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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ:五円玉二十枚の謎
32/94

留学生と五円玉の穴の関係

 ──そうなると、後は何故五円玉だったのか、という部分だけか。そこさえ分かれば……。


 ふっ、と頭の中に、自然と次にするべきことが浮かんだ。

 同時に、先程僕が、五円玉を出した時の光景が思い出される。


 百円玉ではなく、五円玉を熱心に見つめていたレア。

 もしかすると、あれは────。


「……エイジ?どうしたんですか?」


 彼女に質問したきり、不意に黙ってしまった僕のことが心配になったのか、レアがこちらの顔を覗き込んでくる。

 しかし、申し訳ないがそれに反応する暇は無かった。


 もっと先に、確かめたいことがある。

 そう感じた僕は、レアを無視してスマートフォンを取り出し、即座に検索画面を画面上に呼び出した。


「エイジ、本当にどうしたんですか?」

「……レア。大丈夫、寧ろ、少し静かにしてあげて」


 相変わらず心配するレアの言葉を、隣で神代が止めたのが分かった。

 その声は落ち着いていて、手慣れた感じすら思わせる。


「多分、彼、今物凄く集中しているから……もう少しだけ、待ってあげて」

「んー?……もしかして、アレですか?私、後少しで推理ショーが見れます?」

「ええ、そうかもしれない」


 隣の方で、そんな会話がごちゃごちゃと繰り広げられる中。

 僕は「硬貨 外国」とか、「五円 五十円 何故」などと検索し、答えを確かめる。

 そして、大体の事情を頭の中でまとめてから、ようやく、顔を上げた。


「……神代、レア」

「はい!どうしましたか?」

「もう、まとまった?」


 レアは、何かを期待するようなキラキラとした瞳で。

 神代は、柔らかさを感じさせる穏やかな表情で、こちらを見つめる。

 それを受けて、僕はゆっくりと口を開いた。


「『第三の謎』……解けたかもしれない。言ってもいいかな?」

「ええ、どうぞ?」


 神代が、委細把握した、という感じで話を促す。 

 それに乗っかるようにして、僕はいつもの言葉を繰り返した。




「さて────」




「まず、最初にレアに感謝しておこうと思う。今のレアの推理、凄く参考になった。だから、あれを聞かせてくれてありがとう」


 最初にそう言って、僕は軽く頭を下げた。

 二番目に謎を解く立ち位置になった以上、そう言っておくのが礼儀だと思ったのだ。

 しかし、話始めに褒められるとは思っていなかったのか、レアは驚きの声を漏らした。


「え、そんなに役に立ちましたか、私の推理……ということは、やっぱり殺人事件だったのですか?」

「いや、そこは違うけど……細かいところが、凄く参考になったんだよ。例えば、『最初にガムを買ったのは、両替を頼みやすくするため』という部分は、そっくりそのまま真実だと思う」


 軽く突っ込みを入れながら、僕はそんなところから推理を始める。

 尤もこれは、僕の推理と言うより、レアの推理の補填とも言うべき物だったが。


「後、近くに光琳神社があることを考えると、レアの言っていた『最終的に二十枚の五円玉は賽銭箱に納められた』という部分も、真実だと思う。……だから、その人はきっと」


 言葉を練りながら、結論から述べた。

 少々、誤解を招く表現ではあったが、致し方ない。


「彼は、()()()()()()()()()、このコンビニで両替を頼んだんだ。多分、彼は神社を訪れた観光客の一人で、お賽銭に使うために、小銭が欲しかったんだと思う」

「待って……それだと、話がおかしくならない?」


 当然と言うべきか、話の矛盾を発見したらしい神代が口を挟んだ。

 そして彼女は、自分が聞いた話を繰り返してくる。


「確か叔母さんは、両替を頼まれた時に、全て五円玉にせずとも、必要な枚数を言ってもらえばいい、と提案したはずよ。もしお賽銭のために両替を頼んだのなら、その提案に乗るはずじゃない?何故、彼はその提案を断ったの?」

「まあ、確かに」

「後、両替が理由だと考えると、わざわざコンビニに両替を頼みに来た理由が分からなくなってしまう……その人、財布に小銭が一切無かったの?流石に、それはちょっと珍しいと思うけど」

「その通りだな」


 当然生じる疑問だったので、僕はしっかりと頷いた。

 実際、僕もここが引っ掛かって、光琳神社のことを知りながら、「賽銭料」という答えにすぐには飛びつけなかったのだ。


 と言うのも普通、お賽銭と言うのは、投げ入れるのは一枚か二枚だ。

 仮に、他の家族の分などを件の男性が用意しようとしていたにしても、五枚もあれば事足りるだろう。


 しかし、彼は二十枚全てが五円玉であることを望んだ。

 この辺りに、矛盾が生じてしまう。


 さらに、果たして両替をしてもらえるかどうかも分からない、このコンビニにお賽銭の調達を頼みに来たというのも、よくよく考えれば変な話だ。

 財布の所持が許されない程の子どもならともかく、彼の見かけはサラリーマン風だったのだから、お賽銭に使うくらいの小銭など、両替に頼らずとも持っているのが普通だろう。

 実際、百円玉は持っていたのだから。


 仮に、彼が百円玉や五百円玉ばかり持っていて、偶然少額の硬貨を所持していなかったにしても、自動版販売機でも探して買い物をし、そのお釣りをお賽銭に回せばいいだけの話である。

