122.行商クエスト(13)
「今日もご苦労様」
「お疲れ様です。明日の午前中に出張所を開いて、それから町に戻るんですね」
「うん、そうだよ。そろそろ違うスープの味も恋しくなってきただろう」
「……少しは」
「あはは、そうだろうそうだろう」
魔石ランタンの灯りの中で夕食を食べ終えた。食事を無料で頂いている身でいうのは気が引けたけど、正直な気持ちを言えたのはファルケさんと数日間の内に親交を深めていたお陰だろう。
食べ終えた食器を洗い、道具をマジックバッグにしまい夕食の時間は終わった。あとは寝る時間なのだが、まだ寝るにはちょっと早い。いつものように雑談が始まる。
「しかし、この村に元難民の人がいただなんて驚きだな」
「はい、私も驚きました」
「会えて良かったね、有益な話は聞けたかい?」
この村で元難民と出会えたのは僥倖だった。お陰で集落を出た後の姿を見られて安心したし、不安も少しは和らいだ。
「話を聞けて良かったですが、それ以上に元気な姿を見られたことが良かったです」
「姿?」
「はい、元気でやっている姿です。集落の時よりも身なりが良くて、沢山食べているお陰か頬もこけてなくて、生気に溢れた姿です」
集落にいた時と比べてみると、その差は一目瞭然だった。それらは色んな要因が重なって良く見えているのは分かる、一番分かりやすい変化だ。
「村での生活が充実しているからこそ、心に余裕があるからこそ、普通の人のように見えました。集落を出たからあんな風になれたんだな、と強く感じます」
「僕には難民との差が分からないけど、彼らの姿は普通の村人のように見えた。振る舞いだって雰囲気だって村人そのものだった。やっぱり、難民の時とは違うのかい?」
「違いますね。難民だったら、どこかに哀愁が漂っていたり、どこかに諦めの雰囲気があったりして後ろ向きな雰囲気なんです。でも、それが一切なかった」
「そうか、リル君がいうんならそうなんだろうね。彼らは集落を出たからこそ変われたんだよ」
出る前に変わった訳じゃなくて、出たから変化があったのかも。環境が変わったからこそ、変わらなくてはいけない状況になったのかもしれない。
その変化は悪い物ではなくて良いもので、心に余裕が出るほどのものだ。環境が変わって大変なのに、あんなに明るく前向きになっていたのはすごいことだ。
集落を出るということはここまで人を変える力があるなんて思いつきもしなかった。平和な時間が失われると思っていたのは、私の思い違いだったのかもしれない。
「集落を離れることでみんなと別れることばかり考えていましたが、その分新しい出会いもあるんですね」
「そうだよ、離れるということは別れだけじゃなくて出会いの始まりでもある。悲しいことばかりじゃなくて、楽しいことだってあるはずさ」
「離れた人たちが元気で過ごしているのを見て勇気付けられました」
「なら、集落は出られそうかい?」
ファルケさんの問いにまだ即答できない。集落を出たみんなが元気で過ごしている姿を見ると自分も、と思う気持ちはあるがみんなとは状況が違う。
集団で出て行ったみんなと一人で出て行かなければいけない私。そして、その先で待ち受けることは人それぞれ違うという考えが私に二の足を踏ませる。
それでも、以前よりは考えが固くならない。もっと柔軟に考えられるだけ、良くなったかもしれない。
「まだ、もうちょっと考えたいです」
「いいんじゃないか。急ぐことではないし、いっぱい悩んでしっかりと決めていけばいい」
答えが出ない私の背中は押すが決して急かさないファルケさん。それがとてもありがたく思えてくる。
「色々と相談に乗って下さってありがとうございます」
「いいんだよ。これも何かの縁なんだから、気にすることはない。さて、そろそろ寝ようか」
「はい」
雑談は終わり寝る時間となった。寝る前の語らいはとても楽しいもので、クエスト生活が充実しているように感じる。最後の商売も気を抜かずに頑張ろう。
◇
次の日の朝、起きると先に馬に水と餌を上げた。この数日間で馬とも仲良くなれた気がしてとても気分がいい。首を撫でると大人しく撫でさせてくれるから嬉しいな。
私が馬の世話をしている間にファルケさんが朝食の準備を進めた。朝のスープにパンだ、集落ではスープだけなのでこの生活でパンも食べられることができて良かったな。
朝食が終わると今度は昨日残った商品を並べる。地面に布を敷き、その上に商品を並べていく。昨日よりも商品が少ないから見栄えよく並べないとね。
ファルケさんと二人で商品を並べ終わる頃には、周囲に村人がちらほらと姿を現す。仕事前に見に来た人たちだろう、そわそわとこちらを見て来ていた。
「おはようございます! エルクト商会の出張所、開店だよ!」
ファルケさんが大声を出して開店を知らせると、遠巻きに見ていた村人が近づいてきた。まだ朝の早い時間帯だからそんなに人はいないけど、これから人が増えそうだ。
これが最後の接客だから、積極的に話しかけていく。まずは挨拶から始めて、それから商品についてうかがいを立てる。話を聞いて希望に近い商品を薦めて値段を伝えていく。
地道な声かけのお陰で朝一番から商品が売れていく。値段の安いものでも高いものでも、自分の声かけがきっかけで売れていくのが思いのほか楽しい。
顏は自然と綻んできて、笑うことができる。自然に出てきた笑顔はお客さんも笑顔にして、とても気持ちが良かった。
「いい商品すすめてくれてありがとよ」
「お買い上げありがとうございました!」
そんなやり取りも楽しい。お辞儀をして見送ると、他の村人がこちらに近寄ってくる姿を見た、それも結構沢山。これからお客さんが増えていくようだ、気合を入れて頑張らないと。
商品の周りには人だかりができてとても賑やかになった。まぁ、その代わり私も忙しくなってしまったけどね。休む暇もないままお客さんと会話をしながら商品を売っていく。
忙しい時間はあっという間に過ぎていき、お客さんがだんだんと減ってきた。接客に余裕が出てくると、今度はお客さんとゆっくりと会話を楽しむ。
日常のことや仕事のこと、最近あった出来事など色んな雑談をしていく。その間もしっかりと欲しそうな商品のうかがいを立てたり、オススメを会話に混ぜたりする。
そんな楽しい商売の時間もそろそろ終わりを迎えようとしていた。沢山並んでいた商品も大分減り、お客さんも残り一人となってしまった。その一人をファルケさんが対応する。
「またごひいきに!」
最後のお客さんが離れていく、とうとうこれで終わりだ。マジックバッグを取り出して、商品を順々に片づけていく。私が商品を片づけている間に、ファルケさんは馬車の用意を進めていった。
片づけるものが少ないせいか商品もすぐに片づけることができた。木箱にマジックバッグを詰めると、今度は木箱を馬車の中に入れていく。そうして、広場には馬車しか残らなくなった。
さぁ、帰ろう。そう思った時、こちらに近づく人影があった。それは元難民の女性たちだ。
「みなさん、どうしたんですか?」
驚いて駆け寄ってみる。すると女性たちは笑顔を浮かべて、こういった。
「リルちゃんのお見送りよ」
「集落に戻っても元気でね」
「また、ここに来る用事があったら顔見せてね」
「みなさん……ありがとうございます!」
最後に顔を見られて良かった。少しだけの立ち話をしたけど、それで十分だった。この村に来ることができて本当に良かったな。




