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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅡ:なぜ、神代に頼まなかったのか?
19/94

漫画家とペースの関係

「……まあ、だから、古い順にまとめていくと、こうなる」


 そう前置きしてから、僕は一年半前からの涼森舞の行動を振り返った。


「まず、彼女は中学生になる少し前くらいから、漫画雑誌に自分の描いた漫画を投稿し始めた。神代が知らなかったんだから、それは主に、漫研の部室で描いていたんだろう」


 神代の記憶が正しければ、当時の彼女は、遊びの誘いを断るようなことは──雑誌を買う日を除けば──していない。

 だが同時に神代は、普通に学校がある日は、部活や生徒会があるために、放課後に遊ぶようなことは出来なかった、とも言っている。


 つまり、漫研の部活がある日は、普通にそちらを優先していた、ということだ。

 故に涼森舞は、神代に気づかれないまま、漫研でそれを描くことが出来た。

 それぞれの月で、放課後の活動を全て漫画に費やすことで、作品を完成させていったのだろう。


「そして彼女は、月に一回のペースで投稿をしていた。学生生活の傍にそれをやるのは、結構大変だったと思うけど……まあ、ページ数の少ない作品を投稿したのかな」

「……そして、漫画雑誌の新刊が出るたびに、その結果を確認しにいっていた、ということ?」

「そうだと思う。まあ、雑誌側も投稿作品の評価するのに、それなりの時間がかかるだろうから、数ヶ月のタイムラグを挟んで、買いに行ったんだろうけど」


 だからこそ、彼女が漫画を投稿し始めた時期を、「中学生になる少し前」と推理したのだ。

 そのくらいの時期から投稿を始めないと、四月発売の雑誌には結果が載らない。

 コツコツと、小学生の頃から描いていたと考えても、おかしくはないだろう。


「……でも、それって隠し通せる物なの?」


 不意に、神代が解せない、という顔をして問いかけて来る。

 一年以上もの間、友達が密かに漫画を投稿していたという事に気づかなかったこと自体を、信じきれないようだった。


「私、舞がそういう絵を描いた場面は殆ど見たことがないし……それに、最近の漫画って、確かデジタルで描く人も多いのでしょう?だけどあの子は……」

「機械音痴、だろう?」


 神代の発言を、先回りしてこちらから言う。

 実際、この辺りが彼女の思考の中でネックになっている部分のようだった。

 そのくらい、ペンタブレットを使いこなすとか、そう言うビジョンの見えない人なのだろう。


「まあ、そこに関しては、普通に手でやった、と考えるしかないだろうね。昔ながらのやり方で、紙とインクで作画をしたんじゃない?」

「だけど、そう言うのを持っていたり、買っていたりする場面を見た事も……」


 そう言いかけて、神代があっ、と小さく声を漏らす。


「そっか、あの子の家である文房具店……!」


 そう、そこだ。

 この点を考えれば、神代のような涼森舞の周囲の人物が、漫画の道具を買っているような場面を見たことがない事も、頷ける。


 当たり前だが、アナログで漫画を描こうとする場合、いくつか道具が要る。

 各種のペン、インク、紙、トーンなどなど、か。

 僕も滅茶苦茶詳しいわけでもないので、これ以上は分からないが、もしかするともっと必要なのかもしれない。


 そしてこれらは、ペンタブレットやパソコンと違い、()()()()()()()()()()()()

 話によれば、涼森舞の親の店は、ある程度は大きいところのようだし、これらを取り扱っていないということはないだろう。

 要は、涼森舞が漫画を描こうとするなら、家から一切出ずとも、道具が揃うのだ。


 だからまあ、神代が漫画の存在について感づけなかったのも、無理はないだろう。

 漫研の部室を除けば、道具の買い集めから脱稿まで、全て家の中で完結していたのだから。


 いくら仲が良くても、毎日家の中に通うわけでもない。

 多少の周囲に気づかれそうな変化──手にインクがつくだとか──はあったかもしれないが、秘密裏に漫画を描くこと自体は可能、ということだ。


「……それで、こう言う環境も相まって、彼女は漫画を描いている事を、周囲には秘密にした。叶うかどうかも分からない、将来の夢の話だしね。あまり言い触らす気にもなれなかったんだろう」

