117.行商クエスト(8)
「そろそろ、僕は商品を卸しに行ってくるよ」
「あ、はい。いってらっしゃい」
ファルケさんはいくつかの木箱を馬車に詰め込むと、馬車を動かして行ってしまった。残された私、一人になって心細いけど信頼に応えるためにも頑張らないといけない。
昼を大分過ぎた頃になると、村人が目に見えて増えてきた。畑仕事から帰ってきたのか農具を片手に遠巻きにこちらを見てくる人が沢山いる。その人たちは一度家に帰ってきてからここに来そうだ。
しばらく、お客さんとやり取りをしているとその予感は当たった。仕事から帰ってきた人たちが集まりだして、商品の周りにはあっという間に人だかりができてしまう。
「これください」
「はい、そちらは」
「こっちも買いたいんだけど」
「分かりました。少々お待ちください」
一気に忙しくなってきた。お客さんから買いたい商品を受け取り、値段を確認してお会計をする。商品を渡すと、すぐに違うお客さんの対応を始めた。
休む暇もなくひたすら商品のお会計のやり取りを進める。自分でも訳が分からなくなるくらいに忙しい、けど会計を間違えないようにしっかりと計算をした。
そんな忙しい時に早速アレがきた。
「ねぇねぇ、この布はおいくら?」
「そちらは、えーっと……4000ルタです」
「えー、ちょっと高いわね。少し安くならない?」
初めての値切り交渉だ。チラっと価格表を見てみると、限界価格は3650ルタになっている。始めはちょっと高めに言うんだったけな。
「そうですね……3850ルタでいかがでしょう」
「うーん、まだちょっと高いわ。もうちょっと安くならない?」
「もうちょっとですか。うーん……3800ルタでどうです?」
「もうちょっと安くしてよ~」
くっ、手ごわい。
「では、思い切って3700ルタでどうです?」
「まぁ、それぐらいだったらいいわね。その値段で頂戴」
「ありがとうございます」
ようやく値切り交渉が成立した。もっと話術のスキルがあれば、早めに納得してくれたのかな、話すのって難しい。
お金のやり取りをして商品を渡すとその女性は嬉しそうにその場を離れた。
「ねぇねぇ、このフライパンも安くなる?」
と、そのやり取りを見ていた他の女性も値切りの話を持ちかけてきた。価格表を見て限界価格を確認する、3800ルタか。
「元々の値段が4300ルタですね。それでは、4150ルタでどうですか?」
「うーん、安くはなってるけど、もう少し頑張れない?」
「これ以上ですか? うーん、じゃあ4000ルタピッタリでどうでしょう?」
「もう一声!」
「もう一声ですか、厳しいですね。ん~~……3900ルタ、400ルタの割引ですよ!」
「いいわね、それで頂戴」
「ありがとうございます」
こっちのお客さんも粘るな……でもなんとか限界価格の前で終わらせることができた。会計をして商品を渡すと、嬉しそうに帰って行く。
「こっちの商品はおいくらだい?」
「えーっと」
「こっちはいくら?」
「おまちください」
休んでいる暇はない。どんどん質問をされて価格表とにらめっこしながら、価格を伝えていく。それが終わってもすぐに商品の質問を受けたり、会計をして商品を渡したりする。
そんな忙しい時間が過ぎていく。
◇
辺りが夕暮れに染まる頃になると、商品を囲んでいた村人たちは家に帰って行った。沢山並べられた商品も半分以上がなくなっている。
村人はもういないし、商品をしまってもいいのかな。そう思っている時、馬車の音が聞こえてきた。視線を向けるとファルケさんがようやく戻ってきたのが見える。
馬車はゆっくりと傍で停車して、御者台からファルケさんが降りてきた。
「お疲れ様。そこそこ売れたようだね」
「はい。商品を片づけますか?」
「そうだね、お願いできるかな。僕は売り上げを数えているよ」
ファルケさんにお金の入った箱を渡し、私はマジックバッグを手にした。マジックバッグの口を広げて、残った商品を順番に入れていく。全て入れ終わる頃には少し薄暗くなっていた。
「ファルケさん、終わりました」