 何故、そう言った他の手段に頼らず、焦って走ってまで両替を頼んだのか。


 これらを全て、説明出来る仮説があるとすれば────。


「当然、どうしても二十枚近く必要な理由があった、ということになる。だからこそ、さっきレアに聞いたんだ。……レアの留学生仲間は、何人居るのかって」

「何人……お賽銭……あっ、分かりました!」


 ここまで言われて、流石に当事者として思い当たる節があったのだろう。

 レアは膝を打つような仕草をとり、さらに真相の一つを告げた。


「お賽銭が必要だったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?皆、昨日あの光琳神社に行っていたはずですし……彼らの中は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ですから」

「そう、だから、大量の両替が必要だったんだ。全員分のお賽銭が必要なんだから」


 僕は一つ頷いて、話をまとめていった。


「ここからは僕の想像がかなり混じるけど、起きたことの順にまとめようと思う。……まずツアーの一環として、留学生たちはあの光琳神社を訪れた。そして、せっかくだし、お賽銭でも入れようか、という話になったんだと思う」

「まあ、神社に来たんだし、そうなりそうね」

「だけどここで、問題が起こった。当然と言うか何というか、留学生たちが日本円の小銭をあまり持っていない、という問題だ」


 レアに五円玉と百円玉を見せる段階でも推理したことだが、日本に来たばかりだった彼らが、紙幣ならともかく、小銭をそうたくさん持っているとは考えにくい。

 無論、光琳神社に来るまでのツアーで何か買い物をした可能性はあるが、ツアーの後はホームステイ先に向かおう、という段階で、あまり荷物を増やすような真似はしにくいだろう。

 完全に想像だが、彼らの殆どは、日本円の小銭を持っていない状況だったのではないだろうか。


「まあ別に、だったらお賽銭は入れなくてもいいか、とか考えても良いんだろうけど……それはそれで、ちょっと様にならない。だから多分、ツアーの引率役だった、通訳の人とかが立て替えることになったんだと思う。外国のお金を入れるのも、神社側の手間が増えてアレだし」

「二十人近く居るとは言え、お賽銭くらいなら少額だものね。確かに、有り得そう」


 一度頷いて、しかし再び、神代は首を傾げた。


「だけど、それはそれで、何故五円玉でなくてはならなかったの?別に、一円玉とかでも良かったと思うけど」

「……ああ、それは多分、この()のせいだと思う」


 そう言ってから。僕は机の上に投げ出されたままの、僕の五円玉をつまむ。

 そして、その中央に空いた穴を軽くなぞった。


 バウムクーヘンを思わせる、そのデザイン。

 日本人なら、誰しもが当たり前に感じているであろう、その穴。


 しかしこれも────外国の人から見れば、当たり前のものではない。

 僕は、先程調べたネット知識を念頭に置きながら、レアに問いかけた。


「なあ、レア。さっきこれを出した時、レアは物凄く物珍しそうに、これを見ていたよな?その理由を、教えて欲しい」


 突然の問いかけに、レアは目を瞬かせる。

 しかし、驚きながらも、彼女はしっかりとした答えを返した。


「……だって、そのお金、()()()()()()()()()()()()()()()。だから珍しいな、と思ったんです。私、今まで、穴の空いたお金なんて、実際に見たことありませんでしたから」


 まあ私は、日本の漫画を通してデザインだけなら見たことがありましたけど、とレアは言葉を続ける。

 それを聞くと同時に、僕は自分の考えの妥当さを確認した。


 ────今日、ここに至るまで、僕たちはいくつものの異文化に関する話を聞いてきた。

 例えば、フランスではコンビニは当たり前ではない、という話だったり。

 或いは、話し方のレベルで、互いの言語が食い違うこともある、ということの確認だったりした。


 要するに、当たり前のことではあるが、ある国では常識的な事柄も、他国では常識ではない。

 その例の一つこそ、この「通貨の穴」なのだ。


 僕も、先程検索して知ったばかりの情報だが────穴が空いた硬貨を使う国と言うのは、世界でも少数派らしい。

 地球上には、日本を含めて二百近くの国家が存在するが、その中で穴のある硬貨を採用している国は、せいぜい七か国くらいである。

 無論、レアの故郷たるフランスにも、そんな物は無い。


 ドルにしろ、ユーロにしろ、セントにしろ、硬貨という物は全て、完全な円盤状なのだ。

 そう言った通貨を使用している人にとっては、穴の無い硬貨こそ常識なのである。


 だからこそ、五円玉を見たレアは──推理漫画を通してその存在を知っていて尚──その穴を珍しがった。

 となると、当然、彼女の留学生仲間も────。


「……多分、賽銭箱を覗くか何かして、留学生の誰かが、この『穴の空いた硬貨』を珍しがったんだろう。それで、どうせなら手に取ってみたい、お賽銭もこれにしてほしい、とか言い出したんじゃないかと思う」

「だからこそ、ツアーの引率役は、留学生の人数分の五円玉が必要だった……?」

「そうだ。と言うか、だからこそ、わざわざ両替に来たんだろうけど」


 他の硬貨ならともかく、五円玉が必要、となると、両替以外の方法では集まらないのである。

 何せ、五円玉は自動販売機で使用されていないので、適当な買い物をしてお釣りから流用する、という手が使えない。

 最初に考えた通り、一枚二枚ならともかく、大量に使用されることを想定自体されていない通貨だからこそ────大量に用意しようと思うと、どこかのお店のレジに駆け込むくらいしか、調達手段が無かったのだ。

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