参之陸 水面の変化
「お姉ちゃん、預かっておいてください」
「あ、ああ」
花子さんは手にしていた電子パッドを雪子学校長に預けると、私の方へ視線を向けてきた。
なんだろうと、首を傾げる私の耳に、雪子学校長の「ちょっと待て」という声が届く。
何か始めるつもりなのはわかったけど、その何かがわからずに戸惑う私の横に、ザバザバとお湯をかき分けて雪子学校長が移動してきた。
やって来た雪子学校長は、そう言いながら私の背中に電子パッドを向けながら「いいぞ」と口にしたので、尻尾の撮影を入れ替わったのだと理解する。
すると、雪子学校長の言葉に頷いた花子さんが「じゃあ、次の実験です」と宣言するナリ、私の後ろに回り込んだ。
「へ?」
思わず戸惑いの声が口から出たが、直後に私の声は「ふぇ~~~~っ」という間の抜けた声に変わる。
心構えも出来てないのに、力一杯尻尾を掴まれたことで、驚き混じりのくすぐったさを表現する声が出てしまったのだ。
一方、雪子学校長姉妹は、私の反応など気にせずに、私の尻尾を握ったり解放したりと、勝手気ままに実験をしては撮影を継続している。
だが、ゾクゾクと背中や肩が震え、脚もビクビクと震え、押し寄せるコレまで感じたことのないしびれるような感覚に翻弄される私に、抗議の声を上げる余力は無かった。
「見たまえ、君が力尽きても、このように、尻尾の幻影は変わらなかったぞ!」
嬉しそうな雪子学校長の言葉に、私はとてつもない脱力感を抱えながらジト目で応えた。
そんな視線を受けた雪子学校長は、気まずそうに花子さんに視線を移す。
「花子、やり過ぎだぞ」
そう言われた花子さんは「凛花さん、ごめんなさい」と深く頭を下げてきた。
謝られてしまうと、それ以上怒っているのも気持ちが落ち着かないので「実験でも、手加減はしてくださいね」と念を押しておく。
「……その、凛花さんの反応が可愛くて、つい……」
「『つい』でされる方の身にもなってください!」
私の抗議に対して、花子さんは「善処します」と返してはくれたけど、コレまでの特訓から考えて、いざという時は我を忘れるタイプなので、こっちが気をつけるしか無いなと結論づけた。
「さて、コレを見てくれ」
私たちの話が一段落したと見るや、雪子学校長は手にした電子パッドの画面を示した。
そこには花子さんの手で、力一杯握られたり解放されたり、撫でられたりと散々な目になっている私の尻尾が映っている。
尻尾の背後に映る震えながらも振り返ること無く体を震わせ耐える私が、自分ながら健気に見える。
「見えなくなっている尻尾が、異常を補うように投影している水面の映像に変化があるだろう?」
雪子学校長の言葉に、私は指摘された花子さんの刺激で暴れる尻尾が立てる水の揺れに注目すると、確かに先ほど見た凪の状態と違って、周囲と似たような波が起こっていて、注意してみないと境がわからなくなっていた。
「周囲の状況に合わせて水面が変わってるんですね」
自分の尻尾が起こしているらしき現象に、自分で感心するというおかしな状況に吹き出しそうになる。
「卯木くんは事の重大さがわかっていないようだが……これは動画なんだよ?」
「……そうですね」
雪子学校長の発言の意図はよくわからなかったので、素直に事実だけを受け止めて頷いた。
そんな私に、雪子学校長は真剣な表情を向けて口を開く。
「幻術……幻の力というのは、人の精神面、意識、認識に作用するんだ」
「は、はい」
雪子学校長の雰囲気に呑まれながらも、私はそこはわかるという思いを込めて頷いた。
「動画と言うことは、精神のない機械の目に対して、その影響が出てるって事だよ」
「あっ……えっ!?」
言われて私は動画に目を戻す。
微妙な違和感はあるけれど、だからといって、不自然という程のおかしさは見つけられなかった。
「いいかい?」
雪子学校長に、そう声を掛けられた私は、呆然としながらも頷きで応える。
対して、雪子学校長も小さく頷いてから口を開いた。
「いくつか仮説が立てられるが、私はその中でも、物理現象として水面映像がプロジェクションマッピングの要領で尻尾表面に投影されているか、あるいは機械の目であろうと誤認させてしまう程の幻術、そのいずれかの可能性が濃厚だと思っている」
耳にした言葉に私は口元が引きつるのを感じる。
どっちだとしても、とんでもないことだと思ったからだ。
さらに、雪子学校長は「その表情からして、君が意識的に発動させているわけじゃなさそうだね」と言われてしまった私は、更に表情が引きつらせる。
「先ほどの自然現象を操る術の連続成功もそうだが、君は、君自身や私たちが想像するよりも強力な能力を秘めている可能性が高いな」
雪子学校長の評価に対して、嬉しさや優越感よりも、自分に使いこなせるのか、あるいは子供達に迷惑を掛けないだろうかという不安の方が先に私の中に広がった。
多分、そんな心境がそのまま顔や態度に出てしまっていたのだろう。
花子さんが後ろから私の胸の上に腕を回して抱き付いてきた。
「えっ」
驚きで漏れた私の声はいつもよりも高音でか細く感じる。
けど、花子さんはそんなことお構いなしで囁いた。
「練習すれば良いだけですよ」
狐の耳は頭の上の方なのに、肩の近くで発せられた花子さんの囁きは、とても良く響く。
そうか、と思うと同時に、それしか無いと思えた私は、一度目を閉じて、それでいいのかと自分自身に問い掛けた。
聞き直しても変わることの無い決心に、私は口に出すことで、しっかりと胸に刻むことにする。
「しっかりと自分の能力を理解して、使いこなして見せます!」
私はそう宣言してから、順番に雪子学校長と花子さんを見た。
視線を巡らせると、密着しているのもあって、花子さんの笑顔がもの凄く近くて、心臓が飛び跳ねそうになる。
けど、その直後、花子さんが笑顔で放った「それじゃあ、実験と訓練の再開ですね」の一言を耳にした私は、早まったかも知れないとすぐに後悔した。




