119.行商クエスト(10)
悩みを吐き出した次の日の朝、いつも通りの朝食を食べ終えた。
「今日の午前中は昨日の売れ残りを出すんですか?」
「そうだね、売れ残りと次の村で売るはずだった物も少しは並べていこうと思うんだ。リル君は昨日の残りを並べて貰って、僕は違う商品を見繕って並べるよ」
「分かりました」
食器を洗い終えてから仕事の話をする。昨日の残った商品を思い出すと、品切れの商品もあったはずだ。その商品を補充する目的で次の村で売るはずだった商品を並べるのだろう、売れる時に売っていくんだなぁ。
早速商品を置く布を敷くと、その上に商品を並べ始める。その途中周りを見てみるとちらほらと村人がいたのが見えた、開店するのを待っているのかな?
仕事に行く前に見に来ているのかもしれない。そしたら早めに並べ終わらせないとね。集中して次々に商品を並べ、最後の商品を綺麗に並べ終えた。
「商品並べ終えました」
「そしたら、開店の挨拶をしてもらってもいい?」
「私がですか? ……分かりました、頑張ります」
始めの一声か緊張するな。
「おはようございます、エルクト商会の出張所開店いたします! お昼にはここを出て行ってしまうので、買いたい物がありましたら今の内に買っていってくださいね!」
声を張り上げて挨拶をした。すると遠巻きに見ていた村人が集まり出す。
「うん、いいね。さて、できる限り売って行こう」
「はい!」
「お客さんへの声かけも頑張ってね」
「頑張ります!」
さぁ、お仕事の時間だ。
◇
「ねぇ、この靴なんだけど違う大きさないかしら」
「今確認してきますね。ちなみになんですけど、この靴より大きいのと小さいのどちらがいいですか?」
「小さいのでお願いするわ。子供が履けるようなものをお願い」
「かしこまりました」
在庫あったかな、ファルケさんに確認してみよう。
「ファルケさん、靴の在庫ってありますか?」
「あるよ。後ろの木箱に入っている赤色のマジックバッグに入っているから、探して貰ってもいい?」
「分かりました」
言われた通りに赤色のマジックバッグを取り出して、中を漁って確認をする。えーっと、靴、靴。
「ねぇ、お母さん。子供も働いているよ」
「そうね、でも大きなお姉さんだから働けているのよ」
「ふーん」
お客さんの子供が不思議そうにこちらを見てきていた。村からしたらこの年齢でお店に立つことが珍しいのかな。そう思いながら、マジックバッグから靴を取り出していく。
「お待たせしました。こちらとこちらの二つが丁度いい大きさだと思います。試し履きしてみますか?」
「そうね、貸して貰えるかしら」
「はい、どうぞ」
靴を手渡すと早速子供に試し履きを始めた。その間、子供はじーっと私を見続けている。
「お姉ちゃん、なんで子供なのに働いているの?」
うっ、答えにくい質問がきた。そのまま言ってもダメだろうし、なんか捻った言い方ないかな。
「ほ、ほら! 君もお手伝いをする時だってあるでしょ、それと同じだよ」
「お手伝いとお仕事は違うよー」
「そうだね……うーん」
中々鋭いな。何か話を逸らせるような話題は……
「このお姉さんはね一人で暮らしていけるように頑張って働いているんだよ」
突然、ファルケさんが話に入って来た。驚いて振り返ってみると、いたずらが成功したような子供っぽい笑顔を浮かべている。
「えー、そうなの! お姉ちゃん、一人で暮らすのー?」
「え、えぇ……まぁ」
すると子供は驚いた顔をして、楽しそうにおしゃべりを続ける。
「一人って大変なんだよー。あれもこれもやらないといけないし、ご飯だって作らなきゃいけないし」
「この靴にするわ」
「ねぇねぇ、お母さん。このお姉さん一人で暮らすんだってー」
「へぇ、すごいじゃない。頑張っているのね」
お母さんから靴を手渡された後も子供ははしゃいで話す。
「一人で暮らすのって大人にならないとできないって言ってたから、お姉ちゃんはすごいなぁ。僕も頑張ったらできるかな」
一人暮らしに憧れでもあるんだろうか、子供は羨ましそうにこっちを見てくる。その間に靴のお会計を済ませておく。
「ねぇねぇ、僕も一人で暮らしてみたいー」
「あんたにはまだ無理よ。このお姉ちゃんみたいに計算もできないといけないんだからね」
「えー、まだやらなきゃいけないことがあるのー」
「そうよー、一人で暮らすのって大変なんだから」
ぐずる子供を簡単に宥めたお母さんはこちらを向く。
「ごめんなさいね、おしゃべりで」
「いえ、私は大丈夫です」
「一人で暮らすのって大変だと思うけど、頑張ってね」
「は、はい。お買い上げ、ありがとうございました!」
お母さんの優しい言葉にお辞儀で返すしかできない。精一杯のお礼をいうと、その親子はこの場を去って行った。
一人で暮らす、か。確かにそれが目標だったし、町に住むってことはそういうことだ。今の状態では想像すらできないけど、それが目標だったんだもんな。
ちらりとファルケさんを見ると、ウインクを返された。うぅ、これが背中を押されるってことなのかな、ちょっと落ち着かなくなる。
「なぁ、この値段はいくらだ?」
「あぁ、すいません。えーっとですね」
そんな悩みもお客さんのかけ声で一旦止まる。商品と価格表を見ながらお客さんに金額を伝えた。今は仕事に集中だ。
◇
午前中の開店でもそこそこ売れた。売れ残ったのは三分の一くらいで、ファルケさんがいうには上々の売り上げだったらしい。
商品をマジックバッグに片づけると、パンとハムとチーズだけの簡単な昼ごはんを食べた。それが食べ終わると、とうとうこの村ともお別れだ。
荷物を全て馬車の中に詰め込んで、私は馬車の中にクッションを敷いて座る。
「次の町に出発」
ファルケさんが鞭を打つと、馬は嘶いた後にゆっくりと歩き出した。馬車の後ろから見る村の景色はのどかで平和そのものだ、先ほどまでにぎやかだったのが嘘みたい。
色んなお客さんがいて大変だったけど、悪い人はいなかった。初めて町以外の人と交流が持てた事によって、少しは外への恐怖も減っている。
ファルケさんが昨夜言っていた通り、町の外は怖い物ばかりではない、ということが分かって良かったと思う。それでも、それが全てじゃないっていうことも分かっているつもりだ。
今回の交流で少しだけ外への恐怖が減ったのは良かった。このクエストを受けていなければ、ずっと町の中と近隣の外だけで完結した日々を送っていただろう。
少しでも外に足を向けたことによって、私の意識が少しだけ変わったような気がした。それが心の中で少しの余裕を生むきっかけにもなる。
次の村には一体どんな人がいるんだろう。外への期待が少しだけ膨らんでいくのを、馬車から見える景色を見ながら感じていた。




