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消失②

 森は王城の所有とあって、手入れが行き届いていないということはない。常時、伐採されているとはいっても、この緑貧しい国の中では豊かに葉が茂っていると見えた。枝が地面に落とす影が風に揺れた。


 後ろを振り返っても、別れた女官達の姿を完全に捉えられなくなった頃、ようやくココが高らかに宣言する。

「さあ、こちらが私の申しましたくだんの木ですわ」

「……そうですか」


 それは別段、変わった木とも思えない。恐らく神界でも生えていたし、王都の通りでも、ごくたまに見かける類のものだった。

(賢者の神ファロなら、この木の芽に効用があれば知っているでしょうけれど)

 残念ながらディーネは彼ほど物知りではないし、この場にいないファロに木の芽について尋ねるわけにもいかない。


「どうなさったの? 早くお採りなさいよ」

 と勧めながらも、ココの方こそ微笑むだけで手を動かそうともしていない。


 ディーネはココが見ている手前、木の芽を数個だけ採ることにした。万一、木の芽に何の効果も無かった場合には、せっかく付けた木の芽を刈り取られた木が可哀想というものだった。

(幾つかあれば、調べるのに充分な量だわ。採り終えたらココ様を誤魔化して、全て部屋に持ち帰りましょう。本当に効用があったら、また自分で採りに引き返せばいいわ)


 ディーネは一本の木に近付くと、自分の背の高さよりも少し上の所に生えた芽を鋏で切り、左腕にかけた籠の中へ入れる。ところが「さて次を」と思ったところで、不意にガサリという誰かの足音が聞こえたように思った。


「! 貴方は……」

 現れたのは、一度フィラルの町で会ったことのある黒髪の男だった。他とは一線を画した硬質の美貌と、印象的な紫の瞳の冷たさを何となく忘れることが出来ずに今へと至っていたが、まさか再び会うことになるとディーネは思ってもいなかった。男の身分は低くなさそうだったので、王城に出入りしていても不思議ではなかったが。


「……」

 男をまじまじと見返した一瞬後、ディーネは自分が甘い考えでいたことを悟り、うろたえて籠も鋏も取り落としながら無意識に後ずさった。

(怖い)

 

 目が――――男の瞳が他を映さずにディーネだけを追い、彼女だけを求める熱を持っていることに気付いたからだった。


「っ、クリスさん!!」

 助けを求め、声を限りに叫んだのと、男の腕に捕らわれたのと、どちらが早かっただろうか。その答えを出す余裕など、彼女には無い。


「離してっ」

 彼女を強く抱きしめるのに使っているのは片腕のみなのに、びくともしない。息が詰まりそうだった。

「抵抗など、やめておけ」

「!」

 他者を絶対的に従わせる支配者の、重みある声に、一時ディーネは身体を竦ませる。


「ようやく、そなたを我が腕に出来た。……この柔らかさと、甘きかぐわしさ。やはり直接に触れなければ分からないものだな」

 ある程度の満足があったのか、――そう考えるのも彼女は複雑だったが――、拘束がほんの少し緩められる。

 機会を逃すまいとディーネが両手で男の胸を押し返そうとして、わずかな距離が生まれる。相手の顔を見上げる、ただそれだけの距離が。

 彼女は闇の深い、紫の瞳と見つめ合う。


 

「貴方は誰、……誰なの?」

 ディーネが掠れた吐息のような弱々しい声で尋ねれば、

「我が名はラーゼミン」

 驚愕せざるをえない答えが返ってきた。


「っ、……ラーゼミン=ルアル……!」

(そんな。彼は今、戦場にいるはずでは……。どうして、こんな所に?)

「その通りだ、美しい女神よ。これより、そなたのものは全て私のものとする。身も心も、神力も」

「!!」

(私の正体まで把握されている!)


 呆然とする間に再び抱き寄せられる。

「嫌……やめて……!」

 愛していない男によって良いようにされていることが、心底おぞましかった。

(でも、どこかでクリスさんは私を見守ってくれているはずだわ! そうよ、すぐに助けてく――)



「目的の女性を手にされ、おめでとうございます」

 

 よく知った者の声がした。彼女が信頼してきた護衛のものだった。


「クリスさ……?」

 見れば、護衛は片膝を折っている。ディーネに対してではない。


(クリスさんは誰に……膝まづいて……)

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