弐之弐 服と尻尾と
「落ち着いたかね?」
「は……はい」
自分の尻尾との格闘に全力を使い切った僕は、床に座り込んでいた。
「自然にアヒル座りが出来るところを見ると、やはり骨格ごと変わっているようだね」
「う……え? あひる?」
いわれて視線を下げると、僕は尻尾に跨がる状態で座り込んでいて、両足は左右に開かれている。
そこで、雪子学校長のいうアヒル座りが、ぺったん座りともいう正座の状態から足を左右に開いてお尻を床に付けたような座り方の事だと思い至った。
同時に、雪子学校長が言うように、骨格的に女の子じゃないとしにくい座り方で、当然ながら以前の僕に出来たことはない。
そんなことを考えたせいか、自分に女ではなく、女の子になってしまったという意識が急に強まってきて、なぜだか逃げ出したくなる程恥ずかしくなってきた。
慌てて立ち上がった僕の膝に、ワンテンポ遅れて触れるワンピースの裾も恥ずかしい。
つい抑えたくなるが、それよりも早く、僕の尻尾が暴れ出した。
「ひゃっ」
思わず悲鳴を上げてしまったせいで、のぼせそうなくらい体が熱くなったけど、今は尻尾を抑えなければいけないという現実への対処で、どうにか堪える。
そんな僕を見て笑う雪子学校長に、不服を申し立てた。
「わ、笑わないでください」
「そんな泣きそうな顔で言われると、罪悪感がもの凄いぞ。もうすでに容姿を使いこなしているようだね」
僕の体は実は『神格姿』へと変わったことで、大きく変わってしまっている。
性別が変わるだけだと思っていたのに、狐の耳と尻尾が生えて、普通の人間の耳はなくなってしまっただけでなく、雪子学校長や結花さん、舞花さんよりも幼く見える程幼くなってしまったのだ。
つまり幼女の抗議に見えるということだろう。
そして、罪悪感といっておきながらニヤニヤを辞めない雪子学校長にジト目を向けつつ、尻尾が暴れても大丈夫なように、着替えを要求した。
「あの、ワンピースだと、尻尾を抑えるのが大変なので、ズボンを……」
「だめですっ!」
「へぇ?」
鋭くノーを突きつけてきたのは、花子さんである。
「尻尾はお尻のすぐ上から映えているんですよ? ズボンなんてはいたらお尻が見えてしまうでしょう!」
「うっ……でも、暴れて、大変で……」
「克服しましょう。どのみち暴れないように出来ないと、皆の前には出られません」
「うぐっ」
僕が変わったことで、生まれた身長差は、花子さんの口の位置と僕の耳の位置がほぼ同じという状況を生み出してしまった。
結果、花子さんが僕に近づいて声を発すると、耳がそれを直近で受け止めて、背中がゾワリと震える程の強い衝撃を与えてくる。
それは暴れる尻尾を押さえる手が、無意識に耳を押しつぶすように抑えてしまう程だった。
結果、手が離れたワンピースの裾は、尻尾の大暴れでめくれ上がってしまう。
「もう女の子なんだから、スカートにも慣れないとダメですよ?」
そう言いながら、しゃがみ込んだ花子さんが上から抑えるようにして、尻尾とまくれる裾を抑えてくれた。
原因は花子さんにもあるような気がするけど、悪気はないと思うので「ごめんなさい」と素直に誤る。
するとしゃがみ込むことで、頭の位置が下がって僕を見上げる形になった花子さんは「すぐに謝れて、偉いですね」と微笑んだ。
ホッとする優しい表情と笑顔に、とっても嬉しい気持ちになったが、そこでふと自分の中の冷静な部分が叫ぶ。
『思考が子供に近づきすぎてないか!?』
そのうちなるツッコミに、ハッとした僕だったが、思考を巡らせる余裕はなかった。
「と、とりあえず落ち着いてください。見えちゃいますよ!」
またも尻尾が暴走してしまったらしく、花子さんの必死な声が響く。
ギュウッとお腹に花子さんの顔が押し付けられて、尻尾がその腕で包み込まれているような感触がしたけど、それよりも何よりも、僕はお腹が鳴ったりしないかの方が心配になってしまった。
「なんで、ズボンはダメなんですか!」
僕の抗議に対して、花子さんは思いっきり溜め息を履き出した。
「さっきも言ったと思いますが尻尾の映えてる位置が悪いんです。普通に掃けばお尻が隠れませんし、無理に尻尾を抑えるのは、圧迫でどんな悪影響が出るかわかりませんから!」
「それは……」
「私としても本当は、制服だとか、普通のスカートも履いて貰いたいんですけど、尻尾の負担を考えて、ワンピースで我慢してるんですよ!」
「……それは……」
最初の言葉は僕を思ってだと思うけど、後半の言葉で思わず後退ってしまう。
花子さんの妙に上がったテンションを前に、ワンピースで良かったという気持ちが少し芽生えてきた。
「ともかく、今は尻尾になれること、それが出来れば次のステップに進めるだろう」
僕らの様子を傍観していた雪子学校長のまとめの言葉に対して、ほんの少しの花子さんから逃げ出したい気持ちを抱きながら、僕は「次のステップですか?」と強めに反応する。
すると、雪子学校長は大分年季の入った紐でとじられた古書といって差し支えない本を取り出した。
「過去に『狐娘』になった事例を見つけたんだよ」
雪子学校長のその言葉だけで古書が『神格姿』に関わる過去の資料なのだと推測出来る。
そして、そこには僕と同じような『神格姿』を得た人に関する記録が残されているのだ。
せめて、尻尾だけでもどうにかしたいという気持ちで、雪子学校長の言葉を待っていると、予想以上の情報がその口から放たれる。
「人間に戻ることは出来ないが……その尻尾や耳はどうにかできるようだ」
「ほ、本当ですか?」
僕の言葉に雪子学校長は「本当だとも」と大きく頷いた。




