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王城⑤

「それで……戦争のことと言っても何を話せばいい? 戦場の様子とか、そういうことか?」



 聴く姿勢に入ろうとしていたディーネは、突然に問われて困ってしまった。そして今更ながらに、自分の知りたいことが漠然としていることに気付く。

 戦争について何を問いたいのかを、彼女は改めて急ぎ考えてみた。が、明確な答えは浮かんでこない。それもそのはずでディーネは人間の住む地に来るまで、人間に関する一切のことをほとんど知らずに生きてきたのだ。関心すら無かったと言ってもいい。彼女の関心は、どうやったら神力を発現できるかという一点に注がれてきたのだった。



(最終的に私は人間の何を知りたいのかしら。戦争のことだけ? いいえ、違うわ。きっと、それだけじゃないはず)



 その時、空に雲の切れ間が出来て、眩しい光が差し込んでくるかのように、ディーネは己が進むべき方向を見つける。



「実を申しますと戦争に限らず、私が知りたいのは全てなのかもしれません、陛下。勿論、私の知ることの出来る範囲でですが。そういうわけでございますから、貴方様の思うようにお話し下さいませ」

「……『全て』?」



「ええ。ヒュレイア戦争に限らず、この国の歩んできた過去を出来ることなら全部辿ってみたいです。

 どうしてと思われるかもしれませんが私は、この国で起きていることが自分と無関係だとは思えません。これまで私が関わってきた人々は、とても気持ちの良い方ばかりで。ですから私、彼らの為に自分が出来ることがあるなら何でもしたいのです」

 突拍子もない彼女の発言に、当然レオールは面食らって見えたので、ディーネは早口で補足した。



 すると王は彼女の顔をしばらく見つめていたが、やがて落ち着いた声で話し始めた。




「ならば、お前に聞いて欲しい——————、三年前のあの日まで、このグリシナ王国がどれほど類稀(たぐいまれ)な才を持つ多くの戦士を有していたかを。俺はお前に、いや一人でも多くの者に伝えたいんだ。彼らがどんなに義に厚く、気さくで腕に覚えのある奴らばかりだったかを。

 俺やマルクなんかは普段の合同稽古で彼らに喧嘩を売って、やっと相手にしてもらえた若造で、勝つ確率なんて低くて、必ず最後には負けて地面に這いつくばって悔しい思いをしたものだった。あいつら、槍も剣も腕っぷしも滅茶苦茶に強いんだ。それでも今思えば、毎日が充実していて楽しかった。……三年前のあの戦争のせいで、彼らのほとんどが命を落としてしまうまでは」



 当時のことを思い出して苦しんでいる王の様子を見て、ディーネは彼に辛い話を無理に強いるわけにはいかないと思った。



「あの、陛下——————」

「……心配するな。俺は話したいと言ったろう、彼らのことを。彼らのいた日々を無かったことにしない為に」



 彼女の、彼自身を案ずる視線に苦笑し、レオールは話を戻す。





「忘れもしない三年前の、あの日。ルアル領の大貴族ラーゼミンら結託した数名の諸公から書状で宣戦布告を突き付けられ、王軍側はいきり立った。ラーゼミンの素行は目に余るものだったから、その腹立たしい書状は我々が奴を討伐する正当な理由になりえた。王命を受け、王を城に残して俺達は戦地へ出発した。俺やマルクなど若い者は初陣だった。出立前夜に俺達は王の為ばかりでなく、大切な人々や民との暮らしを守る為に尽力しようと誓いあった……。

 行軍は途中から天候に恵まれず、雨ばかりだった。だから雨のせいで、ぬかるんで道が悪くなってしまい、足を取られて思うように進めなくなった。

 携えてきた食料は腐りにくいものが多かったが、不運なことに大部分が雨の湿気で(かび)にやられ出した。あんなに腹を空かしたまま、馬を走らせたのは生まれて初めてだった。連れてきた雌馬の乳などを飲み、俺達は飢えを(しの)いだ。帰りのことも考えて、兵糧を全て食いつぶすわけにはいかなかったから我慢したんだ。

