121.行商クエスト(12)
久しぶりに出会った難民だった人たち。身なりは以前より良い服を着ていて、頬もこけていない。一目で元気でやっていることが窺えた。
「おー、本当にリルちゃんだ」
「リルちゃんも立派になったな」
「今、冒険者なんだって? すげーな!」
仕事が終わった旦那集団に囲まれて頭をがしがしと撫でられる。嬉しいんだけど、力が強いなぁ……でも嬉しい。
「今は冒険者として町の中や外の依頼を受けています」
「あのリルちゃんが町の外の仕事もやっているだと? 想像できんな」
「でも、剣を持っているみたいだし……本当なのか?」
「はい、魔物討伐もしています」
魔物討伐のことをいうとみんな一様に驚いた顔をした。
「だ、大丈夫なのか? その魔物ってあの魔物だぞ」
「大丈夫です。ここまで来る道でも魔物と戦ってきましたし」
「リルちゃんが魔物討伐……やっぱり想像できん」
胸を張って自信満々に魔物討伐をしていることをいうが旦那集団の顔色は良くない。ハラハラとして落ち着かない様子だが、話を聞いていた奥さんたちは強く頷いた後に張り切っていう。
「やるじゃないのさ! あのリルちゃんが魔物討伐をするなんて、胆力のある子だったんだね」
「難民から外向けの冒険者ができるのは初めてじゃなかったかな。すごいじゃないの、リルちゃん」
「あのリルちゃんがね……頑張ったのね」
奥さんたちは感慨深いように言った。一度に沢山褒められて恥ずかしいが、それでも嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「大変なこともありますが、なんとか元気でやってこられました。これも難民のみんながいてくれたからだと思っています」
一人だったら挫けていたかもしれないが、集落での生活が冒険者を続けるための力になっていた。みんなも頑張っているんだから自分も負けないように頑張る、その意識があったからこそ今までやってこられたのだ。
立派になった姿を見てもらいたくて、早速商売を開始する。
「商品を沢山持ってきたので、沢山買っていってくださいね」
「ははは、リルちゃんはしっかりしてるな」
「色んな商品があるから目移りしちゃうわ」
私の一声でみんなは商品を確認しはじめた。その間に他の村人の対応をしたりして、その間にじっくりと商品を見てもらう。
それにしてもみんなが元気で本当に良かった。まだ再会して少ししか経っていないけど、村に馴染んでいるのがよく分かる。他の村人とも楽しそうに話をしているから、心配は必要なかったみたい。
集落を出て元気でやっている姿を見ると、こっちまで勇気付けられちゃうな。きっとここでは見せない苦労もあるんだろうけど、無理はしていないみたいだし安心したよ。
私も集落を出たらこんな風に笑って過ごせるのかな? そうだったら嬉しいけど、でもここまで笑えるようになるのって努力したお陰だと思う。きっと村に来てから色んな努力をしていたんだろうな。
努力次第で環境が良くなることを知ると、私の中で凝り固まっていた集落を出るという恐怖が和らいでいくようだ。そっか、どうなるかは自分次第だよね。
商品を見て楽しそうに選んでいる姿を見ると、とても充実しているみたいだ。集落にいたら絶対にない光景を前にして、嬉しい気持ちが溢れてくる。
集落を出るということはそういうことだ、と見せつけられているみたいだ。難民というあやふやなものではなくて、一人の人間として認められている優越感みたいなものもあるのだろう。
それが心の余裕を生んで、表情や態度に現れていく。だからこんなにも自然体で楽しそうにできているのかもしれない。
集落にいた時とは全然違う態度を見ていて、集落を出るということに興味が湧き始めた。他にも色々な問題はあるのに、それを置き去りにして前向きに考えられるほどこの人たちの姿はとても魅力的に見える。
集落を出ても、私もあんな風に笑えるのかな。お買い物を楽しんで、会話を楽しんで、生きることを楽しめることができるのだろうか。今以上の何かを掴めることができるんだろうか。
「リルちゃん」
「は、はい! なんでしょう?」
