参之拾 朝を迎えて
「おはようございます」
「ふぇっ!?」
鼻と鼻がくっつきそうな直近で、花子さんに朝の挨拶をされた私は飛び起きることとなった。
どうしてこんな状況になっているのか、思考の全てを塗りつぶしてしまった白い衝撃を、引き剥がしながら記憶を辿る。
曇りを意識した結果、雲を出してしまったことで、雪子学校長からテンションが上がりすぎていて危険と判断され、特訓は中止となった。
それから、当初の予定通り、花子さんの部屋に泊めて貰うことになってと、記憶を辿ったことで、幾ばくかの冷静さを取り戻した私は、やはり現状がおかしいという結論に達する。
「えっと、花子さん、別々の布団で寝ましたよね?」
「はい。そうですね」
私の言葉に、花子さんは満面の笑みで頷いた。
そこに悪びれる様子など微塵も含んでいない。
「何故、私の布団の中に?」
「就寝中に変化が解けてしまった場合、近くにいる間に影響が出るのかという実験です」
まったく淀みの無い花子さんからの説明に、私はなるほどと思ってしまった。
「ちなみに、変化が解除されることも無く、髪も黒いままですよ」
私の頬に触れた後、花子さんの手は頭に伸びて髪に触れる。
それから、花子さんは自分の方へ手を引くようにして、私の髪を私の視界に収まるように誘導した。
私が自分の髪に視線を向けると、花子さんはゆっくりと回転させて、手を開いていく。
重力に引かれて、花子さんの手を滑り落ちていく髪は、自分のモノとは思えない程サラサラと輝いていた。
「凄く綺麗な髪で、羨ましいです」
溜め息交じりに花子さんにそう言われた瞬間、何故か胸がドキッと高鳴る。
直後、花子さんの目がじっと私を見詰め、ドキドキはより強くなった。
またも思考が白く塗りつぶされそうになった私は、流されまいと心の中で踏み止まる。
そして、懸命に頭を回転させて、それなりの理屈をひねり出した。
「い、イメージ! テレビのCMでみたイメージが反映されてるんじゃないかと思います!」
すると花子さんは、私の髪を話して、ポンと両手をたたき合わせる。
「なるほど、確かにシャンプーやコンディショナーのCMでは、綺麗な黒髪を強調しますね」
花子さんが同調してくれたことで、何故か私の気持ちは軽くなった。
そんな自分の心の動きや感情の変化や流れが、自分自身でも上手く理解出来なくて、戸惑ってしまう。
こんな所でも、改めて自分自身が、コレまでと違う存在になったのだと私は再認することになった。
「一人で着替えられますか?」
「だ、大丈夫です」
昨日、結花さん、舞花さんの二人に会ってしまったので、今日から私の方は教室に転校生として参加することとなった。
一方、京一の方は、雪子学校長のお使いで町に出向き、運悪く車にはねられて入院と言うことになっている。
そんなわけで、朝から制服を着る事となった。
まあ、昨日制服姿で結花さんと舞花さんには会っているので、今更制服が無いというのは通用しない。
それに加えて、私の服といえば、特訓用の体操服とパジャマ代わりにもしているシンプルなワンピースしかないので、教室に出向く事を考えると、むしろ制服があって良かった。
花子さんはブラウスのボタンの留め方が、男性モノと女性モノでは左右逆転しているので、やりにくいのではないかと心配してくれたが、ボタンホールにボタンを通すだけなので、左右の違いはそれほど苦にならない。
スカートの方は、花子さんに教えて貰ったとおり、最初に吊り紐で支えてから、位置を調整してホックを留めて、スカートのファスナーを上げるだけなので、対して難しくは無かった。
どちらかというと、ダブル構造になっていて、男女で前に出すのが逆になる襟なしのブレザーの方が厄介だった。
これまで、幸いと言うべきか、合わせを反対にすることで、男女それぞれに対応している衣服というのを身に付けてこなかったので、うっかり間違えそうで怖い。
ちなみに、攻略法として、ブラウスの合わせを確認して、同じように右側を前にするというカンニング戦法を考案したので、慌てなければ大丈夫の筈だ。
更に靴下なんかは、別に男女差があるわけではないし、膝下までのものが制服とセットで支給されているので、そのままきっちり履くだけで問題ない。
ここまで密着する衣服を身につけたことは無かったので、スカートの下に履くスパッツに、多少の違和感があった。
ただ、これは女子生徒としてのエチケットであり、女生徒が多いとはいっても、東雲くんもいるので気を遣うようにと花子さんから着用を厳命されている。
別に多少の違和感があるとは言え、動きを阻害したりはしないし、昨日の経験で言えば、履いているうちに慣れて意識が薄れてくる類いのモノなので、数日後には普通になりそうな感覚があった。
いずれにせよ、制服への着替えは一人でも簡単にこなせたので、少し得意になっていた私だが、難敵は着替えの後に待っていたのである。
「それじゃあ、髪を結びましょう」
「え?」
「凛花さんは髪が肩より長いので、ちゃんと結ばないとダメですよ」
花子さんの言葉に、私の目は点になった。
「校則です」
更に付け加えられた一言で、逃げ場が無いことを察する。
その上で、花子さんは「一人で結わえますか?」と笑顔で尋ねてきた。
ゴムで縛れば良いのはわかるし、それくらいなら出来ると思うのだが、私をじっと見詰める花子さんの求める答えが『できる』では無いことに疑いの余地もない。
私は諦めの気持ちを心の底に押し込めて、隠しながら可能な限りの笑顔で頭を下げた。
「花子さん、お願いします。髪を結んでください」




