も変わってきた。元難民のみんなに出会ったお陰だ。
ようやく、集落を出るということを前向きに考えられるようになった。だから考えてみようと思う、集落を出るということを。
みんなとの別れは辛いけど、いつかは別れなきゃいけないんだ。みんなだってそれを考えているし、覚悟だってあるから働いていけているんだと思う。
集落を出た私はどうしていこう。やっぱり親しんだあの町で暮らすのがいいんだろうか? それが一番安全だし、無理なく集落から出ていける。
普通ならそのほうがいいだろう。分かっているんだけど、なんだかしっくりと来ない。それはきっと私の中で他の目標が生まれたからだと思う。
難民に手を尽くしてくれた領主さまのために働いてみたい。その思いがやっぱり私の中にあったし、時間が経っても消えてなくならなかった。
でも、この町にその領主さまはいない。コーバスという違う町に住んでいて、この町を治めるのは関係者の代官だ。だから、その目標を追うためにはコーバスという町にいかなくてはいけない。
集落から出た先が違う町ってハードルが高くないかな。安全を求めるならホルトのままで暮らしていけばいいのは分かっているんだけど、コーバスの町のほうが気になっている。
私の気持ちが外向きになっていた。きっと今回の旅で外を知ったからだと思う、外は怖いものばかりじゃないって知れたから興味が湧いてきたんだと思う。
心に余裕ができたのはきっとファルケさんや元難民みんなのお陰だ。みんなの姿や話を見聞きして、もしかしたら自分もそうなれるんじゃないかと期待した。
誰かができたから自分もできる、なんて調子に乗った考えかもしれないけど悪い気分じゃない。ただ前例があるだけで、こんなにも考えを軽くしてくれるなんて思いも寄らなかった。
安全を取るためにホルトに残るか、思い切って外に飛び出してコーバスに行くか。気持ちは若干コーバスに傾いていた。
しっかり考えて、それでいいの? コーバスに行けば親しんだ人たちとも別れることになって、仕事だってしづらくなるかもしれないし、今まで築き上げてきたものを手放してしまうんだよ。
それを思うと胸が痛む。それを手放してまでコーバスに行く価値があるのか、それがはっきりとしない。いや、はっきりとさせよう、このまま立ち止まってはいられない。
築き上げてきたものが大切かそれとも新しい目標が大切か、決めないといけない。今の私はどっちが大切なんだろうか。
前だったら築き上げてきたものから離れるのが嫌だったからそっちだろうけど、今は違う。新しい目標を見ることができる今はそっちのほうが大切に思えてくる。
それだけ新しい目標が私にとって大きな意味を持つことになっているのだろう。外へでるきっかけってそんなにないから、特別感があるんだと思った。
じゃあ、私にとって築き上げたものよりも新しい目標のほうが重要になっている? そのきっかけっていうのはなんだったんだろう、私の中で何に気づいたんだろう。
そうか、築き上げてきたものだけが全てじゃないってなったからだ。築いてきた信頼は場所が違っていてもまた築くことができることを知ったんだ。
元難民のみんなの姿を見て、他のところでも絆を作ることができると見たから、私の中で集落への固執が薄れていったからだ。他でも築き上げられるのだから、離れることも考えられたんだ。
もちろんそれは容易なことじゃないって分かっている。もう一度始めから築き上げるんだから簡単なことではないし、そのためにかかる苦労は沢山あるだろう。
それでもゼロではない、また築き上げれると知ったから私は一歩を踏み出す考えができたんだ。
「一歩……か」
ポツリと呟いてみる。今まで躊躇していた気持ちが前へ進み出そうとしている感覚はむずむずした。今にも走り出してしまいそうな高揚感まで感じてきている。
集落を出て、コーバスに行ってみよう。もし無理なら戻ってくればいいし、いつだってホルトに戻ってこれるんだ。ちょっと長い旅をする感覚で町を出て行けばいい。
そう決めたら急に視界がパアッと開けた気がした。今まで悩んできたものが晴れて鮮明になったみたいに見えやすくなる。そうだ、そう考えれば良かったんだよ。
一歩踏み出してしまえば不思議と体が軽くなる感じだ。散々悩んでいたこともそんなことか、と笑うことができるほどに些細なものだと思うことができる。
私はその場を立ち、御者台にいるファルケさんに近づいた。
「ファルケさん」
「ん、どうしたんだい?」
「私、集落を出てコーバスに行ってみようと思います」
今まで相談に乗ってくれたファルケさんに私の気持ちを打ち明けてみた。するとファルケさんはこちらを振り向きながら驚いた顔をする。
「集落を出るだけじゃなくて、コーバスにも行くのかい?」
「はい。コーバスには難民のために手を尽くしてくれた領主さまが住んでいるので、領主さまのために何かできることはないかと思ったんです」
「……そうなんだね、領主さまがきっかけでコーバスに、か」
感慨深いようにファルケさんは呟いた。しばらく無言だったけど、すぐに表情を明るくして口を開く。
「いきなりのことで驚いたけど、気持ちの整理はついたのかい?」
「はい、ファルケさんが相談に乗ってくれたお陰です、ありがとうございます」
「僕は話を聞いただけさ、解決したのはリル君自身のお陰だよ」
嬉しそうにそう言ってくれて救われる気持ちだ。
「集落を出るのは勇気がいることだし、ましては他の町にいくなんてことも勇気がいることだ。リル君は進もうと思えば進める子だから、頼もしい限りだよ」
そう言って褒めてくれたファルケさんの表情はとても嬉しそうに見えた。ただの雇われ冒険者なのに、こんなに気を使ってくれてファルケさんには感謝しかない。
その気持ちを無駄にしないように、私は進んでいこう。




