王城㉒
レオールと見つめ合ったまま、ディーネは彼の思いに囚われたかのごとく身動き出来なくなっていた。そんな彼女に優しく語りかけるように、レオールは告白を続ける。
「本当は初めて見た時から、お前のことが好きだったのだと思う。マルクのように早い段階で思い人に対して率直になれなかったことをとても後悔している」
「陛下、お願い致します。それ以上は仰らないで。聞きたくないのです。でないと、………………」
(でないと、私――――――)
このまま彼の思いを聞き続けたら、心を動かされ始めてしまう。そんな迷いに彼女は恐怖した。
(私が王に対して長く感じていた不安は、このせいだったんだわ……。彼に惹かれてしまったら、もう慕う気持ちを抑えられなくなる!)
落ち着こうとしても、ディーネは動揺してしまう。そんな彼女の瞳の奥に映った気持ちの揺らぎを見逃してくれなかったらしいレオールは、話すことを止めてくれない。
「ディーネ、お前と初めて出会った時、『遂に反乱軍側は俺好みの女まで考えて、刺客として送り込んでくるようになった』と腹が立って仕方がなかった。それからも、その苛立ちを収めることが出来ないまま、お前と接してきたけれど、本当は強く惹かれていたんだ、心から。俺は……自分の隠れた願望に嘘を付こうと必死だった。
お前に滞在場所を王城にするかマルクの家にするか選ばせた時も、マルクの家を選ばれ、ただ悔しかった。俺を選んでほしかった」
また彼女の手の甲に口付けが落とされた。先程よりも軽い、羽をかすめたような、触れるか触れないかという感覚が残される。そこから彼の熱い恋情が伝染し、ディーネの中で燃え上がるかのように錯覚してしまう。
「叔父上の予言の探索などは二の次のことで、俺がマルクの家やフィラル城に行ったのはお前に会いたかったからだ。ひと目でも姿を見たくて、言葉を交わしたくて…………、その美しい瞳で俺を見て、その愛をこちらに向けてほしくて。だから、まだ俺の言葉がその胸に届くならば、どうか色よい返事を聞かせてほしい。
マルクが戦地で任務を果たしているというのに求婚するとは卑怯だと言うならば、あいつが戻るまで返事は保留でいいから」
そこでレオールは口を閉じ、跪いたままで彼女の返答を待つ体勢を取った。
ディーネは彼に何がしかの返答をしなければならず、思い悩む。目を閉じれば、神界から落とされてレオールの腕に受け止められた時のことが、頭の中でありありと浮かんでくるようだった。
「私も……貴方に惹かれていました、どんなに恐れても惹かれずにはおれませんでした。王の中の王、雄々しく気高く、そして知性と優しさを持ち合わせた貴方に。でも私はマルク様と心を交わしております。そして、あの御方を生涯愛したいのです。ですから陛下の愛に応えることは出来ません」
最後、ディーネはレオールを直視したまま話すことが出来ずに俯いて言った。
ゆっくりと力を失っていくかのように、触れ合っていた彼の手が離れていく。レオールが立ち上がったのが、何となく気配で分かった。
「そうか。ならば良い。……だが、一つだけ尋ねたいことがある。その答えがどのようなものであったとしても、誰にも漏らさないから、どうか真実を教えてほしい」
その言葉に、彼女は思い切って顔を上げる。
「もし我々が出会った日から、ずっとお前を王城に引き留めて俺の側に置いていたら……、マルクではなく俺のことを愛してくれただろうか?」
「はい、陛下。きっと愛しておりました」
それは、およそ現実味のない、薔薇咲き乱れる美しい庭で告げた、これから先も両者だけしか知ることのないだろう秘密。




