弐之玖 意識的変化
全身を包んでいた熱が一瞬で霧散していくと、僕の視界は随分と高くなっていた。
元の……といえるかはわからないが、人型に慣れたという感覚があったので、すぐに体の確認をしようと視線を下げれば、起伏の少ないなだらかな体と、内股気味のか細い足が目に入る。
人の姿には戻れたけど、どうやら女の子のようだと落胆した僕の気持ちに反応してか、お尻の上でゆっくりと揺れる尻尾の感覚が伝わってきた。
頭の中ではヤッパリと思いながら、顔の横では無く上に移動した耳に意識を向ければ、ピクピクと動いたのがわかる。
最後の確認に、先ほど狐の姿が映っていた鏡を見れば、そこには銀髪に狐耳と尻尾の生えた女の子の姿があった。
「これが基本の姿なのか……」
髪を手でもてあそびながら、僕はもう一度意識を額に集中させる。
なんとなく出来るという感覚が僕の中にあったので、試したのだが、全身を熱が包み、それらが霧散した後、僕の視点は大分下がっていた。
どうなったかを鏡で確認すれば、先ほどの銀狐の姿に変化している。
もう一度同じ事を繰り返して、元の姿に戻ると、変化を会得出来たことに思わず拳を握ってしまった。
自分の意思で狐と狐人間の姿を行き来できた事に、思わず口から「やった」という声が漏れ出る。
そうなると、更なる変化も出来るんじゃ無いかという考えが頭に浮かんだ。
浮かんでしまったのなら、試さずにはいられないので、僕は額に意識を集中させる。
今度は体全体では無く、耳と尻尾にだけ熱が籠もった。
「いけそう……」
僕が思ったままを口にしてしまった直後、耳と尻尾に集まっていた熱が霧散する。
それがこれまでは変化完了の合図だったので、大急ぎで目を開いて鏡を確認した。
と、いとしたとおりに尻尾と耳が消えた姿がある。
成功したかと思えたのだけど、頭を見れば狐の耳は消えたものの、顔の側面は相変わらず平らで人の耳が生えたわけでは無かった。
尻尾の方も確認しようと振り返ってみれば、こちらは根元から消え去り、背中からお尻に掛けても特におかしな所は見当たらない。
「尻尾は良さそうだけど……」
と僕が考察を始めたタイミングで、急に全身が大きなタオルに包み込まれた。
不意打ち気味に、体に触れたタオルの感触に思わず「へ?」という声が漏れる。
「もう、いつまでも裸ではしたないですよ!」
何故か顔を真っ赤にした花子さんがそう言って僕に訴えてきたので、彼女がタオルを掛けてくれたのだと理解した。
が、散々お風呂場で裸を見られているので、僕としては今更という気持ちが強い。
むしろ、その声が聞こえたことで、耳は消えたけど機能は残っているんだなぁと思い、タオルを持ち上げる存在に気が付いた。
体に巻かれたタオルのお尻側が不自然に盛り上がっている。
「これって……」
僕はそう呟きながら、タオルを持ち上げているモノに触れ、ついでに頭の上にも手を伸ばした。
手の先には毛で覆われた狐の尻尾と耳の感触があり、多少だけど、触れられた感触もある。
一方で、鏡にその姿は映っていなかった。
「耳と尻尾を消す……つもりだったけど、消すって透明化……」
変化成功したと思ったのに、思っていた変化と違っていたことに、思わず落胆してしまう。
そのからだが突然前後左右に揺すられて、僕は「ひゃっ」と驚きの声を漏らしてしまった。
「聞いてますか? 今は女の子なんですから、恥じらいをですね!」
自分の思考に没頭する余り、無視する形になってしまった花子さんは、大分熱が入ってしまっていたようで、表情が必死になっている。
けど、なされるがままに体を揺すられながら、僕は自分の羞恥心が湧かなくなったのは花子さんとの特訓の影響ですよと、心の奥で改めてツッコミを入れた。
僕の説明を聞いた雪子学校長は「耳と尻尾を消そうと思ったら、透明化したというワケか」と呟くと、顎に手を当て何かを考え始めた。
一方、花子さんは「私の特訓が悪影響を……」と僕の後ろ手ブツブツ呟いている。
あえて指摘しなかったのに、雪子学校長が、花子さんの特訓のせいじゃないかと、指摘してしまったのだ。
出来ればフォローして上げたいと思わなくは無いのだが、変な方向に話が転がる気もするので、冷却期間をおくことにして、敢えて触れていない。
そうしている間に何か考えをまとめたらしい雪子学校長が話しかけてきた。
「その、消そうとして見えなくなってしまったのなら、人間になろうと思うのはどうだろうか?」
雪子学校長の言葉に、僕は早速「やってみます」と返して、目を閉じて額に意識を集中させる。
話を聞いた直後、出来るという確信が湧いてきたので、すぐに試したかったのだ。
狐から人間、人間から狐の変化のように全身を熱が包み込む。
全身が変わろうとしているのを感じて、僕は一つのアイデアを閃いた。
『人間に変わる』ではなく、元の姿、『林田京一の姿に変わる』と意識すればどうなるか、である。
ワクワクとする自分を感じながらも、元の姿に戻れるかも知れないという期待を込めて、僕は意識を寄り集中させた。