話しかけれられてハッと我に返った。
「この生地はおいくら?」
「そちらは、えーっと……4300ルタです」
「そうなの。じゃあ、もう少しお安くならないかしら?」
ちょっとだけ意地悪な笑顔を浮かべてそんなことを言われた。値切り交渉だね、負けていられない。価格表を見ながら、最初に提示する価格を考え始めた。
◇
夕暮れ近くになると村人たちは家に帰って行った。元難民のみんなもそろそろ、と帰ろうとする。
「じゃあね、リルちゃん。お仕事頑張ってね」
「働いているリルちゃんの姿が見れて良かったよ」
「はい、お買い上げありがとうございました。明日の午前中も出張所開いてますので覗きに来てくださいね」
「はっはっはっ、リルちゃんに商売魂が宿っているな」
みんな下ろしていた腰を上げてこの場を後にしようとした。
「あ、あの!」
そこを一声で止める。みんな不思議そうな顔をしつつも待ってくれていた。
「ちょっと今悩んでいることがあって、少しだけ聞いて貰ってもいいですか?」
みんなを見つつ戻って来ていたファルケさんに目配せをすると、親指を立てて了承を得る。するとみんなはこちらに向き直り話を待ってくれていた。
この機会を逃したらもうないと思う。先に難民を脱却したみんなに聞いておきたいことがある。深呼吸をして気持ちを落ち着かせると口を開く。
「冒険者として頑張っているのは難民脱却のためなんですが、いざ集落を出ることを考えたら怖くなってしまって。みなさんは、その……怖くなかったんですか?」
勇気を出して聞いてみた。その話を聞いたみんなは顔を見合わせて、真剣な表情をする。
「難民の集落とはいえ、出る時は怖かったさ。知らない土地で生きていくんだから、怖くないわけがない」
「環境が良くなくても慣れ親しんだ場所だからね、離れる時は寂しいものさ。集落を出る馬車の中で何度もまだ集落にいたほうがいいんじゃないかって思うほどに悩んでいたんだよ」
「新しいところへ行っても成功する保証もないし、しっかりとした生活ができる保証もない。不安だらけだったさ」
吐露してくれた。環境が良くなくても集落は居場所だったから、出るのは勇気がいる。出たとしても本当にこれで良かったのか悩み、苦悩したみたいだ。
難民を脱却したとしても、その先の保証はない。そんな不安だらけの状況だとしても、どうして一歩を踏み出せることができたのだろうか。
「どうしてそんなに悩んでいても集落から出ることができたんですか?」
直球の悩みをぶつけてみた。するとみんなは顔を見合わせて、少しだけ笑った。
「本当の居場所が欲しかったからかな」
「本当の居場所?」
「誰にも侵されない自分だけの場所さ。自分を認めてくれて、自分の存在価値を知れて、自分が必要とされる場所だよ」
「それが本当の居場所?」
「本当の居場所の理由は人それぞれさ。リルちゃんにはあるかい? 自分の居場所がこういうところだっていう考えが」
難民脱却のために集落を出たんじゃなくて、本当の居場所が欲しかったから集落を出た。その話を聞いて始めは意味が分からなかったが、少しずつその言葉が自分の中に溶けて他の考えと一緒に混ざり合っていく。
難民脱却を先に考えているんじゃなくて、居場所が欲しいという考えが先にあったから? 確かに私は難民脱却のことばかり考えていて、先の事は全然考えていなかった。
そこが違ったから、このみんなは集落から出ることができたのだろうか。だから一歩踏み出せることができたのだろうか。私は考え方を間違っていたから、一歩を踏み出すことができなかったのか。
「リルちゃんも集落を出る目標みたいなものが見つかるといいね」
「集落を出るための目標、ですか?」
「そう、なんだっていいんだ。海が見たいとか、大きな町に住んでみたいとか、どんなことでもいい。何か外に繋がる目標みたいなものがあると、一歩踏み出すことができるかもね」
その話には覚えがあった。難民のためを思ってあれこれと手を尽くしてくれた領主さまのためになることをしたい、それが私のささやかな目標だ。
そしたら、私に足りないのは一歩踏み出す勇気……なのかな。




