弐之拾弐 人の姿へ
林田京一の姿に戻った時のように、意識を集中すると、すぐに全身を熱が包み込んだ。
感覚的に、林田京一の姿よりも体に感じる熱が低いような気がするのは、変化の難易度に寄るのかも知れない。
狐人間から狐への変化と、狐人間から人間への変化は、体感している熱の温度的には差が無いので、難易度は同じくらいなんだろうと予測しつつ、僕はより意識を『人間の姿へ』というイメージに集中させた。
直後、フッと頭の上にあった耳の感覚とお尻の上から生えていた尻尾の感覚が喪失される。
熱も霧散していて、変化成功を感じた時には、パサッと尻尾で膨らんでいたワンピースが、重力に引かれてお尻や足に直接触れてきた。
目を開けて、ゆっくりと視線を姿見に向ける。
鏡の中の僕の頭からは狐耳はなくなり、その代わりに人間の耳が顔の側面に出現していた。
新色に輝いていた髪も、黒へと変化していて、銀髪だった時よりも顔立ちがはっきりした気がする。
そういえば、詳しくは確認していなかったけれど、瞳孔も獣ぽかったのが人間のモノに変わっているようだった。
後で、瞳の違いも確認しておこうと思ったところで、ふわっとお尻側に空気の流れを感じる。
「ふぇっ!?」
思わず変な声を上げてしまった僕の視界に、黙って僕のワンピースの裾を思い切りめくり上げる花子さんが収まった。
「にゃ、にゃにを!?」
声が上擦ってしまったせいで、まともな言葉になっていなかったが、花子さんはにこりと微笑んで「ああ、尻尾の後がどうなってるか確認しただけです」と穏やかに言う。
「これでお風呂や着替えを見られても、普通の女の子で通じると思います」
にこやかに言葉を続ける花子さんだが、持ち上げたままのワンピースの裾を持ち上げたままだ。
悲鳴を上げて抑えるのも、怒るのも、違う気がして僕は努めて冷静に言葉を発する。
「あの、お、お腹が冷えそう、な、なので、裾、離して貰っても良い、ですか?」
すると、花子さんは「これはすいませんでした」とゆっくりと裾を降ろした。
自棄に時間を掛けて降ろしきった後で、花子さんは一歩僕に踏み寄る。
「にゃ、にゃんですか?」
つい上擦ってしまった声に羞恥心を覚えた僕の耳に、顔を寄せて花子さんは甘みを感じる声で囁いた。
「貴女は今普通の可愛らしい女の子なんですから、恥ずかしがったり悲鳴を上げたりするのは普通ですよ?」
ボッと顔から火が噴き出した様な錯覚を覚える程勢いよく顔が火照る。
「にゃ、にゃ、にゃに」
最早言葉では無い何かが口からこぼれるが、スッと体を離した花子さんが、にこやかに微笑んだまま「本当に可愛いです」と口にしたところで、僕の頭はオーバーヒートして意識が吹き飛んだ。
「とても良く似合っていますよ」
なすがままというか、なされるがままに小学生の制服に身を包んだ僕は、花子さんにそう絶賛された。
ワンピースから着替えたのは、普通の服が着られるかのテスト……という名目である。
要はちょっと前に試した尻尾と耳を消した時のように、見えていないだけで、実は存在している部位があるのでは無いかということで、普通の服……まあ、私服がないので制服を着てみようと提案されたのだ。
ワンピースの時でも、別に変な膨らみは無かったのでそこまでする必要は無いと僕自身は思っているが、花子さんが頑なに着ることを要望し、雪子学校長にも申し訳なさそうに頼まれてしまったので着ることを受け入れた次第である。
まあ、この子供の姿で、雪子学校長と同じく大人ですって言い張る方が、林田京一とのイコールに気付かれる可能性が高いので、目撃された際は生徒の振りをする方が良いだろうとは思うので、僕はそれなりに納得はしていた。
あくまで、林田京一は男性教師でホウカゴには関わらない。
ホウカゴに参加するのはこの姿の僕で、謎の助っ人にして、一応生徒という棲み分けだ。
将来的には、林田京一と狐少女が同時に存在しなければいけない事態も出てくるだろうが、そこは残された文献からのアイデアがある。
いわゆる『分身』だ。
狐人間の能力は変化だけでは無く、実体のある分身を生み出す能力もあるらしい。
もちろん、今の時点では使えないが『ホウカゴ』に臨むに当たっては、僕も自分の能力を高めなければただの足手まといになるので、その中で分身能力も鍛えていけば、林田京一復帰の際にはどうにか出来る筈だ。
「さて、部屋をどうするかという問題があるな」
雪子学校長の言葉に、僕は自分の部屋がと言おうとしたところで、自分の格好が脳裏を過った。
「……この姿だと、部屋に出入り出来ない……ですね」
「今の君は、いち生徒にしか見えないからね……というより、そういう偽装をするわけだしね」
「確かに、そうですね」
今の女子小学生姿の僕と『林田京一』は別人のはずなのに、部屋に出入りしていたら、それを自ら否定しているに等しい。
周囲に気を遣っていたとしても『神格姿』で覗かれる可能性を考えれば、近づかない方が賢明だ。
一応、それぞれの自室、お風呂場、トイレ、保健室など、プライベートな空間には生身で無いと立ち入れない結界が張られているらしいので、気をつけるのは移動中だけになる。
が、その移動中の対策が何もなかった。
「選択肢はいくつかある」
「選択肢ですか?」
「子供達と同じように、子供達の寮に部屋を用意するか……」
そこで雪子学校長は動画の一時停止のように動きをピタリと止める。
当然、他の選択肢も気になるので「他には?」と尋ねると、その答えは花子さんが口にした。
「私か、お姉ちゃんの部屋に居候ですね」
「えっ!?」




