表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅣ:そして彼女はいなくなった
65/94

「第五の謎」とバウムクーヘンの因果関係(Episode Ⅳ 終)

「……エイジ?どうしましたか?」

「ヒャッ……!?」


 そこで突然、耳元で声が響いた。

 奇声を上げながら振り返ると、右隣にレアの姿がある。


 僕が推理の訂正をしているうちに、近づいてきていたらしい。

 まあ、向こうから見れば、お茶を戻しに行った僕が、冷蔵庫の前で突然黙りこくってしまったのだから、心配となるのは当然だろう。


「エイジ、大丈夫ですか?お腹、痛いですか?」


 本気で心配そうに、レアは小首を傾げる。

 それこそ、もしここで僕が少しでも「痛い」と行ってしまえば、その瞬間にまた保健室に赴きそうな勢いだった。

 慌てて、僕は手をひらひらと振って否定する。


「い、いや、何でもないよ。ちょっと、考え事していただけで……」

「カンガエゴト……もしかして、推理ですか!?」


 ガバッと、効果音が付きそうな勢いでレアが身を乗り出してきた。

 おおう、と僕は姿勢をのけ反らせる。

 近すぎるのだ。


「何か、また面白い謎解きに気が付いたんですか?だったら、聞きたいです、私!」

「あー、いや、それは……」


 ──妙なところで鋭いな、レア。


 いや、よくよく考えてみれば、そう飛躍した推測でも無い。

 今まで、何度も僕はレアの前で、「突然推理を思いついてしまって黙りこくる」という、冷静に考えれば怪しすぎる言動を見せている。

 ここで彼女が駆け寄ってくるのは、必然だった。


 ──だけど、今の推理を言うのもちょっとな……。


 辿り着いた結論が結論なので、何となく言いにくい。

 推測だが、例の真相を告げてしまうと、言った僕も聞かされたレアも、変に気まずくなる気がする。

 気にしなければそれまでなのだが、全く気にしないのもそれはそれでアレというか。




 だから────レアへの返答に困ってしまった僕は。

 つい、逃げるようにして視線を冷蔵庫に戻し。

 それから、ふと思いついた話題を、口に出していた。




「いや、その……今日のお菓子のことが、気になって」

「お菓子、ですか?」


 きょとん、とした顔でレアが問い返す。

 正直なところ、僕も同じ顔をしたい気分だった。

 返答を急ぐあまり、自分でも意図が分からないことを口にしてしまった。


 もしかすると頭の中に、二人が買ってきたお菓子を見た時の違和感が、残っていたのだろうか。

 あの違和感を、意味なく、口にしてしまったのである。

 今日買ってきたお菓子の中に、「あれ」が無い、という事を。


 ──ぶっちゃけた話、わざわざ言う事でも無いんだけどな……。ただ、何でもいいから言っておかないと、話が終わりそうにない気もする……。


 そんな思考が、瞬時に脳内に浮かんだ。

 だから、僕は言葉を止めず、そのまま続けてみる。

 返答は、最初から期待していなかったが。


「ほら、今日は二人とも、たくさんのお菓子を……それも、色んな国のお菓子を買ってきてくれただろう?だから、少し疑問に思ったんだ。いかにもありそうな物が無いなあ、と」

