王城③
その夜。何とか一日の予定を消化したディーネは女官に「お召替えを。陛下より、ご夕食を共にとのことでごさいます」と言われた。
女官長達の手によってディーネの支度が整えられると、とんでもなく広い城内を案内されて食堂に入る。すでに横長の卓の中央には彼女を待っていたらしい王が席に着いていた。
「大丈夫か? 相当消耗しているな」
レオールは一目見ただけで、ディーネの現状を看破してくる。
「正直に申しますと、平気ではございません」
王の正面の椅子に座りながら受け答えしたディーネは息をつく。本当に今は見苦しくないように背筋を伸ばしているだけで、やっとの状態だった。
「根を詰めすぎて倒れるなよ。お前の身は…………、俺にとって大事なものになるかもしれないのだから。
それでアメイラ。彼女に成長の見込みはありそうか?」
言葉の後半に置かれたレオールの質問に、控えていた女官長は頷く。
「はい。教師の皆様は一様に『教え甲斐がございます』と仰られていましたので。元々ディーネ様は読書がお好きのようですから、立派な素養がお有りなのです。読み書きなどは他の貴族の方々以上にお出来になられます。また素直な性格をしていらっしゃるので、これから知識をどんどん吸収して素晴らしいご側室様におなりでしょう。
ダンスや音楽・刺繍なども全て初めてで戸惑われたようですが、こればかりは練習を続けるしか道はございません」
「そうか。励めよ、ディーネ。今は辛いだろうが、身に付けたものが役に立つ日が必ず来るはずだ。ここは残念ながら甘い場所じゃない。お前の生まれを馬鹿にする者も少なからず現れるだろう。その時にお前を守るのは、努力して身に付けたものだ。
さて、この話はここまでにして食事にしよう」
「あ、はい……」
(今、ディーネって呼ばれたわよね!? いきなり何で?)
レオールの言葉に温かな思いやりが感じられたことに驚いたのは勿論だったが、彼女は呼ばれ方が突然変化したことにびっくりする。今までは「お前」だったから、違和感を覚える急激な変わりようであった。彼女は、どうしてだか心が落ち着かなくなる。食事も上の空で口に運んだ。
デザートを食べ終わって、レオールの「そろそろ部屋に戻るか」という声に双方立ち上がっても、まだディーネはぼんやりしていた。
しかし彼女が食堂から出ようとした時、アメイラが王を引き留めたことによって、ディーネも一緒に足を止める。
「陛下。不躾でございますが、伺いたいことがございます。お許し頂けますか」
「何だ」
「陛下は——————ディーネ様をいつ『正式な』ご側室様になさるおつもりなのでしょうか?」
「それは……」
レオールはディーネの瞳から何かの感情を探ろうとするかのように彼女を見つめたが、そこに彼が望んでいたものが無かったのか無表情になって女官長へ視線を戻した。
「それは俺がディーネを信じ切ることが出来て、かつ彼女の同意を得た時だ。だが俺は……本心では、すぐにでもと思っている」
「……そうでございましたか!」
「なっ何を涙ぐんでいる、アメイラ」
「お許し下さいませ。これまで陛下は、こういったことに関心を示されてこなかったので嬉しさのあまり……。ええ、ええ! 我々女官一同、一日でも早くディーネ様が正式なご側室様になれますよう、陰ながら尽力致しますとも!!」
言って、アメイラの静かな瞳に決意らしき炎が燃え上がるのをディーネは見、何故か自分に危機が迫っている気がして、ぞくりとした。
「話は以上だな。――ではディーネ。よく休めよ」
「あっ、お休みなさいませ……」
挨拶をして、レオールは行ってしまう。
(どうしてかしら。すごく不味いことになっているような……)
ディーネは女官達の後に続いて自室に戻りながら、首を傾げるのであった。