「あぁ、ありがとう。こっちはもうちょっとかかるから先に休んでいてもいいよ」
「でしたら、どこかに井戸とかありませんか? 洗濯をしておきたいです」
「それなら、あっちのほうに井戸があったから使ってもいいんじゃないかな」
「なら、行ってきますね」
指された方向を見ると、遠くに井戸が見えた。暗くなる前に終わらせておかないと、駆け足で井戸に近づいていく。
井戸は家屋が密集する端にあり、周りには草が生い茂っている。井戸に辿り着くと、背中のマジックバッグを取り外して中に手を突っ込む。
いつも使っている洗濯桶を取り出して地面に置くと、井戸に手をかける。井戸の釣瓶桶を放り込んで紐を何度か揺らすと一気に引き上げていく。引き上げると洗濯桶に水を入れるが、もう一杯必要だ。
同じように井戸から水を汲み上げて、洗濯桶に入れると水がいっぱいになった。今度はマジックバッグの中から脱いだ服を二着取り出して草むらの上に置く。
それから洗濯桶に一枚ずつ入れて水洗いで汚れを落としていく。戦闘で魔物の血も少しついちゃったから、そこを重点的にゴシゴシと洗っていく。
手早く他の服も洗うと洗濯は終わった。いつも洗剤があればいいなって思うんだけど、水洗いでなんとかなっているから買っていない。うーん、買うべきか。
洗剤のことを考えながら服を絞っていく。生地が傷まないようにできるだけ優しく、でも水は絞り取るようにギュッと絞る。
全部の脱水を終えて、洗った服をマジックバッグに入れる。洗濯桶を少し離れた位置にまで持っていき水を捨てて、洗濯桶をマジックバッグに入れた。
辺りを見てみるとすっかり暗くなってしまっていた。急いで馬車へと戻っていく。
すると、馬車の辺りが魔石ランタンで明るくなっているのを見た。分かりやすい目印にまっすぐに向かう。
「お待たせしました」
「大丈夫だよ。洗濯物を吊るすんだよね、馬車の内側に釘を打ってあるからそこに引っ掛けて使ってね」
「ありがとうございます」
ファルケさんは発火コンロを用意して夕食の準備をしていた。これからスープを温めるらしく、マジックバッグから鍋を取り出しているところだ。
その間に洗濯物を干してしまおう。馬車の中に入ると釘を打っているところを探す。魔石ランタンの灯りで照らされているから、簡単に見つけることができた。
マジックバッグの中から紐と先ほど洗った洗濯物を取り出すと、背伸びをしながら紐を釘に括りつける。ピンと紐を張ると、今度は洗濯物をしわを伸ばしながら干していく。
結構高いから背伸びをしないと手が届かない。なんとか全ての洗濯物を干し終わると、頑張ったふくらはぎが痛かった。
干し終わって馬車から出ると、ファルケさんがお椀にスープを盛っているところだ。
「終わった? はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、食べようか」
スプーン入りのお椀を受け取ったあと、水入りのコップも手渡される。地面に座ると早速食べ始める。
メニューは昨日の夜に食べたスープと同じもの。どうやら夜のスープと朝のスープと二食のスープがあるみたいだ、違う味でありがたいな。
「明日は午前中に開店して、午後になったら出発するよ」
「滞在は短いんですね、もう一泊するんだと思ってました」
「村にはそんなに人がいないし、商店にも商品を卸したからそれくらいで十分だよ。あんまり長居してそっちに恨み事を言われたくないしね」
確かに、ここで商売をするってことはそういうことなんだろう。その辺がファルケさんは上手いことやっていけてるから、卸しと商売ができているんだろうな。
「上手いこと取り入りながらいかないと難しいからね。冒険者だって、違うところで活動する時は大変だろう? いずれ町を出て、違うところで活動するなら周りに気を配ることも必要だから覚えておいて」
その言葉にスープを食べる手が止まった。
「えっと、あの……」
とっさのことで上手く言葉がでない。今一番悩まされている話題に笑顔が引きつってしまう。




