壱之弐拾 雪子学校長の言葉
「人の世に災いをなす『災厄』が龍や鬼といった姿を取って現れ、それを打ち倒すことで災いを払う儀式、それが『ホウカゴ』だ」
雪子学校長の言葉に、僕は深く頷いた。
と同時に、ここに来た直後、こんな話をされていたら、まったく信じることも出来なかっただろうとも思う。
事実として、信じられない出来事をいくつも目にしたからこそ、僕は素直に頷けたのだ。
「本来の字は『放つ』に『禍』、そして『護る』それを繋げて『放禍護』。放たれた禍から世を守る儀式、それを放課後に掛けている」
「……言霊、ですか?」
僕はそう尋ねると、雪子学校長は頷きで応えてくれる。
本来の言霊とは、音の一つ一つに力が宿り、その組み合わせや順序により、力をなすという考え方、技術、技法を指す言葉だ。
これが劇的に変化した切っ掛けが、漢字の伝来である。
表意文字である漢字が加わったことで『書き』『火気』『牡蠣』『花器』……同じ音の組み合わせでも、多くのモノを表現出来るようになったのだ。
「『放課後』は学校に通う子供達にとって、何もせずとも訪れる存在……だからこそ、同じ音のモノにすることで、本来人の世からかけ離れた儀式であっても、拒絶反応が起きにくくなる」
「儀式を、身近、ありふれたモノに近づけるということ……ですね?」
僕の理解に雪子学校長は頷きで肯定してくれる。
「ダジャレのように思えるかも知れないが、人知を超えたモノに触れる時、言葉……言霊の力はとても肝要なんだよ」
雪子学校長の言葉に、僕は素直に頷いた。
関わっていることが既に未知の領域であるので、否定のしようもないというのもあるが、今は何よりも判断より情報の収集が大事だと僕は考える。
その上で、僕は気になったことについて尋ねた。
「じゃあ、東雲くんの腕は……拒絶反応ということですか?」
対して雪子学校長は「いいや」と左右に首を振る。
「あれは、再現……といった感じだろうか……」
「再現?」
僕のオウム返しに雪子学校長は「そうだ」と答えてから、考える素振りを見せた。
恐らく情報を出し渋るというよりは、言葉を選んでいる感じなので、僕は大人しく待つことにする。
すると、雪子学校長は静かに話し出した。
「簡単に言うとだ……彼らが戦って負った傷が、アチラの世界から帰ってきた瞬間に、一気に再現される……のさ」
内容に反して、雪子学校長の顔には苦々しいものが浮かんでいる。
「雪子学校長?」
僕が声を掛けたことで、自分の浮かべていた表情に気付いたらしい、雪子学校長は肩を落として深く息を吐き出した。
そのまま雪子学校長が黙り込んでしまったせいで、重い空気が場を支配していく。
重い空気をどうすることも出来ない僕は、ただ雪子学校長が話し出すのを静かに待つことにした。
体感ではそれほど長くはなかったと思うのだが、雪子学校長は黙り込んでしまったことを詫びてきた。
「……すまない、林田先生」
黙り込んでしまう程の何かを思い出したのだろうと察しはついていたので、僕は「いえ」と短く返す。
「かつて、生徒に命を落とした者がいた」
その言葉を聞いて僕は静かに目を閉じた。
掛ける言葉が見つからなかったのもあるし、雰囲気や話の流れで予想出来ていたのもある。
そして、先ほど耳にした『今回は』という一言の重みが増した。
「禍と闘う世界とこの世界は、理そのものが違う。だからこそ、踏み込むにはルールがあり、そのルールを逸脱することは出来ない……子供達に任せなければならないのも、有資格者が限られるからだ」
堰を切ったように話し出した雪子学校長の言葉は、一語一語に重み、悲哀といったモノが籠もっているように響く。
「私は、私自身の『若さ』を『他者に分け与えること』が出来る」
唐突な言葉だが、なんとなく意味はわかった。
多分、若返るというのが具体的には時間を巻き戻せるということだろう。
なぜなら、そう考えれば東雲くんの腕が元に戻ったことに、それなりの納得が出来るからだ。
まあ、神経や筋肉が繋がっていく光景は、余り時間を戻したという印象ではなかったけれど、事実として、腕のない状態から、腕のある状態に戻っている。
敵についても言えることだが、漠然と、概念のように捕らえるのが正解なのだと思った。
「だが、生きていなければ、そうはいかない」
僕は声には出さなかったが、妙に冷静になる程と理解する。
腕を失ってもすぐに死ぬことはないけれど、それが、頭や、心臓だったら……おそらく、かつていた生徒もそういう事なんだろうと察した。
「……戦いの中で致命傷になる傷を負わなければ、雪子学校長なら、直しきれると言うことですか?」
僕の唐突な言葉に雪子学校長は、目を丸くしてから「命掛けで助けるつもりだよ」と返してきた。
その言葉で、僕の中で、僕のやるべき事が定まる。
「僕が、そのアチラの世界に踏み込むことは出来るのでしょうか?」
僕の言葉に、雪子学校長は曖昧に頷いた。
「無くは無い」




