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★番外編(ショコラの日)

 王都にあるマルクの屋敷にて。

 なんでもマルクが呼んでいるというので、ディーネは居間という部屋に行った。


「よく来て下さいましたね」

 ふかふかの長椅子に座っていた彼は立ち上がって彼女を歓迎し、自分と同じ椅子に並んで座らせる。

 これだけでディーネは何だか嫌な予感がした。



「ディーネ嬢。こんなことを自分から頼むのは気恥しいですが……、これを是非お願いしたい」

 話しながら彼が差し出してきた物を見て、ディーネは首を傾げる。何だこれは、と。

 彼女は身体を固まらせて、それをまじまじと観察した。



 どうやら、これは彼女がこれまで見たことのない黒い飲み物……らしい。と、お茶用の杯に入っているのと、ナッツを蜜に絡めて焼いたような良い匂いのする湯気が立ち上っていることから、取りあえず判断できる気がした。

 でも飲料にしては随分と黒く、どろりとしすぎているのではと思う。



「……これをどうせよと、貴方は仰るのですか?」

「その前に、一つ貴女に尋ねたいことがあります。今日は何の日かをご存知ですか?」


 ディーネは質問に質問で返されて戸惑ったが、正直に答えた。


「……いいえ。知らないですけど」


「そうですか、では説明させていただきましょう――。今日は『恩人感謝の日』、別名『ショコラの日』なのです」

「恩人? ショコラ?」

 わけが分からず、彼女は言われた二つの単語をおうむ返しに呟く。



「そう。今日は、女性が一番お世話になっている男性に口移しでショコラを飲ませる日なのです」

「は……い?」

(それって、まさか私に……)


 ディーネは、さーっと自分の顔が青ざめるのが分かった。


「この習慣の元になった話は、一組の恋人達です。ある時、男のほうが誤って毒キノコを食したせいで全身が数日間だが麻痺してしまい、甘い物に目がないのに大好きなショコラさえ自力では飲めなくなってしまいました。

 そこで、恋人の女性が男の為に一肌脱ぐことにしました。男は女性の恋人になる前は一番の恩人であったから、彼女は世話になった分を彼に返したいと思ったそうです。

 だから自身の唇さえ上手く動かせない男の為に、女性は自らの口を使って男にショコラを与えて喜ばせた……ということですよ。

 さて、ここで一つまた質問です。ディーネ嬢、貴女が一番世話になっている男の名前は?」



「さあ、どなただったかしら……。あ、私、そうだわ、これからカミラと約束が……」


「——————待ちなさい。ディーネ嬢」

「ひっ」

 逃げ出すことは不可能。こうやって彼は一声で他者の身体を止まらせることが出来るからだ。


「逃げずにショコラを私に飲ませてくれますよね?」

「は、はい……!」

 思わず頷いてしまう。

「良かった。では、始めて下さい」

「………………」


 始めろと言われても、これは相当の覚悟がいると思った。

 しかし早くやらないと、いつまで経っても解放されないだろうと腹をくくる。ディーネは気味の悪い飲み物に、ゆっくり口を付けた。

「熱っ!」


 びっくりするほど熱い。グラグラと煮立てて作られていたのに、息を吹きかけて冷ましてから飲まなかったのは失敗だった……と考えていると、

「んんっ!?」

 突然、マルクが接吻してくる。チョコの余韻は、彼によってディーネの口から完全に奪い去られた。


「男性側は動けない設定だったのではっ……!」

 ようやく自由にされたディーネはマルクに抗議する。


「私がじりじりとして待っているのに、貴女がなかなか来てくれないからです。次からは我慢しますよ。ほら、ふた口目をお願いします」


 何か釈然としないものを感じながらディーネは杯を見下ろす。液体の残っている量を眺めて実感すると、気が遠くなるようだった。


(あと何口あるの!? しかも考えられないほど熱いから、一度にあまり口に含めないし。そうすると口付けみたいな行為の回数が増える……)


 そこで彼女は抵抗を試みる。

「あの。これ全部、飲むのですか?」

「当たり前です。男はショコラが大好きな設定なのですから」



 真顔で即答されてしまった。

 ため息が出そうになるのを堪え、ディーネはまた取り上げた杯を少し傾ける。どきどきしながら男の唇に自分のものをくっつけると、甘い液体を流し込んだ。

 しかし、そのまま離れようとした時、再び相手が追いかけてくる。

「っ!?」


 手に持ったショコラを床に落としそうになるのを、彼女は必死で耐えた。

 マルクはディーネの口にわずかに残るショコラすら全て自分のものにしようとしているのか、いつまで経っても口付けのような行為を止める気配を見せない。それは、息が苦しくなるほど長い時間だった。



「こんなふうにされたら、終わるまでに時間がかかってしまいます!」

 ようやく話せる状態になって、再び訴えると、

「諦めて下さい。こういう行事なのですから。これは皆がやっていることなのですよ」

 と、一蹴されるだけであった――――――。




 そして結局。

 全てショコラを与え終え、マルクが満足しきった表情になる頃には疲労困憊のディーネだった。

その後。

カミラ「え? 口移しでショコラを飲ませる日なんて、ございませんよ」

ディーネ「!(あの男……)」

ディーネはマルクの所へ急いで、その胸板をポカスカ叩く。「馬鹿馬鹿!!」

マルク「(可愛い……)」

マルクの、本日のイベントによる満足度300パーセント。

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