「そうね……夢の話は、デリケートだから」


 年頃の女子中学生として、納得しやすい話だったのだろうか。

 神代は、先ほどまでとは打って変わって、彼女の動機に関しては、すぐに理解してくれた。


「じゃあ、舞はしばらくの間、周囲にも隠したまま漫画を描いて、家で道具を揃えて、というのを繰り返していたのね?」

「そう言うことになる。まあ、君の話からすると、半年くらいで一人で本屋に行くのは止めたらしいから、直に投稿は中断したんだろうけど」

「……その中断は、どうして?」


 そう問われて、んー、と唸った。

 この辺りは、正直はっきりとは分かっていないというか、完全に妄想の範疇である。


 ただ、証拠ゼロで良ければ、これなんじゃないかな、という考えはあった。

 だから、僕をその仮説を持って返答に代える。


「僕の空想だけど……多分その時期あたりから、彼女は、今までよりも時間がかかる()()に取り掛かり始めたんだと思う。だから、月一で漫画を投稿するようなことは、しなくなったんだ」

「大作……もっとページの多い、手間のかかった作品を作る方に切り替えた、ということね?」

「そう言うこと」


 恐らく、と言う話なのだが────。


 涼森舞が、最初の半年で投稿した作品たち。

 つまり、一年生の頃から作ってきた物たちは、あまり良い評価は得られなかったのではないか、と思う。

 平たく言えば、即デビュー、などと言えるような上手さではなかった、ということだ。


 仕方ないと言えば、仕方ない話だ。

 涼森舞にどのくらい漫画の才能があるのかは知らないが、どうしたって中学生である以上、彼女の投稿作品は、学生生活の合間を縫って作った物になる。


 学校に通っているなら、当然、テストもあるし、授業もある。

 宿題もあれば、行事だって存在する。

 一日あたりの漫画に費やせる時間は、元々そう多くない。


 しかも──周囲に漫画を描いていることを隠している以上、しょうがないのだが──神代のように親しい友達は、以前のように遊びに誘って来る。

 雑誌の結果発表の日は、それも断っていたようだが、友人関係を崩さないためにも、断れない日も多かったことだろう。


 要するに、悲しいかな、自分の全エネルギーを漫画に注ぎ込む、とはいかないのだ。

 必然的に、その月の投稿締め切りに間に合わせたければ、絵の質や展開の面白さなどで、妥協せざるを得ない。

 果たして、涼森舞が満足できる制作環境にあったかどうかは、疑問が残るということだ。


「……それで、もっと時間をかけて作品を作ろうって感じの心境になったんだと思う。その方が、自分にとっても作品にとっても良いだろうし」

「毎月投稿することは止めて、一作ずつ時間をかけて投稿するようにしたのね?」


 なるほど、と神代が頷いてくれる。

 そしてその後、はた、と何かを発見したような顔をした。


「えっ、待って……その後、私が舞の変化を察したのが、今年の夏休みなんだけど……ということは」

「そうだ。恐らく彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一年生の後半から二年生の夏まで、少しずつ描いていたんだ」


 そして、そのラストスパートが今年の夏休みだ。

 元々、長期休みという事もあり、彼女から見れば、周りに気を遣わずに漫画に集中出来る貴重な時期でもある。

 それこそ、適当な理由をつけてあらゆる誘いを断り、外にもほぼ出ず──先述したが、道具は家で全て揃うのだ──漫画を描きあげていった。


「それで、ようやく完成した物を投稿したんだろう。いつ投稿したかは知らないけど……夏休み明けに、その結果は出た」

「結果……さっき言ってた、賞金のことね?つまり、舞は、その一年がかりの作品で……」

「そう。念願叶ったというべきか、何かしらの賞を受賞したんだろう。君が遊んだ時に彼女が持っていたお金は、その賞金、と見て良いと思う」


 少しだけ、急いだ口調で僕は推理を語った。

 余計なことを、彼女に気がつかれないように。

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