肆之拾伍 駆ける
景色でも、頭に浮かんだMAPでも、皆や『種』が居るであろう方角を掴んだ私は、即座に向かうことを決め駆けだした。
だが、おかしなコトに走っているのにも関わらず、余り速度が出ない。
そこで視線を下げた私は、驚愕の事実に気が付いた。
私の本体が、今人間の姿だからか、分身の狐はなんと二本脚で走っていたのである。
恐らく、分身の動きを操るのは私自身のイメージで、ここまで集中して入り込んでしまったせいで、悪影響が出てしまっていた。
なぜなら、分身の狐は『黒境』を潜る時、しっかりと普通の狐のように四つ足で歩いていたのである。
あの時はリモコンで操縦する感覚で『歩け』くらいしかイメージしていなかったけど、こうして自分の意識を飛ばして操るとなると、体の動かし方がそのまんま私の感覚になって、結果的に人間の走り方になってしまっているのだ。
そこまでは理解したのだが、理解したからといって、上手く走ることが出来るかというと、そうはいかない。
狐としての走りをしようと手……前足を地面に付けてみて、走り出したが簡単に転倒してしまった。
このままでは結局進めないので、私は諦めて二本脚で走ることにして、再び走り始める。
が、直後、目指す先の赤い空間で強烈な爆発が起こった。
『あうっ』
猛烈な爆風に、二本足では立っていることが出来ず、後ろ向きに転がってしまった私は、慌てて起き上がった。
風に散った桃の花がまるで桜吹雪のように降り注ぐ中、私は狐に走れと命じる。
皆が心配で仕方が無い気持ちに後押しされたのか、これまでは緩慢にしか動かなかった景色が、時が経つことに速く流れ始めた。
より速く、すぐに駆けつけたいと思う程、勢いが増し、気が付けば、前足もしっかりと地面を掴んでは体を前へと押し出している。
イメージ出来ていなかったはずの四本脚での走りが、いつの間にか出来るようになっていた。
多少意識をすれば、前脚は自分を引き寄せ、後ろ脚は地面を蹴り出し、それが左右で異なる動きをしているのがわかる。
とても人間の走り方、腕の振り方、足の出し方とは違っていたが、でも今の私の体、分身の狐には合っているのだという実感があった。
本体が人間の姿のせいで妙な違和感があるのに、頭はこれが正しいと認識している不思議な感覚があったが、そこに意識を向ける前に、狐の視界に無視出来ない大きな変化が起きる。
速度を上げたせいか視界が狭まっていたのだが、いつの間にか色を失っていたのだ。
目に映る風景が白黒に変わって、目指す先の赤い雲も、黒い塊のようになってしまっている。
だが、それでも私は速度を落としたりはしなかった。
なぜなら、視界に映る風景とは別に、私の頭に浮かぶMAPが立体に進化していたのである。
視覚は低下しているように感じられるので、嗅覚なのか、聴覚なのか、または第六感のようなものなのか、その原理はわからないが、テクスチャーを載せる前の線で構成された世界が脳裏に浮かんでいて、それを元に体を動かせば、ぶつかることも無く駆けることが出来たのだ。
目に映る白黒の風景よりも、頭に浮かぶCGのような立体図を元に高速移動をしているせいか、ゲームでもしているような感覚になってくる。
しかも、着地の感覚、地を蹴る感覚、速度が出ていることを体感出来る風がどれも心地よかった。
ただ走っているだけなのに、わくわくと胸が弾む。
もっと走りたい、ただ走ることだけに専念したいという欲求に、私はいつの間にか身を任せようとしていた。
が、新たに生じた爆発のお陰で、私は我に返る。
直後、自分が暴走しかけていた事実に気づき、背筋が冷たくなった。
人間姿の分身と同調した時に、視界の共有が危険だったように、狐の分身に意識を集中させすぎると、獣の本能のようなモノに呑まれるのかも知れない。
獣になって理性を失うことに、とてつもない恐怖を感じた私は、呑まれすぎないように少し走る速度を緩めた。
すると、景色に色が戻る。
その視界の変化に、私は思わず狐の足を止めてしまった。
だが、お陰で少し冷静さを取り戻せた気がする。
このまま、気持ちを落ち着けて、理性を立て直そうとした時、不意に体を揺さぶられる感覚が走った。
「大丈夫かね?」
雪子学校長の言葉で、我に返った私は、目を開いた。
と、同時に私の肩に置かれた雪子学校長の手に気付く。
「雪子学校長……」
少し戸惑いながらも名前を呼ぶと、雪子学校長の表情が少し緩んだ。
「急に足を止めたから、どうしたかと思ってね」
そう言いながら雪子学校長は先ほどの狐の視界と同一の映像を映し出すスマホを見せてくる。
「あの、雪子学校長」
「ん?」
「確認したいのですが、スマホの画面って、変化したりしましたか?」
私の質問に対して、雪子学校長は「いや」と一回だけ左右に首を振った。
「多少速度の上限はあったが、それ以外は特に変化はなかった」
雪子学校長は私の反応を見て言葉を足してくれたお陰で、あの感覚は私だけが体験したものだったと知る。
分身に同調して暴走してしまったばかりでもあるので、私は意を決して、狐を分身を動かす中で体感したことを伝えることにした。




