1 演劇 ※ 藤嶋慎吾視点
こんなところまでようこそお越し下さいました
「おじゃましまーす」
「あれ、水無月先輩、どうしたんですか?」
12月の下旬。
クリスマス前のとある日曜日。
久しぶりに友人の水無月啓一と会って外で昼ご飯を食べた後、奴を我が家へと招待した。
「優ちゃん、久しぶり」
「あっ、はい、お久しぶりです」
高校時代はしょっちゅううちに来ていたので啓一も優とはそれなりに顔を合わせていたが大学に進学してからはお互い違う大学ということもあって以前のようなことはなくなっていた。
いや、もっと直接的な理由があったか。
「水無月先輩、ご婚約されたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとう、あっ、これ皆さんでどうぞ」
そう言って啓一は優に紙袋を渡した。
うちに来る途中で買った手土産だ。
「あっ、菓子の家だ」
目ざとく紙袋の『菓子の家』のロゴを見て優がそう声を上げた。
最近人気のお菓子屋さんらしく、そういえばサラも好きだと言っていた記憶がある。
「じゃあ、俺たちは部屋に行くから」
「はいはーい、じゃあお茶の準備をするね~♪」
優が紙袋を片手に鼻歌を歌いながら台所へと踊りながら向かっていった。
そんなに嬉しかったのだろうか。
そんな妹の後ろ姿を後目に俺は啓一を部屋へと案内した。
「何か申し訳ない気がするな」
「何がだ?」
「いやー、だってさ。藤嶋さん、いや、お前も藤嶋だったな。紗良さんにちょっとな……」
「何でここでサラが出てくるんだ?」
「いや、お前、気付いてないかもしれないけど部屋の空気がもうな……」
「?」
啓一が部屋に入るなり落ち着かない様子でそう言った。何か言いたそうにしているが、まあいいだろう。
今日、啓一がうちに来たのはそれなりに理由がある。
「コレが台本だ。ああ、これコピーね」
「薄いな」
「そりゃあ、慎吾は紗良さんの台本読み? に付き合ってるんだろ? プロのと一緒にするなよ」
啓一が出した台本は子供向けの演劇の台本らしい。
啓一曰く、年末に実家に帰省する予定らしいのだが、そこで件の婚約者さんがボランティアで地域の子供たちに向けて劇をするらしいのだ。それに啓一も参加するんだとかなんだとか。
「それにしても変な時期にするんだな」
「聞いたところだと親たちが正月の準備をするのに忙しいから代わりに小さな子供たちの面倒をみるというのが始まりみたいなんだ」
なるほど。
都会では正月準備といってもデパ地下でおせちの予約をするくらいなものだが田舎では昔ながらで自分たちで作ったり帰省する親族を迎える準備をしたりということがあるのだろう。
「ここだったら多少大声出しても外には漏れないからな」
「おまえんち何でそんな造りになってるんだ?」
うちのマンションは前の住人というか所有者がピアノを弾く人だったらしく、完全防音仕様にしているので家の中で少々大きな声を出しても外にはまず漏れない。
そんな訳でカラオケボックスで練習しようとしていた啓一にうちに来ないかと誘ったというのが事の次第だ。
まあ、俺も長いことサラの練習に付き合っていてそんじょそこらの連中に後れをとることはないだろうと自負している。
そんなわけで練習に俺も付き合うことにして啓一には上から目線でしっかりと指導してやろうと思っていたりする。
――コンコン
ドアがノックされたので俺は立ち上がってドアを開けた。
「お茶の用意ができたよ~」
「おお、ありがとう」
優はお盆に紅茶の入ったカップ3つと啓一が買ってきた焼き菓子が盛られたお皿を乗せている。
多分手が塞がっているだろうと思ってドアを開けて優を部屋へと迎え入れる。
いや、以前に『入っていいぞ』とだけ言ったら、後でしこたま『今わたしがどういう状況なのか分からないの?』とお叱りを受け『想像力が欠如している!』と滅茶苦茶ダメ出しされたのでそれ以降はそういうことがないようにしている。
お盆の上にカップが3つということは優もここで一緒に一服するということなのだろう。
「それで今日は何してるの?」
優が紅茶の入ったカップを手に持って俺たちに聞いてきた。
「劇の練習だよ」
「劇? 誰が?」
優に疑問に俺は啓一を指さして答えた。
「なるほど、子供向けの劇ね~」
優は啓一から説明を聞くと2つ目の焼き菓子に手を伸ばしながらそう言った。
というか2つ目いくのか。
「そういうわけでちょっとうるさいかもしれないけどごめんね」
「いえいえ、結構なモノをいただていますのにお気になさらず」
優は手に持った2つ目の焼き菓子を幸せそうに食べ終わるとすすっと部屋から出ていった。
「じゃあ、練習するか」
題材はメジャーな日本の昔話だった。
啓一の役どころは地元民ではないということもあってかモブのちょっとした役どころで正直そんなの適当にやってればいいだろうと思うような役だ。
しかも子供向けの劇なわけでそこまで練習が必要とは思えなかったんだがこいつは根っこが真面目な奴だから手は抜けないのだろう。
口には出さないがこいつのそういうところは俺としても好感を持っていたりする。
――ピンポンピンポンピンピンポ~ン
通しで何度か練習し終えた頃、誰かがうちのインターホンを連打した音がした。
その瞬間、俺は誰が来たのか分かった。
うちの家のインターホンをそんなアホみたいに押す奴は一人しかいない。
部屋の外の様子を伺えば優が対応しているようだ。
俺は直ぐにこの部屋へ来るだろう人物を迎えるためドアにへと視線を向ける。
啓一は誰か来たのか? という表情。
まあ、そうだろうなと俺は苦笑した。
――スタスタスタスタ
と廊下を速足で歩く音がしたかと思えばすぐにガチャリと部屋のドアが開いた。
おいおい、ノックくらいしろよ。
「劇の練習をするのに私をハブるとはやるじゃない、大女優様が来てやったわよ!」
そのドアを開けて現れたのは俺の彼女様だった。




