112.行商クエスト(3)
配給を食べ終えた私は、後片付けを手伝い集落を後にした。集落から町へ、西門から南門へ移動する。南門に到着したがファルケさんはまだいなかった。
やっぱり早かったか。そう思った私は背を壁に預けてボーッと待つ。まだ行き交う人が少ない時間帯、空を見上げて時間が経つのを待った。
流れていく雲を見ていると、蹄の音と車輪が動く音が聞こえてきた。視線を下げてみると、南門へ向かって進んでくる幌馬車を見つける。
御者台には青髪の人が乗っていて、顔ははっきりと見えないがファルケさんっぽい。黙って待っていると、その人が手を振って声を上げる。
「おはよう、リル君!」
まだ遠い場所からそんな風に大声を上げられた。なんだか恥ずかしい気持ちになって、体を縮こませる。
だんだん近づいてくる馬車を待ち、傍で停車してから声をかける。
「ファルケさん、おはようございます」
「今日からよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「御者台は一人用だから、馬車の後ろから中に入って貰っていい?」
言われた通りに馬車の後ろへ行った。後ろから中を見てみると、幾つかの木箱が乗せられているだけでかなり広い。本当にこの中に必要な荷物が入っているんだろうか、と疑ってしまう。
取り付けてあった足かけに足を乗せ、馬車を掴んで体を片足で持ち上げる。空いた片足を馬車の中に入れると、次に体を馬車の中に入れた。
中は自分が立ち上がれるくらいの高さがあり広々としている。そのまま馬車の前側に進んでいくと、御者台に座っているファルケさんがこちらを振り向く。
「じゃあ、出発するから座って。立っていると転んで危ないから」
「分かりました」
背中のマジックバッグを外して、中からクッションを取り出す。それを床に敷くとその上に座った。
「よし、出発だ」
ファルケさんが鞭で軽く馬の尻を叩くと馬車は動き出した。まずは石畳の道を進み南の門を出て行く。出て行くとすぐに石畳の道がなくなって土の地面になる。
ガタガタと馬車は揺れて町を離れていった。
◇
馬車の旅は順調に進んでいった。特にやることもなくボーッとしながら馬車の中で座っているだけ。でも座っているとだんだん体が痛くなってくる。
クッションが無かったらお尻は擦れて危ないことになっていた。馬車の揺れが体力を奪っていくようだ。
「ふふっ、馬車の旅は初めてかい?」
唸っている声を聞かれてしまったみたい、恥ずかしい。くすくすと笑いながらファルケさんが話しかけてくれる。
「はい。座っているだけなのに、大変ですね」
「そうなんだよ、馬車に乗るって結構大変なんだ。もし座るのが辛かったら、外を歩いてもいいよ」
「我慢できなかったらそうさせてもらいますね」
そっか、外を歩いても大丈夫なんだ。まだ大丈夫そうだし、我慢できなくなったら外を歩いてみよう。馬の歩幅だから、ちょっとした早歩きになりそうだけど。
「そういえば、荷物が少ないですね。もっと沢山積んでいると思ってました」
「マジックバッグを使っているからね、馬車の中はそんなに荷物が入っていないんだ。それでもマジックバッグに入らなかった物は外に置いているけどね」
「マジックバッグも高いから気軽に買い足せませんしね」
「そうそう、あればいいんだけどそう簡単には買い足せないしね。それにマジックバッグは消耗品だから、いつか買い換えることも考えないといけないのが辛いところだよ」
マジックバッグって消耗品なんだ。あの魔法の力は永久ではないってことかな、そんなことなんてあるんだ。まだまだ知らないことがあるなぁ。
「使っていると魔法の力が衰えていくからね。ほら、マジックバッグの中古品ってあるだろ? あれも機能が落ちたから売りに出されたものなんだよ」
「そうなんですね。私のマジックバッグも中古品で、機能は中くらいでした」
「機能が中くらいなら、売ったのは商人だろうな。買い替えが早い方が高く売れるし、その分売ったお金で新しいものを安く買えるようになるからね」
高く売れる内に売るか、その辺りは商売人なんだなぁ。そうすると中古品に並んでいた機能が低いのって、冒険者が買い替えのために売ったものなんだろうか。
私のマジックバッグも高く売れる内に売った方がいいのか、それともギリギリまで使い倒すか……悩むな。使っていればその内買い換えるきっかけに出会いそうだから、今はこのままでもいいかな。
「もう少ししたら休憩がてら昼食にしよう」
「そうですね。私が御者台に乗れればファルケさんも楽できたのに、ごめんなさい」
「いやいや、気にしないで。御者は僕の仕事なんだ。まぁ、時々奥さんがやってくれることもあったけどね」
ということは、奥さんが魔物討伐の役目も担っていたことになるのかな? 商売もできて魔物討伐もできる奥さんか、どんな奥さんなんだろう……気になる。
「奥さんが魔物討伐とかもしてくれていたんですね」
「そうなんだよ、元々冒険者だったんだけど僕が一目惚れしてね、結婚して冒険者をやめさせちゃったんだ。でも、その経験を生かしてくれて行商の手伝いをしてくれているんだよ」
ファルケさんは奥さんについて熱く語りだした。語るっていうか、ほとんどノロケだったけどとても楽しそうに話してくれる。
それを聞いていたらあっという間に昼食の時間になった。道を外れたところに馬車を移動させて、ファルケさんは馬車から降りると馬を幌馬車から外す。
「リル君、木箱の中から緑色のマジックバッグを取ってくれないかい」
「分かりました」
馬車の中にいた私は木箱の中から緑色のマジックバッグを探す。えーっと、これじゃない。これじゃない……あった、これだ。
持ち上げてみるとずっしりとして重い、両手で持たないと落としそうになる。慎重に馬車の後ろに持っていき、一度床に置く。それから自分が馬車から降りて、再びマジックバッグを持ち上げてファルケさんのところまで持っていった。
「持ってきました」
「ありがとう、地面に置いて。今、こいつに水と食事をあげるから、その後に昼食にしよう」
地面にマジックバッグを置くと、ファルケさんが中に手を入れてバケツを取り出した。次に重そうにして小さな樽を持ち上げる。
樽の栓を抜き、バケツに水をたっぷりと注ぐと、バケツを馬の前に置いた。すると、それに気づいた馬がバケツに顔を突っ込んでゴクゴクと飲み始める。
次にマジックバッグから大きな袋を取り出す。その中に手を突っ込むと、枯草が出てきた。その枯草をバケツの横に積んだ。
「よし、こいつはこれで完了。僕たちも昼食を食べよう」
ファルケさんがマジックバッグに手を突っ込むと、大きなシートが出てきた。
「あ、私が敷きますね」
「よろしく頼むよ」
ファルケさんからシートを受け取り、草の上に広げる。しわがつかないように、端を引っ張って……うん、いい感じだ。
それからシートの上に脚と蛇口がついた樽を設置して、シートの上に腰を下ろす。ファルケさんにコップと紙に包まれたサンドイッチを貰った。
「このサンドイッチ、妻の手作りなんだ。とっても美味しいよ」
「そうなんですね、いい奥さんですね」
手作りのサンドイッチか、美味しそうだ。蛇口からコップに水を入れ、二人でシートの上に寛ぎながらサンドイッチを頬張る。
酸味と甘みを感じるソースが塗られた野菜たっぷりのサンドイッチは美味しかった。




