壱之弐拾弐 運命の選択
「そう……ですか」
雪子学校長の言葉に、僕の心臓の鼓動はもの凄く早くなっていた。
「す、姿が変わらないこともあるのですか?」
僕は急に不安が強くなったのを自覚しながら、安心出来る素材を求めて質問を重ねる。
「……例えば、花子のあの姿も『神格姿』だ。しかし、あの子はあの姿を得たその瞬間から年を取ることも、若返ることもなくなっている」
「そう、なんですね……」
見た目の年齢が変わらないというのは異常事態ではあるものの、雪子学校長に比べれば、許容範囲だなと僕は思った。
だが、ようやく出会えた胸を撫で下ろせる情報は、すぐに雪子学校長の言葉で否定されてしまう。
「だが、林田先生は確実に姿形が変わる」
思わず、何故という思いで雪子学校長を見ると、申し訳なさそうな顔で答えをくれた。
「簡潔に言うと、『神格姿』は全て女性体だ」
「へ?」
自分でも随分と間の抜けた声をだったなと思う。
だが、僕にとって思考よりも反射で声を出してしまう程に、雪子学校長の言葉は、意外にして絶対的な言葉だったのだ。
「林田先生は男性なわけだから、少なくとも性別が変わってしまう」
聞き違いではないと明確に断言するような言葉に、僕は呆然とする。
「正直、子供達は林田先生を受け入れようとしている。あえて『ホウカゴ』に関わる必要はない……覚悟を求めた後に、それを否定するようで申し訳ないが、性別が変わるのはアイデンティティを否定するような行為だ。今引き返しても、誰も君を責めないよ」
雪子学校長は僕の手に自らの手を重ねてそう言うと、話は一旦ここで終わりだとばかりに立ち上がった。
「よく考えて決めて欲しい。命を懸ける覚悟とは違う種の覚悟だと思うからね」
雪子学校長の声は妙にクリアに耳に入る。
だが、僕は想像以上にショックを受けていたらしく、何も反応することが出来なかった。
保健室からドッと疲れた体を引き摺るようにして自室に戻ってきた僕は、そのまま畳の床に寝っ転がった。
大分見慣れてきた木の板が敷き詰められた天井を見ながら思考を巡らせる。
「女になる……か……」
口に出してみたモノの、その現実感の無さに、乾いた笑いが喉から飛び出してきた。
そして、自然と笑いは止まり、自室に再び沈黙が訪れる。
カチコチと一定の感覚で時を刻む時計の音だけが響く自室の床の上で、僕は静かに目を閉じた。
選択肢は何があるだろうか?
女になるのを嫌がって、雪子学校長の言葉通り、ただ教師としてここにいて、子供達の儀式の無事をただ祈るという選択肢が示された。
だが、正直、子供達を直接護りたいと考えた僕にその選択肢を選ぶというのはない。
つまり、僕は気持ちの上では『神格姿』を得るつもりだということだ。
だとすると、次に考えるのは女になった場合のデメリットである。
何か、困るだろうか?
まず、これまでの人間関係に影響が出るのは間違いなさそうだ。
とはいえ、父母に、教授に、ゼミ仲間にと、身近な人たちは、僕の性別が変わったところで、拒否しそうな人はいない。
もちろん僕がそう思っているだけで、実際には拒否されてしまうかも知れないけれど、なんとなく乗り越えられそうな気がした。
友達でいえば、小中学校の友達はそれほど頻繁にあっているわけではないし、基本は携帯端末での情報交換程度しかしていない。
高校の友達やゼミ仲間や先輩たちは、面白がるだろうから説明に苦労しそうだ。
どう考えてもここで起こっていることは確実に口外禁止だろうし、上手い言い訳とかが必要かもしれない。
その時は雪子学校長に相談しようと考えると、もう悩みの種は消えたも同然だった。
「子供達の助けになる。僕も戦いに参戦して、皆を護る。その為に、選択肢は一つしかない」
自分の気持ちを確かめ、覚悟をより明確にする為に、羅列した言葉に僕はその都度頷いて、飲み込んでいく。
それから目を開いた僕は、その場で体を起こしてあぐらをかいた。
「あーーー、服は、そのまま着られると良いなぁ」
衣装が多いとは言えないので、女になっても着続けられることが理想だなと考えたタイミングで、満面の笑みを浮かべる雪子学校長の姿が脳裏に浮かぶ。
「……子供の姿になったら、服は買い直しか……出費がきついかも……いや、でも、花子さんみたいに姿が変わらないパターンもあるし、どうにかなるはずだ」
根拠のない願望を支えにして、僕はそこで思考を辞めることにした。
正直、考えれば考える程迷いが生まれてしまいそうだったし、余計なことに気付きそうだったので、それらから逃げ出すように、僕は雪子学校長へ意思を伝えに行くことを決める。
「善は急げっていうしな」
そう口にした言葉が弾んでいるように聞こえた僕は、内心で女になることを喜んでいる自分に気付いて苦笑してしまった。




