王城⑳
(話すとは決めたけれど、お互いが信用し合えていない段階で全てを打ち明けていいものなの? 後で彼に裏切られて、後悔する羽目に陥らないかしら。
いいえ、それよりまず彼に、どこまで私の話に付き合ってくれる気があるかだわ。神力が自由に使えない状態では、私が女神だと言っても信憑性が低いもの)
不安から、束の間ディーネは逡巡する。しかし、そんな彼女の迷いは見抜かれていたようで、ウォールデスの一言が鋭く飛んできた。
「何かを隠そうなどとは思うな」
「……分かりました」
少しでも不明な点があれば、彼は深く追及してくるだろう、とディーネは思う。彼に「知らない」或いは「分からない」と押し通し、部分的に隠して話すのは難しく見えた。しかも隠したこと自体がウォールデスに察知されれば、彼の信頼と温情は二度と望めなくなる。クリスの身が向こうの手の内にある今の段階では、あらゆる危険を避けなければならなかった。
「少し話が長くなってしまうかもしれませんが、分かりやすいように事の始まりから、お話し致します。
私は――――――、」
ディーネはウォールデスが彼女の話と真剣な態度から、全て真実だと感じ取ってくれることを願って話し始める。
「――――――私は二神から生まれた、正真正銘の女神です。自分の意志で使うことは出来なくても、この身に宿った神力のおかげで、私は永遠のような時を生きてきました。私が人間であれば、既に寿命が来て死んでいるはずです」
「永遠のような時を生きてきた、か。確かに、そなたは長く接すると不思議な面差しをしているように見えてくる。一見では優しげで可憐な少女としか思えないが。きっと時折瞳の奥に見せる不屈の意志と、強い理知的な光のせいだな」
難しい顔をしたウォールデスの視線を浴びながら、ディーネは話を続ける。
「私が神力を使えないのは幼少の時からで、何故なのだろうと悩んできました。この身に刻まれた文様の為だと気付けたのは、最近のことです。けれど、どうして身体に文様が付けられることになったのか、その経緯は詳しく分かっておりません。ただ、五日前の夜、私が王城でお借りしている部屋に現れた見知らぬ男神が施したものではないかと疑い始めてはいます」
「五日前の夜というのは、壁の文様が壊された日と一致するな。まさか、その者が文様も破壊したと言いたいのか?」
「はい。そう考えると、話に筋が通ることは事実です」
「……そなたの部屋で、その男神とやらは何をした?」
「彼は神力で、王軍と反乱軍の兵営の光景を私に見せました。そして彼は他にも神力を使っていたようです。近くにいた女官の方達が眠らされたのか、起こしても全然動きませんでした。それに扉の調子が急に悪くなって開かなかったので、それもかと思われます」
意外にもウォールデスはディーネの話をきちんと聞いており、返答してくる。
「透視術と催眠の術と、外部との遮断術の三つだな。しかも、そなたの部屋に行く前には王城へ侵入した移動術を使った上、壁の文様も静かに解術したと言うのか。その全てを容易く行えるとすれば、まさに神だ。
待て、そうか。そなたに会いに来た男神は、まず神力の行使を妨げる壁の文様の存在に気が付いた。そして、彼にとって邪魔になる文様を他の意図は何も無く破壊したのか。だとすれば私は壁の文様を魔力封じとしか考えてこなかったが、あれは神力も封じるものいうことになるな。つまり神力と魔力とは相通じるものがあるのかもしれない。もしかすると魔術師の持つ魔力は昔、神々が人に分け与えたものから受け継がれているのかもしれないな。突拍子もないが、面白い話じゃないか。
…………それで、その男神が本当に存在したとして、何故そなたに彼が文様を付けたのだと思った?」
「彼は私に向かって『苦しめ』と言い残して去っていったので、私が幼少時に彼を怒らせることをしたのではないかと思ったからです。でも、心当たりはございません。身に刻まれた文様が、思い出すことを阻んでいるように思えます」
そこでウォールデスは少し黙り、
「……クリスは、そなたが文様を負っていることを知っているのだな。だから、あれほど献身的にそなたを守ろうとしたのか。あいつは、そなたが女神であることも分かっているのか?」
と、質問してきたものの、他に気を取られることがあるように考え込んでいた。
「はい。ちょうど殿下の時と同じように、フィラルリエット家で彼と私が軽く接触してしまったことがありましたので、その時に気付かれました」
「それで、その男神の見た目は…………、姿はどうだった?」
「大きなマントを着て、フードを被っていたので、よく分かりませんでした。でも頭に角みたいなものがあるように見えたので、私の推測ですが彼は獣神かもしれません」
「頭に何か別の物を付けて、そう見せかけただけかもしれないがな」
「はい。でも、そのような面倒なことをする神には思えませんでした」
「獣神だったほうが、文様に詳しいことにも説明が付く。文献を読むと、伝説上では獣神は文様の祖となっているからな。そなたが会った男神は祖先から文様について学んで発展させ、自分のものにしてきたのかもしれない。となれば、そなたに呪いの文様を施すことも、壁の文様を壊すことも可能だろう」
「あ!! そうですね。私が読んだ、文様のことを記した文献にも確かに『獣神』の記述がありました」
「それで? そなたに掛けられた封術を解く方法の手掛かりは全く無いのか?」
「ええっと……昔、どこかで聞いた一言ならば覚えています。――――――『お前の身体が熱に飲まれる時、或いは思い出すことが出来るだろう』というものです。この言葉が、もしかしたら鍵になるかもしれません。フィラルリエット家で風邪を引き、確かに『熱に飲まれた時』――――つまり熱が上がった時に思い出しました」
「つまり熱を出せば、全てを思い出すかもしれないと思い至ったわけか。だが、そのような細い身体では、わざと風邪を引くわけにもいかないな。大事になってしまう」
「そう……ですね」
「何だ! その歯切れの悪い言い方は! まさか、自ら風邪を引くつもりだったのか?」
いきなり血相を変えたウォールデスが詰め寄って来たので、ディーネは怖気づいて後ずさる。
「ええっと……、最終手段としては、考えておりました…………」
小さな声で白状すれば、彼は更に眉を吊り上げた。
「下手すれば重い病を招くぞ、止めておけ!」
「ですから最終しゅ………………」
「愚か者!! 馬鹿なことを考えるな!」
「っ、はい!」
(……………………あら? そういえば、先程から全然『そんな話は嘘だ』と言われてないわね)
疑っていないのかという思いを滲ませた瞳で、ディーネはウォールデスを見る。すると、
「そなたの話し方には疑わしいところが無く、内容には一貫性があった。私は、そなたをひとまず信じてみることとする」
と、嬉しい一言が不意打ちで返ってきた。