 それらは相手側も同じだろうということも分かっていた。決戦は長引くことはないだろう————、誰もが、そう予想出来ていた。

 王軍の主力については、(さき)の将軍が率いる壮年の男達で構成されていた。俺は軍の上層部から見れば、初陣で使い物にならない王子だった。俺だけじゃない。若い者は補欠みたいな扱いで主軍から外された。『ひよっ子らは我々の活躍でも見ておけ』なんて俺達に宣言するほど、あいつらは勝利に確信を持っていた。眩しい位の自信だった。彼らが負けるところなんて想像出来なかった。しかも王軍の総数は約八千名、対して向こうは半数以下の三千と推定されていた。それなのに誰が王軍の惨敗を予測しえただろうか。

 古代に大きな都があったという信じられない伝説がある荒地で、激しい戦いの火蓋が切られた。敵将ラーゼミンのいる軍は道中の悪天候で到着が遅れていたが、予定時間に違いなく戦闘は開始された。両軍が揉みくちゃになるほどの斬り合いが生じ、王軍側は分けてあった陣を次々に援護のため投じた。反乱軍は押され気味だった。我々の勝利を確信した咆哮が、あちらこちらで上がっていた。本当に俺達の出る幕なんてないと、俺は王軍が誇らしくて胸が一杯になったよ。まもなくしてラーゼミンの隊が到着したが、奴が参戦したところで、王軍は絶対に負けやしないと思った……。

 だが突然、角笛を合図に敵軍の一部が引いた。それは怖気づいての退却に見え、王軍は追おうとした。けれど、まだ残っていた敵の部隊に防がれた。我が軍は邪魔者を切り捨て、逃げた敵を追うため躍起になっていた。その時だ。……嵐のような風が巻き起こって、彼らの身体を吹き飛ばし、引き裂いていくのが遠くから見えた。……嫌になるくらい、はっきりと見えた。

 俺達の隊長から敗走の指示が大声でなされて、それで俺達は我に返った。そして……皆で逃げた。本当は駆けつけたかった。あいつらの所に急いで行って、援護したかったんだ!! 傷ついた彼らの肩を抱き上げて、一人でも多くの命を救いたかったのに。倒れた男達が這いつくばって逃げる時間を稼ぐ為なら、彼らを背に(かば)って剣を握りたかったのに、若い俺達は逃げたんだ。

 ……軍では命令こそが一番守られるべきものだ。それをないがしろにすることは許されない。いざとなったら仲間を見捨てて逃げることを優先せよ、と言い含められていた俺達は泣きながら王都まで逃げた。我々の背後で、ずっと慕ってきた彼らの命が消えていくのを想像しながら。

 敵も俺達に追手をかけてきたが、それには熱心ではなかった。早いくらいの諦めだった。まるで興味が失せたみたいに、潮が引くようにあっさりと手を引いて敵は自分達の領地に戻っていった。向こうの兵糧も、やはり底を尽きかけていたのかもしれない。

 数日後、様子を見ながら戦地に戻った俺達が見つけたのは、日が経ってしまって無残な彼らの死体だった。あまりの数に持ち帰れず、その場に穴を掘って埋めたよ。今でも、あの荒野には彼らの魂が眠れずに彷徨っているに違いない。その無念を晴らすには、当然ラーゼミンを倒すしか方法がないんだ。

 …………それから後の三年は敵との膠着(こうちゃく)状態だった。戦争なんて金のかかることは、こちらも向こうも頻繁に出来ることじゃない。だが今、ようやく決着を付ける時が来た。俺は将軍マルクに進軍を命じた。あいつは里帰りを終えたら、俺には顔を見せずに出立すると言って了承してくれた。

 もし、マルクから援軍要請が来たら、俺も戦地へ向かうつもりだ。本当は三年前の借りを返しに最初から俺も行きたかったんだが、周りに『王が都を離れたら、誰が都を守るんだ』と反対されてな。やむをえず、ここに留まっている。もし俺が王でなければ、マルク達と一緒に戦えたのにな」



 王が語る三年前の出来事の、想像以上の悲惨さにディーネは言葉を失う。レオールの瞳には、ラーゼミン達への憎しみが音もなく燃え上っていた。

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