「ありそうな、物?」

「そう、日本でも有名なお菓子だよ」


 一拍、開ける。

 未だに、声にするのには軽い抵抗があったのだ。

 しかし、何時までのその抵抗に甘んじる訳にもいかず、結局は、はっきりと口にした。




「……()()()()()()()、だ。あれが無かったから、少し不思議に思って」




 そうだ。

 お別れ会が始まる直前から、その点に、違和感があった。


 バウムクーヘン。

 僕にとってはトラウマを惹起するお菓子であり、世間的には、よく食べられるドイツ生まれの洋菓子。


 それが、二人の買ってきたお菓子の山の中には存在してしなかった。

 あれだけ、大量の洋菓子を購入していたにも関わらず。


 最初は、そもそもにして二人が買った場所にバウムクーヘンは置いていなかったのかな、とも思った。

 しかし……そうだとすると、購入された中にあった、シュトレンの存在が妙に感じる。


 まず間違いなく、同じドイツ生まれのお菓子なら、シュトレンよりもバウムクーヘンの方が、日本での知名度が高いだろう。

 シュトレンまで置いてある売り場なら、普通バウムクーヘンの一つくらい置いてあるのではないか、と感じたのだ。


 それなのに、何故。

 バウムクーヘンは買われていないのだろう、と。


 ……勿論、この疑問は難癖のような物である。

 偶々売り切れていたのかもしれないし、置いてあったとしても神代やレアの目に留まらず、別に買わなくてもいいか、という判断になっただけかもしれない。

 何にせよ、そう大した疑問では無いのは確かだった。


 故に僕は、その疑問を口にした瞬間。

 多分、レアは軽くこの質問を流すだろうな、と思った。


 バウムクーヘンも置いてましたけど、それを買うと予算オーバーだったんですよ、とか。

 最近食べたことがあったので、何となく避けたんです、とか。

 そう言う、ごく常識的な解答がなされるだろう、と予想していたのである。


 ……だからこそ。

 僕の疑問を聞いた瞬間、レアが「ああ、そう言えば」という、何かを思い出す顔をしたことに。

 僕は、盛大に驚いた。




「……どうした、何かあったのか、レア?」


 たまらず、問いかけてみる。

 すると、レアは間髪入れずに、こう答えた。


「いえ、そう言えば、お菓子を買いに行った時、変なことがあったなあ、と思いまして……色々あって、あまり気に留めていなかったんですけど」


 今になると、ちょっと不思議に感じますね、と。

 軽く言い訳のような言葉を並べてから、彼女はその「変なこと」に言及した。


「……実は、私たちが買いに行った時に、バウムクーヘン、置いてました。私も、それを買う気でいて……だけど、マコトが買うのを止めたんですよ」

「神代が?」


 それはまた、何故、と思う。

 個人的な好みで言えば、そこでバウムクーヘンが購入されなかったことは、僕にとって幸運だったが──変なことを思い出さなくて済むからだ──それにしたって、不思議な判断だった。


 何故神代が、そこでバウムクーヘンの購入を止めるのか。

 一応、お別れ会の主賓であるレアが買いたいと言っているのに。


「……神代、バウムクーヘンが嫌いだったりするのか?或いは、アレルギーがあるとか?」


 とりあえず、有り得そうな可能性を羅列してみる。

 だが、そのどれにも、レアはふるふると首を振った。

 それから、不思議そうな口調で、こう告げた。


「確かマコトが言うには……()()()()()()()()()()()()、と」

「え……僕が?」

「はい。『桜井君が困りそうだから、バウムクーヘンを買うのは止めましょう。彼はこれを嫌いだろうから』、みたいに言っていました」


 エイジ、あれ、どういう意味だったんですか、と。

 話している内に疑問を覚えてきたのか、レアの方も疑問符を浮かべる。


 ……しかし、レアには申し訳ないが、その疑問に付き合っている暇は無かった。

 何故かと言えば、間違いなく、レアが浮かべているであろう疑問符の数を上回るだけの疑問が、僕の中で湧いてきたからだ。


 ──「桜井君が困りそうだから」……?何で、彼女がそんな言葉を?


 意図せず口元に自分の手を添え、その場で考え込む。

 現状を、確認しておきたかったのだ。


 ……まず、僕が、バウムクーヘンを嫌っているのは事実だ。

 最近は少しマシになったとはいえ、それでも苦手なのに変わりがない。


 だから、神代がその場で言った言葉は、実に正しい。

 その場でバウムクーヘンが買われていたら、お別れ会が始まった途端、僕は少しばかりブルーになったかもしれないからだ。


 しかし────何故。

 何故、彼女が、そんなことを知っているのか。




 ……どうやって神代は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 これは、どう考えてもおかしい。

 だって僕は、そのことを誰にも言っていないのだ。


 今日、ここに来るまでに確かめたことだが、結婚式関連の大体の事情を話した深宮に対してすら、僕はそのことを言っていない。

 無論、両親にも告げたことは無い。

 言ったところで、ドン引きされるだけだと分かっていたからだ。


 要するに、当然のことではあるのだが、「桜井永嗣はバウムクーヘンを嫌っている」という情報を知っているのは、僕一人だけである。

 それを、どうやって神代が知ったのか。


 混乱する。

 因果関係が分からない。


 思考は堂々巡りを繰り返して────その中で。

 ポン、と新しい観点の思考が浮かんだ。


 ──……いや、この場合、逆に考えればいいのか?何故神代がそのことを知っていたか、というよりも、神代がどういう人物なら、この情報を知っていてもおかしくないかを考えれば……。


 ある種の、逆転の発想。

 前提を変えてしまえば、結果に添うかもしれないという、とんでもない暴論。

 しかしその暴論が、僕の推理、さらにはこれまでの記憶を凄まじい勢いで活性化させる。


 そのせいなのか────頭の中で。

 今まで、神代に関して不思議だと思っていたことが、次々と浮かんできた。


 唐突に始まった、「四つの謎」。

 自ら答えを知っていたにも関わらず、何故か知らない振りをされた「第一の謎」。


 レアに指摘された、「四つの謎」のおかしさ。

 明らかに、最初は中身を考えておらず、急遽当て嵌められたであろう謎たち。


 最初は普通だったのに、「三・五番目の謎」の最中、不意に無口になったこと。

 ドキドキ、ハラハラとか言っていたか。


 先程聞いた来期の生徒会選挙に出ない、という事実。

 さらに極めつけの────バウムクーヘンに関する話を、知悉している事。


 他にも色々と疑問はあったが、そのあたりがぐるぐると頭の中で回って。

 回って。

 回って────。




 ──丁度、()()()()()()()()()()()()()()




 思考が回り切った末に、最後に思い出したのは。

 皮肉にも、百合姉さんの言葉だった。


 そして、この言葉を思い出した瞬間。

 神代の正体、すなわち、彼女の言う「第五の謎」が。

 一瞬にして氷解したことを、僕は自覚した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ついに核心の謎が来ましたか! 回答編楽しみです!
[良い点] 神代超能力者エンドは無さそうだ [一言] とうとう4つの謎のなぞが解かれるのか…
[良い点] 今回のエピソードも本当に面白かったです。 正直レアとはここでお別れして、次のエピソードで神代さんと決着だと考えていました。 なので、こんな形で「終わり」ではなく、「続く」物語になるとは思…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