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旅行②

 元気な白馬に乗って門まで行くと、珍しいことにクリスとザクタムの二人が揃っているのを見た。すると、

「お早うございます、お嬢様。お願いがあるのですが、私の嘆きを聞いていただけますでしょうか?」  と、ザクタムが苦笑しながら、ディーネに話しかけてくる。



「お早うございます。一体どうしたのですか?」

「有難い。聞いて下さい、このクリスがっ! 自分だけ閣下とお嬢様の旅行に付いていこうとしているのですよ!!」



 ザクタムの指差す方向を見れば確かに、すまし顔のクリスだけ馬を近くに控えているようだった。ザクタムの傍に馬はない。

「仕方ないだろう。ここの犬達を管理出来る者が少なくとも一名、残らなければならないのだから」


「だからと言って、なんでお前が行くことになる? 昨日まで何も言ってなかったのに、突然どうやって閣下を説得したんだ。だったら俺だって行きたいんだよ。旅行に行けば閣下の目を盗んで、お嬢様の姿をこっそり見られるじゃないか! この屋敷に残って単調な仕事をするのと、フィラルに行くのとでは雲泥の差だ。しかも、お前が不在ということは俺が連続勤務になってしまうし!」



(うるさ)い。ここで、ぼうっと突っ立っているのがお前にはお似合いだ。

 それからザクタム。お前は面白がって、冗談めいた汚らわしい理由でお嬢様を見るんじゃない。こちらにおられるのは未来、閣下の奥様となられる御方だぞ」

「汚らわしいだと? 綺麗なものを()でる貴族的精神のどこが悪い!」


「あの、お二人共。そんなことで喧嘩しないで下さい」

(カミラを喜ばせるだけなので……)



 言い争っている門番達に困っていると、馬に乗ったマルクがやってきた。

「お前達、何を騒いでいる。行くぞ」

「はっ」

 主人の号令に、すぐさまクリスや私兵達も馬の背に(またが)る。カミラはタウロスを抱えて、とうに馬車へと乗り込んでいた。このメイドは馬車の窓を開けて、きらきらした目で門番達の険悪な様子を観察していたのだった。マルクの登場で険悪な流れが切られてしまって、非常に残念そうな表情で項垂(うなだ)れている。



「……行ってらっしゃいませ」

 こうして不満げなザクタムを残したまま、一行は出発した。





**


 走り始めて早々、ディーネは馬に手を焼いていた。

「もう、落ち着いてってば」

 うずうずしている白馬の興奮が、足元から伝わってくるのである。

「どうかしましたか?」


「あの、この子、もっと早く駆けたいみたいで」

 隣で馬を進めるマルクの質問に答えながら、彼女は馬首を撫でる。

「では早駆けしましょうか」

「いいのですか?」

「ええ。————行きますよ!」



 馬の腹を蹴り、マルクは先に速度を上げた。彼女の馬も勝手に後を追い始めたが、ディーネは馬の好きにさせることにする。しかし、それが不味かった。白馬は、すぐにマルクの馬を追い抜いてしまったのである。慌ててディーネはマルクを振り返り、問う。叫んだ頃には彼の馬が、かなり後方にあった。



「将軍! 道は、このまま真っ直ぐですかっ?」

「そうですっ!!」

「すいません、先に行きますっ————」

「いいえ、私は貴女に付いていきますよ————」

「分かりました————!」

 ごうごうという風の音が耳に付き、遠いマルクの声は聞き取り辛くなっていた。

 白馬は何も気にすることなく、向かい風を身体で切るように駆けていく。



(ああ……、気持ち良い!)

 神界で馬に乗る時はいつも、この位の速度だったと思い出す。懐かしさに気分が高揚する。次第にディーネも馬と同じく、我を忘れた。彼女は馬と一体になり、どこまでも駆けた。




「——————ディーネ嬢! ディーネ嬢!!」

「…………え?」

 大きな呼びかけに、はっとする。我に返ると、マルクが馬首を並べて走っていた。ディーネは慌てて彼の言葉に耳を傾ける。

「馬を止められますか?」

「はいっ。お前、速度を緩めなさい!」


 嫌だ、と馬は拒否の姿勢を見せたものの、

「駄目、止まって!」

 と、再度命じれば、数歩で止まった。



「楽しまれていたのを邪魔してすいません。ですが、この小川で休憩したらどうかと思ったので」

「あ、そうしましょう! 馬にも一息入れさせないと」

 マルクに言われ、彼とディーネはそれぞれ馬から降りる。



 二頭の馬達は連れ立つように、浅瀬に入り清らかな水を飲み出した。

「御覧なさい。貴女の馬捌(うまさば)きが巧みすぎて、皆置いてきてしまいました。私兵達は馬車を守るように言い捨ててきましたので、当分彼らは来ないでしょう。

 しかし、参りましたよ。馬を飛ばす貴女には付いていくのがやっとだった」


「すみません、私ったら夢中で……」

「いや、私の責任ですよ。貴女がこんなに速く馬を駆けさせる手腕の持ち主だと思っていなかったから、気軽に早駆けの許可を出してしまった。

 さあ、これでお互い反省したということにしましょう。我々も水を飲みませんか」

「はい」



 ディーネはマルクに片手を引かれ、小さな丘を下りる。陽光を反射して輝く川面に彼らは近付いた。彼女はマルクを真似て川岸の草上に腰を下ろし、水面に自分の顔を映す。それから軽く洗った両手を器にして、何度か唇に清水を運んだ。



 喉が潤って満足したところに、涼しい風が吹いて汗ばんだ額を撫でていく。

「のどかで気持ち良い場所ですね」

「ここはもう私が統治するフィラルの(はし)です。歴代の領主が大事にしてきたこの緑を守る為だったら、私はどんな犠牲も厭わない」


 そう呟くマルクの横顔の真剣さに、ディーネははっとした。

「ほら、あそこに塔がいくつか見えるでしょう。あれが我々の目指す城ですよ。二人きりだったら、予定より随分早く着いたでしょうね」


 彼の指先を追えば、緑の木々から首を出すようにそびえ立つ白い城が見える。

「わあっ。もう近いですね!」

「ははは。そんなに喜んでいただけると、これからも案内する甲斐(かい)があります。では、そろそろ行きましょうか」



 彼女は従ったが、お互いの馬に再び乗ると、不可解なことにマルクは元来た道を戻り始めてしまう。

「こちらだと城とは逆方向ですが、一体どこへ行くのですか?」

「まだ内緒です」

 彼は答えながら、いたずらっ子のように笑う。



 そのまま歩調を合わせて馬を走らせていると、やがてクリス達や馬車が正面から来た。

「ああ、やっと後続が追いついたようです」

 と、マルクが言う。クリスは一足先に主人の前にやって来ると、馬を止めた。

「私はディーネ嬢と寄り道をしてから城に向かう。お前達は、このまま城に行け」



「はっ」

 承知したクリスは馬上で礼をして、他の者を引き連れて消える。それを見送るディーネに、

「我々も行きましょう、ディーネ嬢」

 と、声を掛けてきながらマルクは先導して横道に曲がった。

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