肆之伍 脅威
「まず、君の『分身』についてだが、恐ろしいまでの再現度だった」
そう切り出されて、私は雪子学校長に『分身』を預けたのを思い出した。
「一応、私に出来る範囲の確認はしたので、もう消して貰って良いぞ」
私はその言葉に頷くと頭の中で分身が消えるように念じる。
直後、昨日の夜よりもはっきりと紐状に解け消えていく自分の分身のイメージが頭に過り、私は確かに『消えたこと』を知覚した。
「あの……」
一応報告しようと声を掛けた私に、雪子学校長は「うむ。少し待ってくれたまえ」と短く制してくる。
私が言われたまま待っていると、懐から取り出したスマホを不慣れな手つきで操作し始めた。
そこから少し盛大に息を吐き出した雪子学校長は「確認出来たぞ!」ととても誇らしげにスマホの画面を私に見せてくる。
画面を覗けば、雪子学校長の部屋のベッドが映し出されていた。
ただ、布団の形が少し不自然な盛り上がりとへこみがあって、そこに私の分身が寝かされていたんだろうと想像がつく。
という状況は理解出来たのだけど私には、スマホ操作を一人でやり遂げてご満悦……にしか見えない雪子学校長の自慢げな様子の方が気になって仕方が無かった。
見た目では下手すると結花さん、舞花さん姉妹よりも年下に見えるので、つい頭を撫でたくなってしまう。
しかし、つい直前に好奇心に呑まれないと違った今、手動を抑えて堪えることが……。
「卯木くん」
私が理解していないと思ったのか、いつの間にか表情が暗くなってしまっている雪子学校長に、私は慌ててフォローに入る。
「あ、いえ、このベッドに『分身』が寝かされてたんですよね」
「うむ」
吃驚する程抑揚の無い雪子学校長の返事に、私は慌てて話を付け加えた。
「それにしても、雪子学校長が映像を見せてくれたお陰で、実感が正しかったと確認出来ましたありがとうございます」
すると、雪子学校長から返ってくる「うむ」という声が少し明るくなる。
こうなるともう少しという思いが湧いてきて「私よりもスマホの操作、早かったです!」と付け加えてしまった。
行った後で、早速好奇心に穴が得ていない自分に気付いて嫌悪感を抱いたモノの、雪子学校長の「花子に習ったからな」という言葉に、少しほっこりしてしまう。
そんな私に、花子さんはスマホを操作して別の画像を見せてきた。
ついつい頭を撫でたくなるが、私は画像へ無理矢理意識を向ける。
「君の着ていた制服のスカートのタグなんだが……」
そう言われて、ピクリと体が震えた。
雪子学校長の提示した写真は、タグが二つ比較しやすいようになれべられているだけだが、その橋に見える白というか、薄いオレンジというか……肌色が映っていて、それが分身とは言え、自分の太ももではないかと思うと、意識がそちらに引っ張られてしまう。
妙にドキドキしながら黙っていると、雪子学校長はぎこちない動きで写真を拡大してくれた。
もちろん私の気持ちを察してというわけではなく、単純によりわかりやすくするために拡大してくれたのだろう。
ただ、肌色が見えなくなっただけだが、私は落ち着きを取り戻せたので効果は絶大だった。
「見て欲しいのはここだ。この成分表示にかすれがあるだろう?」
「確かに、ありますね」
私の返しに雪子学校長は深く頷いて「つまりそういう事だ」と言う。
けど、残念なことに、私には雪子学校長の言いたいことが理解出来ず、どういうことだろうと首を傾げてしまった。
とても申し訳ないと思っているので、呆れた目を向けられるのは心外ではあるものの、そのまま流すわけにも行かないので、大人しく「どういうことでしょうか?」と続きの言葉を求める。
「君はこのことを知らなかっただろう?」
そう切り出してくれたことで、一瞬で察することが出来た私は「あっ」と思わず声を出した。
雪子学校長は私の反応に手応えを覚えたらしく、大きく頷く。
私は自分の考えが正しいか確認するために、思い至ったことを言葉にしてみた。
「自分でも知覚していなかった部分も、完璧にコピー出来ていたということですね」
雪子学校長は数度頷いてから「この分身の服を出現させる時、君はどんなイメージを抱いていた?」と質問してくる。
言われて、私は「最初は分身を出現させようとして、そ、その、裸で出てきてしまったので、慌てて『服』と念じただけで……」と少し取り乱しながらも状況を伝えた。
「つまり、卯木くんは『服』と考えただけで、最早同一と言って良い程の完璧な複製を作り……いや出現させているというわけだ」
雪子学校長にそう言われたことで、私は徐々に凄いことをしていたような気分になってくる。
そんな私に雪子学校長ははっきりと言い切った。
「正直、君の力は現時点で、既に異常と言って良い程強力だ。狐火、稲妻、狐雨、分身、変化、透明化、狐への獣化……扱いを間違えれば、君自身だけで無く、周りを巻き込んで破滅を呼び込みかねない強力な力だ」
ズンと胸に大きな重しを落とされたような衝撃がある一言に、私は一歩後退る。
そこまで深く考えていなかったのもあるが、何よりも『周りを巻き込んで破滅する可能性』があるという指摘が、私に強い恐怖を抱かせた。




