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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅣ:そして彼女はいなくなった
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難題と第四の謎の関係

「……ちょっと、机に置いて比べてみる?」


 敏感に僕の考えていることを察したのか、神代はそんな提案をする。

 彼女の方も、三本のペットボトルを見て、同じことを考えていたらしい。

 故に、僕は無言で頷き、とりあえずそれらを無造作に机の上に戻した。


「どうしたんですか、マコト、エイジ?突然、黙っちゃいましたけど」

「ああ、いや、小さな問題と言えば小さな問題なんだけど……」


 僕たちの様子が気になったようで、歩いて戻ってくるレアを前に、僕は軽く手を振って、重大なことでは無い、と意思表示する。

 そして、ペットボトルの方を指さして説明した。


「いや、このペットボトルって、全部同じ種類で、同じデザインをしていて、中身も同じだろう?」

「ですね?」

「しかも、三人とも一口飲んだところで蓋を閉めていたから、飲み物の量にほとんど差が無い」

「はい、そうです!」


 ペットボトルを見ながら、レアは元気よく頷く。

 それを前にしながら、僕は結論を述べた。


「その状態で、さっき床に落として、僕がごっちゃにしたまま拾っちゃったからさ。どのペットボトルが、誰が口をつけた物か分かんなくなったんだよ。見た目に差が無いし……」

