★番外編(ラーゼミン視点)
太陽のある時間帯は、ふとした瞬間、まるで白昼夢のようにして目の前に現れる。夜の眠りにつく時は、瞼を閉じれば、強く記憶に刻み付けられた像が結ばれる、——————美しい女神の姿。
甘いショコラ色の長い髪と瞳を持つ彼女を初めて見たのは、今度の戦で敵将になるであろうフィラルリエットの町へ、自ら出向いた時だった。
その町に行くきっかけになったのは一つの占い。ルディスの透視は、よく当たる。この女の取柄はこれだけだが、このお蔭で私は欲しい力を得てきたことは否めない。
そう、あの日。
『ああ!! 感じます……、なんて…………膨大な力でしょう。このような存在が世にあるなんて……。これは、もしかしたら神……かもしれません』
六角形をした占いの間で、集中する為に目隠しをしたルディスは叫んだ。
『神だと?』
神など曾祖父の、そのまた前の代が残した記録に登場するような伝説に近い生き物だ。非常に美しいという、その身に神力を宿し、それがあることによって信じがたい力を具現化し、更には寿命も人の何倍も延ばしているという至高の存在。
だが、もしそんなものが本当にいるとでも言うならば、見逃す手はない。
『それは、どこにいる』
『…………こちらです』
床に広げられた世界地図に、白く細い指先が走る。迷いなく示された町の名はフィラルだった。
『出かける』
はっきりと私が言って部屋から出ようとしたところで、慌てたようにルディスは目隠しの布を顔から取った。
『お待ち下さいっ! 何も、わざわざルアル様が行かれなくとも……!! もうすぐ新たな戦も始まるということですのに————』
『……』
女の言は無視して、目の前で左右に開いた扉を閉める。
『お気を付けて、無事のお帰りを……』
そんな声も扉の向こう側で聞こえたが、必要以上に込められた情が不愉快で無視をした。
廊下を歩く足が自然と早まる。
————————面白い。『膨大な力』とは、どれ程か。
絶対に逃しはしない。その力を奪い取って、必ず私のものにする。この世にある全ては、現王らを弑して新王となる私のものなのだから。
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すぐさま手錬れの者達を伴い、いつも通りに我が力を使って空間を越える。まず、意識を向かわせた先はフィラルの方角。目的の者がいるという場所だ。
かすかな力の残滓を捉え、それを手掛かりに辿り着いたのは町の中心地だった。
『……すぐ近くにいるな』
そう、振り向けばすぐに、その者の姿を捉えることが出来るほどに。
かの者の近くに来たことで、また少しだけ力を感じ取ることが容易になる。私の内にある力と、向こうの力が共鳴しているのかもしれない。
だからだろうか、このように胸が高鳴るのは初めてのことだった。どくどくと心音が煩く、予感めいたものが頭の中をよぎる。
私を待ち受ける者への期待が高まっていく。
——————そして私は、可憐な女神の姿を本当に見つけた。
すぐにでも、その美しい瞳に私を映してほしいと強く思ったが、女神の隣で笑っている男の正体に思い当って、衝動を抑える。どうやら、あの厄介な男がいる今は、女神を攫う機会ではないらしい。女神を連れて我が力を使って空間移動したいところだが、先ほど大人数を移動させたばかりで結構な力を入れを消費してしまったのだ。もう少し時間が経たねば、力は使えない。
そこで代わりに素早く刺客たちに命じ、フィラルリエット将軍を襲わせる。
狙い通り将軍は女神を遠ざけ、彼女は束の間、無防備になった。
雑踏の中、女神は未だ私が見つめていることに気付いていない。近付き、風の中に解かれた彼女の長い髪に指を通せば非常に柔らかくて、ずっと触れていたい気分になる。その感触を惜しみながら、一度きりで手を下ろした。
そして、軽く触れることで分かった。脳裏に浮かび上がる文様。女神は神力を封じられている。考えようによっては好都合な話だ。
今回は、この邂逅だけで諦めることに決めた。だが、次は確実に攫う。
別れ際、女神がよろけた際に落とした髪留めを彼女の手に届ければ、警戒心が薄れたらしく礼を言われ、微笑まれる。間近で接すると、その微笑も声も素晴らしいことが分かった。
この女とならば、今まで煩わしいと思っていた婚姻を結んでもいい。この瞳に私だけを映させて、この愛らしい唇に何度でも私の愛称を唯一許して呼ばせてみたい。子が生まれれば、私の後継として据えることを許そう。他にも女神が望む物があるならば、私の意にそぐわぬものでない限り、手に入れて与えてやることを誓う。
ああ、これが愛というものなのか。
それを私に教える為に、あの女神はこの世界に降り立ったのだ。
当面は、始まる戦に集中して、頃合になったら自ら女神を迎えに行く。遣わした他の男が彼女の身体に触れるなど、許せることではない。
それから————彼女の力を手に入れた者が、次の戦を制す。それは自明の理に違いない。