「あー……」


 なるほど、と言うようにしてレアが一層大きく頷く。

 そして、あっけらかんと、こう言った。

 恐らくは、彼女が好きな日本の漫画から知識を持ち出して。


「つまり、アレですね!このままだと、適当にまたペットボトルを飲んだら、()()()()()()()()()()、という事ですね!」


 ──あ、言っちゃった。


 男子である僕の方から言うのもキモイかな、と思って言及しなかったことを、レアはズバリと指摘する。

 同時に、室内の雰囲気が────より正確に言うと、僕と神代の間の雰囲気が、微妙に気まずくなった。


 多分、ここでも、僕と神代は同じことを考えていたのだろう。

 どう見たって、自分の分のペットボトルを見分けることは出来ず。

 それ故に間接キスをする確率が高まってきている、という現実の確認を。




 ──さて、どうしようか。ちょっと、気まずいような気を遣いすぎているような……。


 そう考えながら、僕は横目で三本のペットボトルを確認する。

 何度見ても、そのペットボトルたちは、全て同じ様子に見えた。


 いや、正確に言えば、多少は差異があるのだ。

 各々の一口の量が違うためか、液面の高さはそれぞれ異なっているし、パッケージの汚れなども、多少は差がある。


 しかし、じゃあそれが「このペットボトルは間違いなく自分のものだ」と言い切れる証拠になるか、と言われれば、そうではない、と答えざるを得なかった。

 当たり前だが、そもそもにして自分が手に持ったペットボトルの特徴や、最初の一口でどのくらいの量を飲んだかなど、大して覚えてもいない。

 さっき貰ったばかりの物なので、名前を書いているはずもなく────三本とも同じ銘柄であることから、区別のつけようがないのだ。


 だが、流石に。

 だからと言ってこれらのジュースをもう飲まない、というのも勿体ない。


 さっき床に落としたが、蓋を閉めていたために零れてもいないし、中身に影響も無いだろう。

 自分で持ってきたから、というのもあるのかもしれないが、出来ればまだ飲みたかった。


 つまるところ、これらのペットボトルにまだ口を付けようとする以上、その配り方はランダムにならざるを得ず。

 結構な確率で、他人が口を付けたものを手にしてしまう、という事である。


 だから、レアの言う間接キスが起こるわけだ。

 そのあたりを意識して、僕と神代は──一応告白した仲でもあるので──さらに微妙に気まずくなっていく。


 さらに、僕の場合は。

 もう一つ、気まずくなる理由が────というか、この現状を口にしにくい理由があった。


 ──正直、僕としてはそう言うのは気にしないんだけどな……潔癖症ってわけでも無いし。でも、男子である僕からそれを言うのも、何かな……。


 ぶっちゃけたところ、僕としては、誰が口を付けたのか、なんて問題はどうでもいい。

 何せ、失恋を理由として、一ヶ月以上も掃除をしない部屋で寝起きしてしまうのが、僕という人間である。

 流石に滅茶苦茶汚いのは嫌だが、程々のレベルさえ保たれていれば、衛生なんてものには大して拘っていない。


 しかし、この状況で「僕、間接キスとか全然気にしないから、適当にとっていい?」と聞くのは、何となく躊躇われた。

 理由は当然、僕が男子で、神代とレアが女子だからである。


 何というか、ここでそう言うことを言ってしまうと、僕が間接キスを期待しているように思われるのではないか、という気がしたのだ。

 なまじ男子が僕一人である分、そういう疑惑は発生しやすい。

 平たく言えば、下心を疑われるのが嫌だったのである。


 ただ、僕のしょうも無い躊躇いを抜きにしても、神代やレアのことを考えると、あまり言い出せない雰囲気ではあった。

 僕が気にせずとも、二人がそう言うことを非常に気にするタイプである可能性は、当然ある。

 その場合、二人の意思を無視して勝手に口を付けるのはちょっとな、という思いもあったのだ。


 特に────僕の隣にいる神代の様子は、少し観察するだけでも気にかかるものだった。

 というのも、彼女にしては珍しく、割と取り乱しているのである。


 最初にこのペットボトルたちを床に落としてしまった、という点を気にしているのだろうか。

 僕とレアが間接キスについて言及して以降、彼女は焦ったような表情で三本のペットボトルを順々に見つめている。

 その顔色は、心なしか青かった。


 ──結構、そう言うの気にするタイプなのかな、神代。だけど、自分から気にしていると言い出せない、みたいな。


 彼女の様子を見ながら、僕はそんな推理をする。

 もしかすると、僕の推理は見当違いで、また別の理由があるのかもしれないが────まあ、今は良いだろう。

 彼女の行動の理由が今一つ不明瞭なことなど、今に始まったことでもない。


「……エイジ、エイジ」


 そんなことを考えているうちに、レアがトントン、と僕の肩を叩く。

 今度は、掌をキチンと開いていたため、痛くは無かった。

 だから僕の方も、余裕を持って彼女に応対する。


 すると、レアの瞳が、いつの間にか大きな期待を湛えたものになっていることに気がついた。

 何故、と思う間も無く、彼女はこんな提案をする。


「……何だ、レア?」

「この、ペットボトルですが……エイジ、元々は誰のものだったのか、()()()()()()()()()()?」

「見分けるって……推理でか?」


 はい、と大袈裟にレアが頷く。

 彼女の視線には、一点の不信も無い。

 あまりにも純粋な視線に、僕はう、と言葉に詰まる。


「だって、エイジが名探偵であること、私、今までの二回の推理で十分に分かっています!だから、フランスに帰る前に、またエイジの推理、見たいです!」

「そう言われてもな……これ、推理で何とかなる問題なのか?」


 反射的に、弱音が口から飛び出た。

 本当なら、お別れ会のど真ん中でこんなことを言いたくはないが────それにしたって、出来ることと出来ないことがある。


 再三言うが、三本のペットボトルには、外見上の違いはまず無いのだ。

 床に落ちた時に適当に拾ってしまったので、置いてあった順番や立ち位置も忘れてしまっている。

 この状態で所有者を見分けることが出来たのなら、それはもう、殆どエスパーの領域では無いだろうか。


 ──レアの信頼を裏切るようで悪いが、これは流石に……。


 ある種の勘で、僕は「無理だ」という結論を下す。

 もしかすると、努力すれば出来るのかもしれないが、その推理はお別れ会の時間中に終わる気がしない。

 ここで変な推理に時間を割くよりは、お別れ会を何としても続けた方が、余程有意義だろう。




 だから、僕はすぐに、「ごめん」と謝ろうとして────。

 それとほぼ同時に、突如口を開いた神代の声によって、その謝罪を遮られた。




「……私からも、お願いしていいかしら、桜井君」

「神代?」

「これ、『第四の謎』だから……いえ、『第四の謎』ということにするから。だから、お願い」


 唐突に、神代はそんな意味深なことを言って。

 その勢いのまま、僕に向かって頭を下げた。

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